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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第12話:同類

 走る、走る、走る――。


 ハルカたちはひたすら走った。

 ルイズに操られている窟鳥あなどりは全体の半分だったはずだが、今では敵側の数が上回っていた。

 どこからか窟鳥が新たに飛んできている。群れをなしていない窟鳥が点々と空にシミを作っていた。今、ハルカたちはその窟鳥を辿っているところだ。


 右へ左へと、村の入り組んだ路地を抜け、ルドルフトのいる牧場管理所の前に辿り着いた。


「そんな……」


 管理所の屋根や壁全体に窟鳥がひしめき合っていた。ここが新たな自分たちの巣だと言わんばかりだ。


 窟鳥たちがわらう。ガバッと口が裂け、喉にある目がニヤリと三日月をかたどった。ゾロリと不揃いに並んだ歯には脂ぎった肉片がこびりついている。それはまだ新鮮な血を滴らせ、口元をてらてらと濡らしていた。


「ハルカ、もしかしてルドルフトは……」


 サクラが言ったことと、同じことをちょうどハルカも思っていた。それは一番考えたくないことだった。


(遅かったのか? ルドルフトはもう食われてしまったのか?)


 動けないルドルフトは格好の餌だったに違いない。それにあの巨体だ。一体何匹の飢えた窟鳥の腹を満たしたのだろうか。

 ハルカは唇を噛み、そこから血がにじんだ。ハルカの口の中に血の味が広がる。


(……俺たちは牧場も村も、依頼人さえ守れなかったのか?)


 その時、一羽の大きな魔物が屋根の上に降り立った。

 正確には鳥ではない。翼の生えた……人だ。


「窟鳥を操っているのは……お前か!?」


 ハルカは鳥人に問いかけた。鳥人はクルリと声のした方に向き直ると、右左と首を傾げた。


 灰を被ったみたいなくすんだ髪、目は白目と黒目が逆転している。

 白蝋(はくろう)のような、病的な顔に張りついている薄気味悪い笑み。

 口元にはついさっきまで食事をしていたのか、真っ赤な血がついている。凶悪な風貌と裏腹に、羽の色は純白。身に纏っているのはぼろ切れの腰布一枚だ。

 骨ばかりのひょろりとした体に巻きついたそれは、風にあおられ、はためいている。


「腹ガ減ッタ。腹ガ減ッタ。兄弟モ腹ペコ」


 キシシ、と笑いながら、鳥人は片言の人語を喋ると、腕でぐいっと口の周りを拭った。

 問いかけを理解しているのかどうかは定かではない。ただ、牧場の牛やルドルフトを襲ったやつだ、ということだけはハルカにも分かった。

 こいつを倒さなければ終わらない……ハルカとサクラは身構えた。


「マダマダ足リナイ。腹イッパイ、ナラナイ」

「そうか、安心しろ……」


 ハルカは両手の剣をきつく握りしめた。後ろのサクラが矢をつがえる。


「じきに飢えも渇きも感じないようにさせてやるからな!」


 ハルカは全速力で小屋まで走り寄り、扉側にある台車に飛び乗る。


 ハルカの動きに合わせ、サクラが扉の上にある大きな看板めがけて矢を放った。狙いは……看板をつるしている金具だ。


 錆びた金具に矢が命中すると、支えを失った看板が加速しながら真っ逆さまに落ちてきた。

 ガンッ、と看板が台車の手すりにぶち当たる。反動で、ハルカの足元の板が跳ね上がった。

 その勢いで、ハルカの体は一気に宙へと放り出される。


「餌、見ツケタ!」


 鳥人が背中の翼をぶわっと煽る。何枚もの白い羽が、翼から放たれた。

 ハルカの身を貫かんばかりの勢いで、羽が迫り来る。ハルカは剣で羽を打ち落としていった。


 地上からは、サクラが援護した。サクラの矢が、ハルカが落とし損ねた羽を射抜いた。軌道を変えられた羽は鈍い音とともに屋根に突き刺さる。


 その時、避けきれなかった羽が、ハルカの頬を裂いた。鋭い刃と化した羽は容赦がない。ハルカの頬から一筋の赤が伝い落ちた。


 ハルカは羽の雨をかわしながら、屋根に着地し、鳥人と対峙した。近くで見ると、ますますその容貌は不気味だ。

 異様に背が高く、鳥人はハルカを見下ろしながら舌なめずりをした。


「旨ソウナ血ノ臭イ!」

「行く!」


 ハルカは一息で鳥人との間を詰める。鳥人は翼を広げ、大きく後ろに飛びのいた。


「モット、モット、血ト肉ヲ!」


 鳥人の叫びに応じて、またもや羽の雨が降る。


「そんなに欲しいなら、自分で取りに来い!」


 ハルカは鳥人の攻撃に、真正面から突っ込む。剣を振り、羽を打ち払いながら鳥人に近づいた。放たれた羽が体を切り刻む。髪も、服も、皮膚も引き裂かれた。


(だけど、これくらいなんてことない……!)


