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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第5話:デュロイ家の晩餐

「ハルカ、なぜ教官室まで来なかったのですか」


 ポラジットは肉汁溢れるステーキを頬張るハルカに尋ねた。静かなその声の底には、微かな怒りも混じっている。

 授業後、教官室まで来るように言っておいたにもかかわらず、ハルカは教官室には現れなかったのだ。おかげでポラジットは学園が閉門する時間まで、ハルカに待ちぼうけを食らわされたのだった。


「あー……パーティー分けのことで頭がいっぱいで、忘れてた。悪い」


 ポラジットの向かいに座るハルカはポリポリと頬を掻きながら答えた。ハルカがこういう仕草をみせる時は嘘をついているということを、ポラジットはこの三年でしっかりと把握していた。


「どうせ家に帰ったら嫌でも私と顔を合わせるんだ……とでも思っていたのでしょう?」

「よくお分かりで」


 ハルカは頬を引きつらせ、笑顔を取り繕った。

 食堂の扉付近で食後のお茶を用意しているカナン――デュロイ邸で唯一の使用人――の暗緑色の髪が怒りで逆立っていた。家主のポラジットに対するハルカの態度が気に入らないのだ。

 食堂、と言っても、デュロイ邸の食堂はそう広くない。大人が五、六人並べる程度のテーブルに、調度品はシンプルなものばかりで、装飾の類は一切なかった。ポラジットとハルカとカナン、そしてリーフィしかいないこの屋敷にはそれで十分なのだった。


「ハルカ様、もう少しポラジット様に対する態度を改められてはいかがですか」

「それよりさ、カナンもポラジットに言ってやってよ。家にいる時まで教官ぶるなってさ」

「ハルカ様!」


 カナンがハルカを窘めると同時に、カナンの背後から光の球体が飛び出した。


「キキィッ!」

「あ、おい、リーフィ!」


 ハルカの前にポンと姿を現したリーフィ。ハルカの皿から橙色のラグの実を一つ強奪すし、恐ろしい勢いで食らいた。リーフィの体程の丸い実は一瞬にしてリーフィの体の中へと消えてしまった。


「リーフィ!」


 大好物のラグの実を奪われたハルカはリーフィの名を叫びながら、食堂の中をドタバタと追いかけ回す。

 ハルカの手に捕らえられるより早く、リーフィは光の玉に姿を変え、カナンのメイド服の胸ポケットへと飛び込んだ。リーフィに手を伸ばしたハルカは、すんでのところで手を止めた。女性の胸ポケットに手を突っ込むわけにはいかない……ハルカは苦々しげに歯噛みしながら、再び席についた。


「リーフィもハルカ様の態度は目に余る、そう言いたいのですよ」

「でも食いもんに手出しするのは反則だろ?」


 ハルカは悪態をつきながら、デザートの皿をつついた。


「ていうかさ、カナンもリーフィもちょっと羽伸ばそう、とか、ポラジットの見てない間に手を抜いてやろうなんて思わないのか?」

「それは貴方だけです」


 カナンが冷ややかに言い放った。ハルカは唇を尖らせ、おかしいなぁとぶつぶつ呟いている。

 そういえば、今日の組み分けはいったいどうなったのだろうか。気になったポラジットはハルカに尋ねた。


「ところでハルカ、組み分けは順調に済んだのですか?」

「ああ、サクラとルイズのやつと組むことになったよ。ん、カナン、このデザート、うまいな」


 さっきまでの険悪なムードはどこへやら。料理を褒められたカナンは謙遜しながらも満更ではなさそうだ。


「サクラとルイズですか。サクラはともかく、よくルイズが承諾しましたね」

「サクラが説得してくれた。最初は俺たちと組みたくないってごねてたんだけどな」

「……そうですか。安心しました」


 ポラジットはほっと安堵のため息を漏らした。心配の種が一つ消えた気がしたのだ。

 ハルカを戦犯として未だ疎ましく思う生徒も、少なからずいた。究極召喚獣のくせに、帝国から連合国を守れなかったのだと。ルイズもそういった面々の内のひとりだった。当初よりはだいぶ態度も軟化したようではあるが。


「心配すんなよ。組んでくれるやつがいなかったら……その時はその時で考えるつもりだったよ」


 それより……とハルカは続けた。


「お前、目の下、くまになってんぞ」

「え? くま?」


 咄嗟にポラジットは両手で目の下を抑え、慌ててくまを隠そうとした。毎朝、鏡を見る時はそんなことなかったのに。

 学ぶこと意外に無頓着なポラジットではあったが、最低限の身嗜みは気にしているつもりだった。これでも一応花も恥じらう乙女、なのだ。


「引っかかった。うそ、くまなんてねえよ。でも最近、夜遅くまで部屋の明かりがついてるみたいだったからさ。なんか根詰めてんのかと思って」

「か、からかわないでください! 試験も近づいていて、仕事が立て込んでいるだけです。あ……あなたが心配することは何もありません!」


 ポラジットはそう言いながらも、心配してくれているのはとても嬉しく思うのだ。つい怒った口調になってしまうのだが、それは単なる照れ隠しだった。


「そうか? まあ、そうか。実践試験の担当教官だもんな」


 ハルカは食後のハーブティーを一気に喉に流し込むと、勢いよく席を立った。


「俺、もう部屋戻って休むわ。明日から練習始めるってルイズのやつ張り切っててさ。ごちそうさま、カナン」


 食事の余韻を楽しむことなく、ハルカはすぐに食堂を飛び出した。扉を閉める勢いはこの古い屋敷が衝撃に耐えられるのかポラジットは心配になるほどだった。


「まったく。もう少し落ち着かれたらよろしいのに」

「やる気を出しているところに水をさすのもよくないでしょう。あれでいいのですよ、ハルカは」

「そういうものなのですかね。それよりポラジット様、温かいお茶をお入れしましょうか」

「そうですね。ではお願いしようかしら」


 ポラジットは苦笑しながら、ハルカが絶賛したデザートにようやく手をつけたのだった。

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