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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第10話:掃討依頼(後編)

 洞窟の中は少し肌寒く、全体的に青白い。

 時折、どこからか水の滴る音がした。岩肌にはところどころに鉱石が含まれているのか、サクラの手に握られた松明たいまつの明かりを受け、キラキラと光を反射した。道幅は三人が横に並んでギリギリ通れるほどだ。


 窟鳥あなどりの巣があると聞いて身構えていたハルカたちだったが、肝心の窟鳥の姿は一匹も見当たらなかった。

 まだ巣で眠っているのかもしれない。できればこのまま目を覚まさないで欲しい――そうすれば、楽に仕事を済ませられるのに。


 そう念じながら、ハルカたちはそのまま洞窟の最奥地へ進んでいった。


「見て、あれ」


 サクラが洞窟の奥を指差す。

 といっても、獣人族はハルカたちよりも優れた視力を有している。ハルカたちにはサクラが示す先に何があるのか、さっぱり見えなかった。


「な……何もねえぞ。脅かすんじゃねえよ」

「もう少し行けば分かる」


 ルイズは竪琴を構えた。

 強気でいるような口振りでいるが、怯えているのが一目瞭然だ。その証拠に、僅かに腰が引けていた。


 前衛のハルカを先頭に、サクラ、ルイズと続く。本当は一番目も鼻もきくサクラに前を歩かせたいところであったが、弓では不意打ちに対応できない。


 しばらく無言のまま歩き続け、やっとのことでハルカの身の丈ほどの高さの穴が見える位置までやってきた。


「この先。巣がある」

「分かった。ハルカ、なるべく時間を稼げ。サクラ、ハルカを援護しろ」


 ルイズがリーダーらしく、的確にハルカとサクラに指示を出す。


「戦闘開始だな。俺から……行くぞ」


 ルイズとサクラが頷いたのを確認し、ハルカは穴をくぐり突入した。


「ギェッ、ギェッ、ギェッーーー!」


 穴を抜けた先に広がっていたのは、ひらけた空間だった。

 松明が照らし出したのは壁面一面をびっしり埋め尽くす窟鳥……鋭い鍵爪を岩にめり込ませ、張りついている。


 蝙蝠こうもりを一回り大きくしたような体だが、頭部には目がついていない。……と思いきや、巨大な口ががばあっと開いた瞬間、喉の奥にある赤い一つ目がハルカたちを睨んだ。


 喉が潰れたような、耳障りな鳴き声が響き渡る。

 松明の明かりが窟鳥の眠りを妨げたようだ。窟鳥は腹立たしげにひとしきり鳴くと、怒りの矛先を一斉にハルカたちに向けた。

 四方八方の壁から感じる数多の視線……無数の小さな赤い目が侵入者を排除しようと蠢いていた。


「来る!」


 サクラの声と同時に窟鳥が一斉にハルカは たちに襲いかかった。

 百匹はいるだろうか。ハルカは体の重心を低く落とし、窟鳥の群れの中へと一気に駆け出した。


無刃(むじん)一閃(いっせん)!」


 甲高い音を立てて、ハルカの右手の白刃が唸る。元素の継ぎ目を肌で感じる。


 (やいば)は空を斬り、剣圧で生じた一撃が窟鳥たちの身を裂いた。ぼとぼとと窟鳥の臓腑が飛び散る。かまいたちが通り過ぎた後に残っていたのは、生気を失ったただの肉塊だ。


 ハルカは斬撃を繰り出しながら、巣の中心へと走った。窟鳥の意識を引きつけるため、わざとオーバーに剣を振るう。頭上を飛び交いながら襲いかかってくる窟鳥を、ハルカの剣は次々とほふった。


