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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第11話:群れ

 それは異様な現象だった。


 百匹単位でしか集落(コロニー)を形成しないはずの窟鳥(あなどり)

 生き物の血を糧とする窟鳥が家畜の肉まで食い散らすことはあり得ないことだった。だが、彼らは余程飢えていたのか、それともハルカたちの計り知れない何かが起こっているのか。家畜は肉片と化していた。

 ましてや数千匹もの大群となって一つの村を襲うなんて――あまりの事態にハルカたちはたじろいだ。


「村人は……どうなったんだ!?」


 リーダーのルイズが叫ぶ。村には人の影はない。

 もともと人の少ない村だ。周りには人が襲われたような跡はなかった。牛が襲われている間に避難したのかもしれない。ひとまずハルカはホッと胸を撫で下ろした。

 窟鳥は村の上空を監視するように飛んでいた。ぐるぐると、獲物を狙うかのように。


「ルドルフトのおっさんは無事なのか! あの体じゃ逃げきるなんて無茶だ!」


 ルドルフトーー牧場の管理人で、今回の仕事の依頼人だ。ルイズとサクラはハルカの声でルドルフトのことに思い至った。

 

「彼を助けないと!」


 サクラはハルカたちを促した。

 あの巨体は三人がかりでも運べない。でも、救援が来るまで守ることくらいならできる。

 この窟鳥に覆われた空は、学園からもきっと見えるはずだ。今日ここに来ることは学園にも申告している……きっと誰かが気づいてくれる。サクラは学園のある方角を束の間、仰ぎ見た。


 ハルカたちは村の通りを懸命に駆け抜けた。

 家々の屋根に止まっている窟鳥はハルカを見ると、警告するように一鳴きした。


 そして、今まで様子を見ていただけの窟鳥がざわめき出し、一斉にハルカに襲いかかった。


「なっ……!」


 ふい打ちをくらい、ハルカは腕で顔を覆った。窟鳥の統制がかった動きがハルカを翻弄する。

 窟鳥はサクラとルイズには見向きもしなかった。一直線にハルカめがけて羽を広げ、飛びかかってきたのだ。


無刃むじん千迅せんじん!」

召喚サモン! 炎之矢(イグニス)!」


 ハルカは両手の剣を振り、鋭い突きを連続で繰り出した。一撃一撃はさほど強くないものの、ハルカの正確な剣さばきは窟鳥を確実に無力化していった。


 サクラの背後には幾つもの小さな魔方陣が浮き上がっていた。ハルカが落とし損ねた窟鳥を、魔方陣から放たれた火矢が撃ち落としていく。さらにサクラは弓を引き絞り、窟鳥めがけて矢を放った。


 しかし、攻撃の手数より窟鳥の数が勝っていた。

 一匹を倒せばまたその後からもう一匹が躍りでる。いくら撃ち落としてもきりがなかった。


 窟鳥が一匹、また一匹とハルカに掴みかかる。爪を立てたり、牙を剥くのではなく、ただ次々とハルカに張りつく。そして、幾重にも窟鳥が重なり……。


「ルイズ、サク……」

「ハルカッ!」


 ハルカの姿は折り重なる窟鳥に埋もれてしまった。

 窟鳥が作り出したのはハルカの姿がすっぽり隠れる程の黒い球体だ。そして、窟鳥の塊はハルカを包み込んだまま宙に浮きあがり、空中で示し合わせたかのように体を震わせ始めた。


「窟鳥のやつら、一体何を?」

「ルイズ! 急いで! 窟鳥を追い払わないと!」


 学園に入る前、サクラは父親と森へ狩りに出かけた時、これとまったく同じものを見たことがあったのだ。


 小さい蜂と大きな蜂の縄張り争い。

 側でそれを見ていたサクラは、大きい蜂の群れが勝つのだろうと思っていた。だが、予想に反して、勝ったのは小さい蜂の群れだった。

 ふいに父の言葉がサクラの脳裏をかすめる。


「小さい蜂は、大きい蜂の体の周りに群がって、一斉に体を震わせるんだよ。そうやって体温を上げるんだ。囲まれた蜂はひとたまりもない。あまりの熱さに耐え切れず、死んでしまうんだよ」


 蜂球(ほうきゅう)って言うんだ。確か父はそう言った。

 目の前でそれによく似た現象が起こっている。サクラはルイズの腕を掴み、球体を指差した。


「このままじゃ、ハルカの体が熱に耐えられない。球の中、温度が上がってるはず!」

「マジかよ……!」


 火矢を放てば、窟鳥を焼き払うのは容易かった。しかし、中のハルカまで焼けてしまう。

 サクラはぎりと矢羽を強く掴んだ。


(ハルカを無傷であの球から救い出すにはどうすればいい……)


