第4話:白の一角獣
「これって……」
白いたてがみをなびかせ、宙を駆け巡る一角獣の姿。隣にいる少女のものと、同じもの。
「サクラと同じだ」
俺は便箋を裏返し、サクラにそれを見せた。ほんの僅か、サクラの耳が嬉しそうに震える。外向きに耳が動くのは喜んでいる時のサクラの癖だ。ハルカはそれを見逃さなかった。
「同じパーティー。改めてよろしく、ハルカ」
サクラはいつもと変わらない無表情で、ハルカに手を差し出した。
ハルカはサクラの目を見てニッと笑うと、差し出された手を掴んだ。
「俺の方こそ。よろしくな、サクラ。絶対合格しようぜ」
ハルカたちは青春真っ只中、といった風に握手を交わす。
その時、サクラが何かに気づいたようにハルカから視線を逸らした。その視線はハルカを通りこして、ハルカの背後に向いている。
「ハルカ、あれ」
ハルカはサクラが指で示す先を目で追った。
そこには真っ青な顔をして棒立ちになっているルイズがいた。ルイズの額からは滝のように汗が流れていた。
「ルイズ?」
「……くっ!」
ハルカの呼び声にルイズは応えない。それどころか挑発するかのような目つきで俺を見据えた。
「もしかして……」
サクラが隣でぼそりと呟く。サクラはまっすぐルイズに近寄ると、ルイズの右手に握られていた便箋を手にした。
意外にもルイズは無抵抗でそれを手渡した。いつものルイズであれば、気安くさわるんじゃねえ、の一言でもありそうなものだが。
サクラは受け取った便箋のシワを丁寧に伸ばした。よほど力強く握られていたのか、くしゃくしゃになった便箋のシワはなかなか取れない。
「見て」
サクラが差し出したそれには、三匹目の白の一角獣。
「ってことは、もしかしてお前……俺たちのパーティーなのか」
ルイズはびくっと肩を震わせた。サクラの手から便箋を強引に奪い取ると、それをブレザーのポケットに押し込んだ。
「お前たちとパーティー組むなんて冗談じゃない! 交渉して、誰かに代わってもらうからな!」
サクラとハルカは互いに顔を見合わせた。確かにパーティーの交代は暗黙のルールとして認められてはいる、が。
「そんな簡単に見つかるわけない。諦めて、少しでもパーティー戦闘の練習をした方が得策だと思う」
サクラがため息をつきながら、ルイズに忠告した。
「ルイズが嫌がる気持ちもよく分かる。好き嫌いの問題じゃない。私たち三人はパーティーのバランスが悪い。近接戦闘が得意なハルカ、遠距離攻撃が得意な私。だけど……ハルカも私も、一切魔法は使えない」
(そうだ、俺たちは魔法が使えない……)
これは大きなハンデだった。
異世界人であるハルカは言うまでもないが、サクラも魔法は一切使えないのだ。
魔族、竜騎族、精霊族と異なる進化を辿ったと言われる獣人族。
彼らは空気中の元素粒子を魔法に変換する器官を持っていない。そのため、サクラに限らず、獣人族は生来、魔法を使うことができないのだ。
魔法が使えなくても卒業試験を乗り切ることはできるが、それは他のパーティーよりも圧倒的に不利なことは間違いなかった。
「魔法を使えないメンバーが二人もいるパーティーに入ってくれる人、誰もいない」
「それは……!」
サクラに何かを言い返そうとするルイズ。だが、その先の言葉が紡がれることはなかった。
交渉しても誰も応じてはくれない。ルイズも分かっていたのだろう。
「おい、ルイズ」
「うるさい、分かった。分かったよ!」
そう言い放つと、ルイズは大講堂から飛び出していった。
ハルカたちは急いでルイズの後を追った。なんとか説得して分かってもらうしかない。そうでないと、ハルカたち自身の卒業が危うくなってしまうのだ。
「ルイズ!」
「おい!」
ルイズは大講堂の大扉を出てすぐの場所、ホールにある掲示板の前にいた。
金の額縁の中に収まったそれに学生たちが各自、名前を記入するのだ。
一度申告してしまえば、パーティーを変更することはできない――そのメンバーで卒業試験に挑まなければならない決まりだ。
掲示板にまだ余白はあったものの、ほとんどの学生はすでにパーティー申告済みだった。
大講堂付近には学生の姿は残っていない。それぞれのパーティーで自主練習に向かったのだろうか。ハルカたちにもたもたしている時間はなかった。
ハルカはルイズをなんとか説き伏せようと、ルイズに近づいた。ルイズ、とその名を呼ぼうとしたその時……。
「これで、いいんだろ!」
ガリガリとルイズが荒々しく申告板にに文字を書く音がした。備え付けてあった羽根ペンで三人の名前を書き殴り、ルイズはバン、とペンを申告板に叩きつけた。
そして、唐突にルイズはハルカたちの方へ振り返り、顔を真っ赤にしながらまくしたてた。
「いいか、やるからには完璧にするからな! お前ら、俺の足を引っ張るんじゃねえぞ!」
ハルカとサクラは互いに顔を見合わせ、ニヤリと口の端を吊り上げる。
(よろしくね、なんて言えないやつなんだ、こいつは)
よろしく、の代わりに言うセリフは決まってる。
「それはこっちのセリフだっての」
「ルイズこそ。足を引っ張らないように」
「うるせえ!」
「もちろん、リーダーは先頭に名前書いたお前だからな、ルイズ」
「なんでそうなるんだよ!」
ルイズの怒鳴り声とハルカたちの笑い声がホールに反響した。