 仲間を殺されたことに憤った窟鳥は、さらに攻撃の勢いを増した。

 大口を開け、咬みつこうとする窟鳥を、ハルカがどうにか薙ぎ倒す。

 隙あらば血を吸ってやろうと、窟鳥は涎をだらだらと垂らしながら口をぱくつかせた。


 ふいにハルカの左腕に鋭い痛みが走った。地面に倒れていたはずの窟鳥の一匹が、左腕に食らいついていたのだ。


「くっ! 仕留めきれてなかったのか……!」


 ぐらりと体が傾ぎ、ハルカはどさりとその場に尻もちをついた。その衝撃で左手の黒剣は乾いた音を立て、ハルカの手から離れていった。


 立ち上がろうと、地面に手をついたハルカだが、ヌルリとした不快な感触にすかさず手を引っ込めてしまう。


 左手には……真っ赤な血。

 ハルカの周りは斬り刻まれた窟鳥の血でてらてらとぬめっていた。

 窟鳥からの攻撃を受けた直後に体が傾いだのは、窟鳥の血に足元を取られたためだったのだ。


「ギ、ギ、ギ、ギェェッッ!」


 ハルカが体勢を立て直すのを呑気に待つような窟鳥ではない。この好機を逃すまいと、窟鳥は一斉に地面に手をつくハルカに牙を剥いた。

 攻撃に身構えた――その時だった。


召喚(サモン)! 炎之矢イグニス!」


 パンという軽やかな弦音、それから一瞬の後に幾筋もの紅の矢が窟鳥を貫いた。

 貫かれた十数匹もの窟鳥たちは、矢が刺さったところから紅蓮の炎に包まれた。

 断末魔の悲鳴をあげながら、窟鳥はその身を焼かれ、ぶすぶすと落ちていき、あたりに肉の焼けた匂いが充満した。


「ハルカには……これ以上触れさせない!」


 サクラはそう叫び、矢筒から木矢を引き抜き、つがえた。

 サクラの背後には朱い魔法陣が五つ、洞窟の暗闇の中、ぼうと浮かび上がっている。


 さらにハルカに飛びかかろうとする窟鳥を、サクラは炎之矢(イグニス)と木矢で射落としていった。

 炎に怯えた窟鳥は一瞬動きを止める。中にはハルカたちの手の届かないところへ離れようと岩壁に逃げ出すものもいた。


「逃がさねえよ。――円舞曲ワルツ!」


 ポロン……とたおやかな琴の音が窟鳥の巣中に響いた。あらがいがたい魔力を持った音が、窟鳥を縛りつける。

 ルイズの琴の音を聞いた窟鳥はふらふらとハルカの頭上を旋回した。……と、次の瞬間、猛スピードで岩面へと突撃していった。


 体を強打した窟鳥は力なく地面へと落下した。音色から逃れようと窟鳥たちは足掻くも、無駄なこと。

 琴の音は洞窟中を満たし、外へ逃げ出さない限り抵抗の仕様がない。そしてここは洞窟の最奥地だ。外へ脱出前にルイズの魔琴に魂を奪われてしまうのだった。


 ルイズが琴をかき鳴らし、その曲が終わりを告げる頃には、空を舞う窟鳥の姿は一匹たりとも残っていなかった。


 *****


「結局、俺様が一番窟鳥を仕留めたってわけだな。ほんっとお前らは使えねえな」

「なんだよ、お前がちんたらしてるのが悪いんだろうが。俺が突入してからどれだけ待ったと思ってんだ。演奏準備に時間かけすぎ。ちょっとはその間、魔法で俺を援護してやろうとか思わなかったのかよ」

「バカの分際でうるせえ。美しい音色には美しい精神が必要なんだよ。繊細で研ぎ澄まされた感覚がだな……」

「その面で繊細ってか。よく言うよ」

「顔は関係ねえだろ! そもそも俺様はなあ……」


 確かにルイズの演奏はすごいと胸中では認めるハルカであったが、戦闘終了後、開口一番に俺様発言をしたルイズに対し、つい頭にきてしまうのだった。

 自画自賛するルイズを脇へと押しのけ、ハルカはサクラに詰め寄った。


「それより、サクラ。あれなんだよ! 魔法……じゃねえよな? あの朱い矢」

「おい、まだ俺様の話は終わってねえぞ!」

「うるせえよ。お前もサクラの矢の正体知りたくねえのかよ」

「それは気になるけどよ……」

 

