死神の苦手なもの
閑話的なお話です。思いつくままに。
うちには猫が3匹いる。全員元捨て猫で、メスだけど男っぽい名前を付けている。
一緒に暮らし初めてからもう……5年以上たつのか。
最初の子は、いまはなき(と言っても死んだわけではない。先日借金回収に行った時にはピンピンしていた)彼氏が「知り合い」からもらってきた。「うちじゃ飼えないから……」なんて言って。
確かに、あたしがいまも住んでいるマンションはペットOKの物件だったけれど、正直、自分の世話もできない奴が何してんだと頭にきた。が。奴の腕の中で震えていた小さな猫に罪があるわけじゃなし。
まぁ正直に言えば、毛布の中からひょっこり出てきた小さな、ちいさな顔。その顔に不釣り合いなほど大きな瞳にやられてしまったのだけれど。
「あんた以外の厄介者を増やしてどうする」とババアが嫌がったので、あたしはそれまでペットを飼ったことはなかった。
密かに、ババア以外の前では大ぴらに、憧れていたけれど。
ババアと離れて一人暮らしを始めてからも、アルバイトに明け暮れる貧乏学生に動物と暮らす余裕などなく。就職してからも、仕事を覚え、覚えたら忙しくなり、部下を持ってさらに忙しくなった日々で、気持ちの余裕が……というより、家には寝に帰るだけの日々だったのよね。
そこに来て、猫。
連れてきた張本人も、「猫の飼い方」だの「猫に好かれる方法」だのといったハウツー本を買って読んでいたけれど、基本的に料理も洗濯も率先してやらない……というより、そう言ったものの必要性に気づかない男よ? 彼女ん家に「ただいま~」なんて帰ってきて、「は~疲れた~」なんて炬燵に座り込んだら、そこから一切動かないような男よ?
結局、餌も、トイレの砂も、爪とぎも必要なものは全部、あたしが用意した。
もちろん獣医に連れていくのも。
でもま、成り行きとはいえ、そうやって世話すれば愛情がわいてくるわけで。
元々は一緒に散歩ができる犬をいつかは飼いたいと思っていたあたしだけれど、それからはもう、すっかり猫派。いまも膝の上でゴロゴロ言っているこの子が丁度大人になった頃、もう2匹、里親さんから迎え入れたってわけ。
それで都合3匹。さび猫が1匹に、黒猫が2匹。ちなみに黒猫2匹は姉妹。
猫ってさ。良くオカルト系の扱いされるじゃない。魔女の使い魔だの、眷属だの、変身した姿だの。
「ハリー○ッター」の教師で猫に変身する人がいたし、アニメの魔女も猫を連れていたわよね。
アイルランドや英国の、魔女がいまでも普通に道歩いていそうな村や街では、犬よりも確実に猫が多そう。ほら、ハーブの店の窓辺とか。クッションの上でまどろんでさ。
そんなイメージは昔からあって、ベルギーのイーペルという街では魔女裁判が猛威をふるった中世、魔女の使い魔とかってに目され、大勢の猫たちが殺されてしまった。それを鎮魂するための祭りが、いまも開催されている。猫の大きな山車が練り歩くのは確かに見もので、観光のために続けているんだろうけれど。
祟りは怖いわよね。
あたしが殺された猫だったら、もしくは殺された猫の飼い主だったら、確実に祟るわ。末代まで。
でも猫たちは逆に、霊や魔を払い、邪なものが家によりつくのを防いでくれる、ありがた~い生き物とみられる時もある。
どこの国だか忘れちゃったけど、邪霊をはらうため、新築の家には猫を先に入らせるなんて風習があるんですって。日本でも猫を飼っていれば、悪いものは寄りつかないなんて言う人もいるわよね。
まぁいずれにせよ、ヒトの勝手な思惑で魔になったりそれを払う役を期待されたり、猫にしたらいい迷惑よね。と言っても、今日もまた日当たりの良いベランダに続く窓の前で、クッションの上でのんきに丸まって寝ている猫たちは、知ったこっちゃないことだろうけれど。
ただねぇ。
それでも時折、何にもいないようにしか思えない虚空をじっと見つめていたり、心の奥底まで見透かすような底光りする目で見つめてきたりするあの子たちに、なんとなく神秘的なものを、少し大げさに言えば「この世ならぬもの」を感じていたから。
まさかあの死神が、こんな反応するとは、思わなかったわけよ。
「ちょっ、猫いるじゃん!」
散々言い聞かせたおかげでちゃんと玄関から、インターホンの応対をへて入ってきた(あ、もちろん来る前に電話もさせていますが何か?)死神が、リビング兼キッチンに入ってくるなり叫んだ。
奴の足元には、手足を揃えるお澄まし座りしたうちの猫。
せっかくお客さんが来たからと、家で一番愛想の良い末っ子が出迎えたってのに、大声出すもんだからびっくりして腰引いてるじゃない。
「無理無理無理無理無理!」
末っ子を撫でつつ睨みつけてやったけれど、死神はどこ吹く風。
というより、不思議なダンスでも踊っているかのような動きをして、うちの子たちから遠ざかろうとしている。
あ、ちょっとそっちには長女がいるんだけど?
飛びのいてすっ転ぶのはあんたの勝手だけど、踏みつぶさないでよ?
「あ~もう、聞いてない。猫がいるなんて聞いてない。俺、猫ほんとにダメなんだよ」
叫び続けられてはうるさいだけなので、猫達には寝室に移動してもらうと、少し落ち着いたのか死神がぐったりとソファに倒れ込んだ。
「ダメってなに。種族的に苦手だってこと?」
それはあれですか。
猫は悪霊や魔をはらう力があるとかの伝説が、本当ってことですか?
「いやそんなの知らないし。とにかく俺は猫、ダメなの。嫌いじゃないけど苦手なの。あ~もうテンション駄々下がり。今日はもう、帰るわ」
死神はそう言うとおもむろに立ちあがり、リビング兼キッチンの腰窓をがらりと開けて、空中に飛びだそうとした。
いや、いま夜だけど、駄目だから。
誰かが見たら、自殺かなんかと勘違いして、警察呼ぶでしょ。
大体ぱっと消えられるんだから、帰るならそれで帰りゃいいじゃない。なんで窓から出ようとするのよ。
「通報されるような行為はやめてくれる?」
あ たしは、最初に会った時と全く同じ物のように見える奴の安物スーツの肩を掴んで、部屋に引き戻しながら、猫達が待ち構える寝室に放りこんでやろうとさらに力を込めた。