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ターゲットはロック・オンする間もなく。

お久しぶりです。再開しました。

「あっちゃ~。やっぱり間に合わなかったか~」



 その路地に駆けこんだ瞬間、死神はそう言うと、いつものごとく無精ひげのところどころ生えた顔を片手で覆った。

 そしていつものあたしならば、そのやる気のかけらもなさそうな声にすかさず嫌みの一つもぶつけただろうけれど、今夜に限っては目の前の光景に頭が真っ白になって、何も言えないでいた。


 この路地裏に駆け込む直前、奴にうながされる前に何とも表現のしようのない叫び声がかすかに聴こえたから、ある程度のスプラッタな光景は覚悟していた。

 だけど、胸にナイフをはやして横たわる男がいるなんてことは、想像すらしていなかった、から。



「……っ、……ふぅ」



 喉にせり上がってきた何かの塊を飲下し、口で大きく深呼吸してから、横たわったまま動かない男に近づく。

 脱色銀髪に体型がやや崩れ気味のその男は、20代前半くらいか。かっと見開いたままの目はみないようにして、太いゴールドのチェーンがいくつもぶら下がった首筋にそっと手をあてて脈を確認してみたが。

 予想通りなかった。


 念のためと触れた手首も、同じく。


 そうしているうちに、胸に刺さった幅広(と思われる。何しろ根元近くまでそれは埋まっているので)ナイフから派手なシャツに沁み込んでいた血が、男の下の地面にまで伝って血だまりを作り始めた。

 もしかしたら深々と刺さったナイフが背中側にまで達していて、そこから血が広がっているのかもしれない。


 だから、それを踏まないように後ろに下がって。あたしがしていた事をぼんやり見守っていたらしい死神ヤツに、先ほどの発言の意味を問うことにした。



「間に合わなかっ、たって……あんたコレ、分かってたの? つまりは殺されそうな男がいるって。それでターゲットはこの男ってわけ?」



 頭一つ分には少し足りないほど上にある、見た目だけならこの日本のどこにでもいそうな、イケメンでも何でもない銀縁眼鏡のサラリーマン風の顔を睨みあげれば、非常に分かりやすく目をそらした。



「あ~、や、はっきりとはわかんなかったよ? でもほら、なんてぇの? 虫の知らせ的な?」



 嘘をつくならもうちょっとうまくつけ。あと、死神が「虫の知らせ」なんて言うな。



「どうすんのよこれ、立派な『殺人事件』じゃない。この男、さっき叫び声もあげてたし……ちょっとっ、あたし達第一発見者として事情聴取受けなきゃいけないじゃないっ、って言うか、下手したら犯人扱いされるかも」



 30年ほどの人生で、「死」に出会わなかったわけじゃない。一番衝撃的だったのはたぶん間違いなく両親の死で、それも突然のことだったけれど、今のように死にたてほやほやの死体を観るのは当然ながら初めてだったわけで。

 たぶんあたしは、自分で考えるよりもずっと、頭が混乱していたのだろう。


 そして、これまたその職業(?)を考えれば当然ながら、こんな事態にも慣れているであろう死神のやる気のない顔を睨んでいるうちに頭が回りだして。思わぬ危機的状況に気付いたあたしは、この場から駆け出しそうになったんだけれど。



「あ、それは心配ない。ここの位相を一時的にずらしてあるから。あんたの仕事が終わるまで、ここには誰も来ない」



 顔の前でぷらぷら手を振りながら、なんてことのないようにそう言う死神に足を止めた。



「は? イソウ、を、ずらす?」

「あ~こまけぇことは言ってもわかんねぇだろうし、いいだろ。誰にも邪魔されないし、誰にも見られないうちにここから離れることができるってことだけわかりゃいい」



 言っていることがさっぱり分からずに首を傾げたあたしに、今度は手で追い払う様な動作をする死神。

 その面倒くさそうな表情と、気のせいかもしれないけれど「はぁ~あ、こんなことも分かんねぇのかね?」と言いたげな表情に、状況も忘れてむかついた。



「っと、あぶねぇ! 何すんだよ!」



 ちっ。あたしの黄金の右脚をかわすとは。

 しばらく使ってなかったから、鈍ったのかもしれない。

 鍛え直さないと。



「そう言うことは、先に言っときなさいよっ。仕事する上での報・連・相は基本でしょ!この間のこといい、あんた仕事舐めてんの!?」

「はぁ? 爺さんの代から死神家業の俺に、仕事舐めてる? はぁ? そっちこそ30過ぎて仕事もせずにプラプラしてたのは、何考えてたんですかねぇ~?」

「…っ、ぷらぷらっなんかしてないわよっ! 求職活動中だったのっ」



 言葉とともに渾身の一撃を繰り出してみたが、それも軽くよけられてしまった。

 いつもかったるそうに歩いているくせに、腐っても死神ってことねっ! くそっ避けるなっ!