「はあぁぁぁっ!」


 剣の間合いまであと一歩――鳥人が顔をしかめた。

 だが次の瞬間、鳥人は口の端を歪め、キシシとおぞましい声で呟いた。


「影縫イ」

「く……ぁ!?」


 ハルカの体は急に金縛りにあったかのように動かなくなった。

 つんと後ろから髪の毛を引っ張られる感じに似ている。前へ進みたいのに進まない。足が地面に張りついて動けないのだ。


 かろうじて動くのは首だけだ。ハルカは斜め下――足元を見る。そこに刺さっているのは、真っ白な羽。羽がハルカの影の輪郭を地面に縫いつけていた。


「……離……せ……!」


 いつの間にか鳥人はハルカの眼前に詰め寄っていた。そしてハルカの耳元でそっと囁く。


「キシシ……キミハ最弱ノ召喚獣ジャナイカ。バハムートハ最強ジャナクチャイケナインダヨ」


 ゾクリとした。

 ハルカの腕に鳥肌が立つ。鳥人は自分と同じ臭いがしたのだ。


(こいつ……同類・・だ)


「お前……召喚獣か」

「バハムートヲ食ラエバ、コノ飢エモ渇キモ満タサレル……キシシ」


 どんなに巧妙に隠しても、召喚獣の気配だけは隠せない。アーチェと一体化したあの時から、それが分かるようになっていた。


 この世界にある元素の組成とは異なる物質からなる生物――召喚獣。

 そして、アーチェから教わった「元素を断つ力」を得るにつれ、召喚獣の存在の異質さを感じ取れるようになっていた。


 鳥人が背の羽を一枚もぎ取り、ダーツのように放り投げた。それはハルカの脇をかすめ、影の左手に突き刺さる。

 影に刺さったはずなのに……ハルカの左手に耐えがたい痛みが走った。


「うあああああ……っ!」


 屋根板の一枚がハルカの血で真っ赤に染まった。体は動かないが、左手の感覚が痺れ、次第に遠のいていく。ハルカの手から黒剣がすり抜け、カランと落下した。


「左手が……」

「君ヲ傷ツケレバ影モ傷ツク。影ヲ傷ツケレバ君モ傷ツク……」


 そう言うと、鳥人はさらに羽をハルカの影に突き立てた。

 右の上腕、右の太腿、左の足首。


 影を傷つけることでハルカの傷も増えていく。立っていられないほど痛みにも関わらず、体が動かず、膝をつくことができない。それがより一層、ハルカに痛みを感じさせた。


 鳥人がハルカの髪を引っ張った。首が反りかえり、無防備な喉元が露わになる。

 鳥人がジュルリと音を立て、ハルカの首を舐めた。ザラザラとした感触にハルカは身震いした。


「大丈夫。残サズ皆デ食ベルカラネ……!」


 耳まで裂けたのかと思うくらいに、鳥人はあんぐりと口を開けた。その奥には窟鳥を思わせる目。真っ赤な目と、視線が交わった。


「させない!」


 その時、サクラの矢が鳥人の腕に突き刺さった。瞬間、鳥人の動きがとまる。


「ハルカを、離して!」


 屋根の下からサクラが次の矢をつがえ、鳥人に狙いを定める。


「邪魔ヲスルナ! 獣人ガ!」


 鳥人が左右いっぱいに翼を広げた。


(このままじゃ、サクラが羽で切り刻まれちまう!)


「ふ……ざけんなっ!」


 唯一動く首。

 ハルカは首を勢いよく振り、鳥人に頭突きした。

 ヒッと短い叫び声をあげて、鳥人は二、三歩ふらふらと退いた。


樹之矢ヘルバ!」


 ハルカの影にサクラの矢が刺さる。

 サクラの声と同時に、矢から蔦が生え、影を縫い留めていた羽を抜く。


 ようやく自由になれたものの、負った傷は浅くはない。ハルカは立っているのがやっとだった。

 前へ進もうと足を踏み出すも、体中を突き抜けるような痛みで顔が歪む。


 バハムートハ最強ジャナクチャイケナインダヨ。


 鳥人の言葉がハルカの耳に焼きついて離れない。

 

(そう、俺は最強の召喚獣、バハムートとして召喚された――)


 痛みは消えないが、足を前に出せば体は動いた。

 左手の痺れは取れないが、右手なら剣を握れる。

 

(俺はまだ前へ進める……!)


「俺はなぁ、これでも最強の召喚獣なんだよ!」


 ハルカは再び剣をとる。

 よろめく鳥人に飛びかかり……右手の白剣を振り下ろした。


「キィアアアァァァァァ!」


 ぼとりと落ちたのは白。

 あたりに純白の羽が飛び散った。雪のように降り注ぐそれは幻想的にも見えた。


 ハルカは鳥人の片翼を、切り落としたのだ。

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