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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第8話:掃討依頼(前編)

 周囲を味気ない灰白色の石柱に囲まれた転移門。学園と外部を繋いでいるのは東西南北にある四つの転移門だけだ。ハルカたちが待ち合わせをしている場所は、その内の一つ、北の転移門だ。


 転移門には柱はあるが、天井はない。

 見上げると雲ひとつない青空が見渡せた。転移門の周りには常緑樹の小さな森が広がっている。

 ハルカは柱の一本に背をもたせかけた。腰に携えた双剣がカチャリと音をたてた。


 転移門のすぐそば、北の細い道をたどっていくと、ザラの街へ続く大街道に出る。南には翡翠色の湖が臨めた。

 遠くに見えるのは霧に包まれた学園の影。燻んだ赤褐色の尖塔だけが、辛うじてそれと判別できた。

 大きな湖の中心に浮かんでいる学園の輪郭は朧げで、ともすれば濃い霧に阻まれ、見失ってしまいそうだ。


 この世界では魔法より召喚術の方が主流だ。魔法を使うのは日常生活で火を起こしたりする程度。

 戦闘で魔法を使うのはかなり特殊なことだ。学園で魔術の授業を受けなければ、大きな魔法を使うことはまず不可能だろう。

 だからこそ、強力な魔術師はそれだけで稀有な存在だ。


 ポケットから金の懐中時計を取り出し、ハルカは時刻を確認する。

 時計の針は、約束の十の刻を指そうとしていた。その時、ハルカの目の前で転移門がキイインと甲高く鳴った。

 音とともに、門の前に現れたのは見慣れた人影。その二人にハルカは歩み寄った。


 ルイズはいつものように暗い赤の髪を後ろに流すようになでつけている。ブレザーの下は黒いシャツに黒革で仕立てた細身のズボンだ。


「お前……こういう時ぐらい学園指定、着てこいよ」

「指定なんてダサくて着てられるか」


(一応、公式の依頼だっての。制服を着てこいって言ったのはどこのどいつだよ)


 一方のサクラはしっかり学園指定の制服だ。白のブラウス、首には大きなリボン、そして膝より少し短めのスカート。ハルカの制服と同じ配色だ。足元は黒のハイソックスと同じく黒の革靴だ。


「ハルカ、おはよう。待たせてごめん」

「いや、そんなに待ってない。大丈夫だ」


 サクラは音のする方へ、黒いオオカミの耳を動かした。顎のラインで切り揃えられた黒髪も、さわさわと揺れた。


「あっち、賑やかだね」

「ああ、大街道があるんだ。サクラはこのあたり初めてなのか?」

「うん、初めて」


 初めての土地に興奮しているのか、サクラは顔を上気させながら、鼻息を荒くした。


「これだから田舎モンは。とっとと行くぞ。もたもたしてたら報酬が減るからな」

「ルイズ、報酬報酬って。なんだかケチくさい」

「だよな、俺も思ってた」

「うるせえ!」


 プライドの高い竜騎族。今までハルカはルイズのことを自尊心の塊の、面倒な相手だとばかり思っていた。


(こいつ、意外と弄りがいのある奴かもしれねえ……)


 サクラも同じことを思ったのか、妙に気合いのこもった目でハルカを見ると、グッと親指を立てた。


 *****


 ハルカたちは大街道に沿って北へと進んだ。

 途中、さしかかった分岐路――北西へ向かえばザラの街、直進して北へ向かえばザラ・ハルス村だ。魔物が出るという廃村はザラ・ハルス村のことだった。

 ザラ・ハルスは古代語で「(いにしえ)のザラ」という意味を表していた。ザラの街が繁栄するまで、ザラ・ハルス村がこの辺りの中心都市だったのだ。今はすっかり寂れ、若者は皆、村から出て行ってしまった。


 街道沿いには煉瓦造の建物がずらりと並んでいた。人の行き来も活発で、栄えている。

 しかし、ハルカたちがザラ・ハルス村に近づくにつれ、それまでの活気が嘘のようになくなっていった。建物の数も少なくなり……しまいには街道を歩いているのはハルカたち三人だけになってしまった。