召喚サモン


 サクラの目の前に魔法陣が浮かび上がる。

 サクラは手をかざし、魔法陣からゆっくりと何かを引き抜いた。現れたのは、普通の矢より少しばかり長めの、荒削りな木矢だ。

 

「やってみるしかない」


 サクラはそう呟き、愛用の弓にその矢をつがえ、全力で引き絞った。

 キリキリという弦の音。その音がサクラの集中力を一気に極限まで高める。狙うは窟鳥の球……ではなく、その真下、球の影の中心だ。


「いけ! 樹之矢ヘルバ!」


 ギャン、と弓が鳴る。

 それと同時にサクラの弓から矢が放たれた。それは真っ直ぐ狙った先に向かい、カッと硬い音を立てて地面に突き刺さった。


 その瞬間、そこから緑の蔦が、窟鳥めがけて伸び始めた。

 鞭のようにしなる蔦が、一匹一匹、窟鳥を絡め取る。ギャァギャァと苦しそうな悲鳴をあげる窟鳥を、蔦は容赦なく締めつける。蔦によって、球は次第に小さくなっていった。


「見えた。ハルカ!」


 サクラの立っている場所から、白剣を握りしめるハルカの右手が僅かに見えた。

 蔦は窟鳥をハルカから剥ぎ取ると、ハルカの体の下に柔らかな蔦のクッションを作り始めた。浮力がなくなり、窟鳥から解放されたハルカは、その上に盛大に落下した。


「い、てぇ……」


 サクラはすぐさまハルカの元へ駆け寄った。

 ハルカの頬に触れ、無事を確かめる。傷は一つもなかった。若干、球体の熱によって体が火照っているくらいだ。


「よかった……!」


 サクラは相変わらず無表情だったが、潤んだ目でハルカを見つめた。

 サクラの背後で、ルイズが待ってましたと言わんばかりに竪琴を爪弾く。


(アンチ)円舞曲(ワルツ)!」


 めちゃくちゃな旋律。だが、よく聞いてみると、その旋律に法則があることがわかる。


「これって……ワルツを逆再生してるのか?」


 糸の切れた凧のように、窟鳥が天高く舞い上がる。

 そして、一呼吸置き、ルイズは荒々しく、好戦的な曲を奏で始めた。弦が切れてしまいそうなほどに激情的なそれ。


行進曲(マーチ)!」


 窟鳥はマーチに合わせ、空を急降下しだした。その後、まだルイズに完全に操られていない窟鳥めがけて食らいついたのだ。

 ルイズの支配下に置かれた窟鳥は全体の半分程だ。敵味方に分かれた窟鳥たちは空中で縺れ合い、入り乱れる。


「おい! お前ら! ボサッとすんな!」


 窟鳥の争いを呆然と眺めていたハルカたちを、ルイズは怒鳴りつけた。ルイズは額に脂汗を浮かべ、絞り出すように叫んだ。


「アンチ・ワルツで敵の術を解けた窟鳥は半分だけだ。あとの半分はまだ誰か……他の術者の手の内だ! 黒幕がいる!」


 これだけの窟鳥を一度に支配するほどの術者――ルイズでさえ、全ての窟鳥を手中におさめることができなかったというのに。

 ハルカとサクラは互いに顔を見合わせた。


「窟鳥は俺に任せろ。こいつらが身内でやり合ってる内に、お前ら二人で術者を探せ!」

「待てよ! お前一人、置いていけねえよ!」


 サクラもハルカの言葉に頷いた。二人ともルイズの言いたいことは分かっていた。だが、奏争術(そうそうじゅつ)中に襲撃されればひとたまりもないはずだ。窟鳥たちはルイズの頭上で砂埃を巻き上げ、争い合っていた。


「あのなあ……お前ら俺を見くびるんじゃねえよ! 俺様に死角なんてねえ!」


 ルイズの俺様発言。だが、ハルカの耳に入ったその言葉は、いつも以上に頼もしく聞こえた。

 彼の覚悟を受け止め、ハルカは立ち上がった。


「……わかった。行くぞ、サクラ。誰だか知らねえけど、この茶番劇を止める」


 術者を仕留めれば窟鳥は巣に帰るだろう。こんなところで留まっている場合ではない。


「俺たちが必ず止めてみせる」


 サクラはちらとルイズを見やり、戦うルイズに背を向けた。そのままサクラは前を見据え、走り出したハルカの後ろ姿を追った。

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