「へ~キュウショク・カツドウねぇ? それで、それで? その結果、俺の『ずさんな』求人広告に『暇つぶしの冷やかし』にお問い合わせくださったわけだよな。それはありがとうございました~っと」

「厭味ったらしい……実は根に持ってたわけね」

「べ~つにぃ~」



 あたしから数歩分距離をとりつつそんな事を言いながら、わざとらしく頭の後ろで腕を組み、あさっての方向を向く死神をみていると、言い合いしているのがばかばかしくなってきた。



「はぁ、もういいわ。問題ないならいいのよ。それじゃ、仕事をさっさと終わらせましょ。二人・・でね」



 さっき「あんたの仕事」って言われたのは、きっちり修正して。



「とは言え……もう死、亡くなった人と、どう交渉すりゃいいのよ? それに、死んだら魂が『ぱっと一瞬あかるくなって……スルッとぬける』んじゃなかったっけ? あたしには見えないだろうけど、死神のあんたならここら辺を漂ってるソレが見えるんじゃないの? それを狩って終了じゃないの?」



 何かそれらしき影、もしくは光が見えないかとあたりを見回してみるけれど―――なにもない。

 ここはまさしく路地「裏」。飲み屋や飲食店が集まる小路の裏っかわ。

 店の裏口と思しき薄汚れた扉の横に積み上げられた、黄色いビール瓶のケースや、自転車。蓋を押し上げるほどにゴミ袋を満載した、コロ付きの大きなゴミ箱が散在しているだけだ。



タマがするっと抜けるのは、自然死や病死の時だけだ。今回みたいな突然死の場合、自分が死んだ事にしばらく気付かないで、ぐずぐずしているケースが多いんだよ」



 そう言うと死神は、横たわる男のそばでしゃがみ、顔を覗き込んで一つ頷いた。



「うん。まだ入ってるな。その内、出てくんだろ」

「『そのうち出てくる』ってあんた、」

「そうそう、その間に、ホウレンソウってやつすりゃいんじゃね? え~っと、こいつのプロフィールはっと」



 あたしの突っ込みは綺麗に無視して。死神はそう言いながら、毎回同じにしか見えない、そして安物にしか見えないスーツの内ポケットから黒い背表紙の手帳を取り出して、ページをぱらぱらとめくった。



「お、あった。ふむ。名前とかはどうでもいいな。死因も、見りゃわかるわな。あらら、お気のどく。いわゆる『痴情のもつれ』で刺されてるわこの男」



 本人が目の前で横たわっているのに、不謹慎にも半笑いを浮かべならばそうやって読み上げるもんだから、注意しようと右足をせっかく振り上げたのだけれど。



「まだ25なのにねぇ~って、やべっ」



 いきなり慌てたようにそう言って、ぱしんと手帳を閉じてしまった。

 あやしい。



「なによ」

「え? べつにっ? なにもっ?」

「『やべっ』って言ったじゃない。何かまずい事があったってことでしょ? 言いなさいよ」

「いやいやいや、それはほら、業務上の、ほら、あれだ、守秘義務ってやつ?」

「『痴情のもつれ』なんて守秘すべき内容をへらへら笑いながら読みあげてたあんたが、いまさら何、守るってのよ。あたしに聞かれちゃまずい事がでもあったんじゃないの?」

「イエイエ、マサカ」

「ほら言えっての。ホウレンソウするんでしょ?」



 言わないならば実力行使。その右手の手帳を奪って、自分で確かめるまでよっ。


 それはさしずめ、レスリングかカバティか。

 身長差からくるリーチの差で、頭上高くあげられた手帳をめぐっての攻防の後は、両腕を前にだした前傾姿勢で、しばらく睨みあいを続けていたのだけれど。



「だ~もうっ分かったよ!」



 先に根をあげたのは、もちろん奴の方だった。

 ま、当たり前だけど。



「こいつには、金がないんだよっ。借金は結構あるけどなっ」



 しかし勝利の余韻に浸る間もなく、聞き捨てならない事をいいやがりましたよこの死神は。



「はぁ? ってことはこれ、ただ働きってことじゃないの」



 ギラリと睨みつければ、サッと目をそらされた。



「あ~いや、まぁね?」



 ふざけんじゃないわよ。

 これから関係を強化する取引先ならタダ働きでも接待でもするけど、なんで死神相手にやんなきゃいけないのよ。



「馬鹿馬鹿しい。自分で頑張んなさいよ」



 そうと分かれば、後ろ足で砂をかける勢いでターンして、ここから……どうやって出ればいいんだっけ? 出口はどこよ。取りあえずこいつから離れればいいか。


 そう思って足を踏み出したあたしに、死神が取りすがってきた。


 

「え~いやほら、あんた、ビギナーズラックでしょっぱなから一億もらったじゃん」

「もらったんじゃなくて、稼いだのよ。正当な労働の対価でしょ」



 手首をつかむ死神の手は、最初に触れた時と同じくとても冷たい。その冷たさが嫌で思わず振りほどこうとしたけれど、トリモチみたいにぺったり貼りついてまったく離れない。

 それがなんとなく不気味で。今更ながら目の前のコレが、自分とは違うナニカだということを突きつけられるようで。

 あたしはムキになって腕を振り回した。


 ふんっ。そのひょろい身体は見かけだけってことねっ。いい加減、離せこのっ!



「ま、ま、ま。とにかくさ、一億ってかなりの額じゃん? 一回の報酬としては。だから今回の案件はそのおまけってことで」

「なにがおまけってことよ。そう言うのがあるんなら、まずは契約書の見直しでしょう!」



 そんな風にして死神とあたしがまた言い合いをはじめた、その横で。



「は? え、ちょっコレ、え?」



 死にたての男が、突然わめきはじめた。

今回は、もうすぐ死ぬ魂回収ではなく、死にたてほやほやで混乱している魂の回収です。

続きは近日中に。

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