「昼間なのに閑散としてる」


 ポツリとサクラが呟く。微かなその声すらハルカには大きく聞こえた。

 しばらく歩くと、丸太でできた村の門がハルカの目に入った。しっかりとした造りの建物はほとんどない。泥で塗り固めただけの土壁が並ぶ。それらは雨風にさらされ、今にも崩れそうなほどぼろぼろだ。


「ここだな。ザラ・ハルス村。牧場の管理所は……確か村に入ってすぐのところにあるはずなんだよな」

「報酬はちゃんと支払ってもらえるんだろうな。報酬が払えないほど貧乏だったら俺は帰るからな」

「ルイズのケチ」

「しつけえよ!」


 ルイズを弄るサクラの声を聞きながら、ハルカは辺りを見回した。村の門の少し先に、牧場の管理所はあった。

 石造の建物が多いこの辺りでは珍しい、木造の管理所だ。看板に描かれているのは大口開けて笑うユリーアス牛のキャラクター。うらぶれた村に似つかわしくないその明るさが、ハルカにはかえって不気味に思えた。


「失礼します。クライア学園から派遣された者です。掃討依頼の件ですが……」


 ハルカはは管理所のドアをノックして中に向けて声をかけた。ルイズとサクラもハルカの後ろに並ぶ。


「返事、ねえな。依頼人、寝てるんじゃねえの?」

「ハルカ、もう一回」


 サクラに促され、ハルカはもう一度ドアに向かって声をかけた。


「開いてるよ〜」


 今度は中から野太い男の声が聞こえた。ハルカたちはそうっとドアを開けた。


 中の様子を一目見て、ハルカたちは驚愕した。そして次にハルカが思ったことは……この世界にもゴミ屋敷があるのだなということだった。

 油染みのついた紙袋、果物の皮、飲み物が底に少し残っている瓶、食べかけのパン。ありとあらゆるゴミが床に散乱していた。何が何だかわからない臭いが部屋中に充満していて、ハルカの鼻をついた。

 ハルカは吐きそうになるのをギリギリで堪えた。後ろの二人もまた、手で口と鼻を覆っている。


「くっせえ!」


 ルイズに至ってはあからさまに声にしていた。

 部屋に明かりはなく、窓は分厚いカーテンで閉ざされていた。頼りになるのはカーテンの隙間から漏れてくる外の光だけだった。

 ハルカは目を凝らして部屋の奥を見た。木製の事務机の向こうでもぞもぞとゴミ山が蠢いた。


「ハ、ハ、ハルカ! ゴ、ゴミが! う……動いた!」


 無口なサクラも耐えられなくなったのか、怯えながらゴミ山を指差した。


「失礼だな。最近の学生は依頼人に対する礼儀も知らないのか」


 それはぶるっと大きく身震いすると、ゆっくりと体を起こした。

 ゴミ山、と思っていたのは……獣人だったのだ。でっぷりと太った獣人。

 あまりの巨体に、獣人族特有の耳が小さく見えるほどだ。だらりと力なく垂れた白黒ぶちの犬耳が、かろうじてハルカの目に入った。手入れされていないこげ茶の髪がボサボサに伸びている。同じく伸び放題の髭は毛先がてんでバラバラの方向にはねていた。


「ちょっと君たち、ここまで来てくれよ。体が重くて動かないんだ」


 部屋の散らかり様と悪臭に足踏みしていたハルカだったが、その背中をルイズがドンと押した。ハルカは振り返り、何すんだよ! と目で訴える。


 ……行ってこい。ルイズのみならず、サクラの目までもがそう言っていた。

 サクラは限界を迎えてしまったのか、うっと唸るやいなや脱兎のごとく管理所を飛び出した。五感の敏感な獣人族には耐えられないのだろう。もっとも、体の一部にオオカミの姿を持つサクラに、脱兎のごとくという言い方は正しくはないのかもしれないが。

 それにしてもかの獣人は鈍いのか、鼻をふがふがさせたまま平気で部屋に居座っている。


「俺は絶対行かねえからな」


 ドスのきいた声で告げ、ルイズはハルカの顔からふいと視線を逸らした。ルイズの顔は……死人のように真っ白だ。そして、ヘマしたら許さねえからな! と捨て台詞を残し、ルイズも管理所から駆け出して行ってしまったのだ。


 ……もうどこにもハルカに逃げ場はなかった。

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