 サクラは二度頷き、単調な口調で種明かしをした。


「異世界から炎を召喚して、矢の形を与えた。私、魔法は使えないし、大がかりな召喚術もできない。でも、あれくらい小規模なものならできる」


 サクラが言っていた「試したいこと」。

 それは魔法を使えないというハンディを、召喚術で埋めることだった。サクラは召喚獣に生物としての姿を「あえて」与えなかったのだ。


「あの方が体力の消耗も少ない。矢に近い形することで、攻撃精度もあがる」


 ハルカの隣でルイズがなるほど、と唸った。

 不得意だから避けるのではない。不得意だからこそ、克服できるやり方を探すのだ。


「練習ではうまくできていた。実戦で使ったのは初めてだから……内緒にしてた。ごめん」

「いや、お前、すごいよ。気にすんな」


 ハルカはそう言い、サクラの頭をくしゃりと撫でた。

 サクラは少し頬を染めたまま、ルイズに向き直った。


「ルイズ、ごめん。黙っていて」

「別に……うまくいったなら構わねえよ。それより、もう隠し事はねえよな」

「うん、ない」


 サクラはこくこくと二度頭を縦に振り、大きな眼でルイズを見つめた。


「怒ってない?」

「お、怒ってねえよ!」


 ルイズが怒ってないと分かり、サクラは顔をほころばせた。

 やればできんじゃねぇか。ルイズの小さな独り言を、ハルカは聞き逃さなかった。


「なんだよ、ハルカ」

「別にぃ?」


 にやつくハルカを不思議そうに見るサクラと、嫌悪感剥き出しの表情を浮かべるルイズ。

 こんなパーティーでも何とかうまくやれたじゃないか。ハルカの不安は徐々に解けていき、自信へと変わっていった。


「あとはルドルフトに報告して学園に帰るだけだな」


 爽やかな気分でハルカは歩き出す。森の出口はもうすぐだ。

 しかし、ふいにサクラがくんと鼻を鳴らした。


「ハルカ……血の臭いがする」


 サクラの嗅覚が誰よりも早く異変を捉えたのだ。そして……森を出たハルカたちを待ち受けていたのは信じられない光景だった。


「……っ」


 森を出た途端に立ち込める臭気。

 生ぬるい風。

 昼間だというのに、夕闇のような空色だ。


「ぐっ!」


 サクラが両手で鼻と口を覆った。この臭気は、敏感な嗅覚を持つサクラにはきつかったのかもしれない。

 だが、それだけではない……目の前に広がる凄惨な光景のせいでもあった。


「なんだよ、これ……」


 森を抜けた牧場に、牛の姿はなかった。

 柵にぶら下がっているのは引きちぎられた臓物だ。つい先刻まで牛の一部として機能していたのか、湯気が立ち上っていた。

 けれども、肝心な牛だったものの姿はない。肉は食い尽くされていた。


「ハ、ハルカ! あっち!」


 サクラが指差した先、ザラ・ハルス村の空。そこには暗雲が立ち込めていた。

 いや、雲ではない、あれは――。


「窟鳥の、群れ?」


 ルイズの顔は引きつっていた。

 群れの窟鳥の数は尋常ではなかった。巣での戦いで相手にした数など、この群れに比べれば大したものではないと思えるほどだ。

 黒く蠢く大群が村の上空を埋め尽くし、雑音にしか聞こえない鳴き声を発しているのだった。


(まさかあいつらが牧場を荒らしたのか……?)


 ハルカはぎりと唇を噛んだ。


「さっき片付けたはずだよな……」

「と、とにかく行くぞ! 救援が来るまで、なんとか俺たちで持ち堪えるんだ!」


 ルイズのかけ声で二人はハッと我に帰る。あそこにはまだ村人も……ルドルフトもいるかもしれないのだ。


 行かなければ、救える人を救うために――。ハルカは窟鳥の群れを睨み据えた。

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