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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第3話:卒業試験説明会

 階段状の大講堂は臙脂色のブレザーを着た学生で溢れかえっていた。

 講堂の最大収容人数は三百人。赤い絨毯が敷き詰められており、色とりどりのステンドグラスがはめ込まれた窓には濃い紫色のカーテンがかかっている。ちなみに試験を受ける上級生はちょうど六十人だ。


 ハルカとサクラは一番後ろの席についた。ハルカはシャイナから手渡されていた鞄を隣の席にそっと置く。


 卒業試験説明会の開始時刻になり、教師が続々と大講堂にやってきた。その中にはポラジットの姿もある。

 剣術の教師はマント、魔術の教師はローブ、と着ているものはまちまちだが、深い紫色のものに統一されている。金の刺繍で縁どられたもので、この学園の教職員はみんなこれを身につけていた。


 その中でも一際上等の生地を使ったマントを身に纏っているのが、学園長アルフ・サイオスだ。召喚士として名高いダヤン・サイオスの弟にあたる。

 ポラジット曰く、硬派で秩序を重んじ、何より愛すべき奥方一筋の……兄である老師とは似ても似つかない素晴らしい方……らしい。


「上級生諸君。君たちは間もなくこの学園を卒業することになっておる。しかし、それはあくまでも予定であり……卒業前の最後の関門、卒業試験を突破してもらわぬことには卒業を認めることはできぬ」


 学園長の顔つきは引き締まっている。肖像画でしか見たことのないダヤンと目元のあたりが似ていた。

 よく通る学園長の声が大講堂の一番後ろの席まで響き渡った。肩まである灰金色の髪がゆらりと揺れた。


「卒業試験は実践と筆記の二つに分けられている。今日は筆記に先駆けて行われる、実践試験について話をしよう。

 まずは実践担当教官を紹介する。剣術担当グレン・カティア、魔術担当ステイラ・ヴォーカ、召喚術担当ポラジット・デュロイ」


 学園長に促され、三人の教官が前に出た。


 赤金色の短髪に、筋骨隆々の大男。

 腰まである紫紺の髪に、青白い顔の不健康そうな女。

 そして、澄ました顔の小柄な青の召喚士。


 彼らは学園長に名前を呼ばれた順に、教師たちの列から一歩前へ進みでた。

 三人が揃って教壇に歩み寄ると同時に、学園長は教壇をおり、大講堂をあとにした。

 ポラジットが学園の校章が刻まれた教卓の縁に小さな手を添え、講堂を見渡す。小ぶりな口を開き、学生たちに告げた。


「我々三人が実践試験を担当します。試験とは言え、実際に魔物と一戦を交えることになります。心して試験に臨むように」


 ポラジットはそう言うと、大講堂の扉付近で控えていた学級委員たちに目配せした。


「これから実践試験のパーティー分けをします。担当者がくじをもって巡回するので、座席順にくじを引くこと。合図があるまでくじを開けてはいけません」


 くじの箱を持った学級委員が大講堂を回り、ハルカたちのところへ近づいてくる。

 くじを引いた生徒たちは緊張した顔つきでそれを握りしめていた。


「パーティーなんて大事なもん、くじで決めてしまっていいのか? それも学生がくじ係なんて」


 ハルカはサクラにこっそり耳打ちした。

 それはハルカのいた世界では考えられないものだった。普通、試験に関する案件について、学生はノータッチもので、一度(ひとたび)触れようものなら不正行為扱いだ。こんな風に学生も交えて試験準備が行われるなんて……不正行為の温床になりそうなものだ。


「不利なパーティーに入ったとしても、メンバーの入れ替えは認められている。不利な立場から、交渉することで自分の有利な状況に持っていくのも実践だって。誰も難しいパーティーに入りたくないから、交渉に応じてもらえることはほとんどないらしいけど」


 確かに交渉も実力の内、と言われるとそんな気もする。ハルカは分かったような、分からないような複雑な気持ちで、学級委員がくじを配り歩くのをぼんやりと眺めていた。


「……って、なんだよ、くじ係、シャイナのやつじゃねえか」

「シャイナ、学級委員だから」


 回ってきたシャイナはハルカの前に仁王立ちになり、ずいとくじの箱を突き出した。


「なんだよって、それはないんじゃないかしら」


 想像以上の地獄耳なのか、ハルカの声はきちんと聞こえていたようだ。


「……っと、ハルカの番……の前に、私が引くわね」


 ハルカがくじを引こうと手を伸ばしかけたのを、シャイナがぴしゃりと止めた。シャイナは箱の中に手を入れると、しばらくごそごそと中を探り、えいやと勢いよくその手を引き抜いた。


 くじなどと呼ばれているものだから、四つ折りにされた紙切れをハルカは想像していた。だが実際に箱から出てきたのは学園の校章が描かれた小さな封筒だ。


「ほら、ハルカ。次はハルカよ」


 ハルカはシャイナが差し出した箱に恐る恐る手を突っ込む。

 どうか当たりのパーティーに入れますように……と、一心にそれだけを念じて、ゆっくりと封筒を一つ引き出す。


 ハルカの後、サクラが無言で封筒を取り出した。あまりの早業にハルカは目を疑った。

 

(ほら、緊張しながら引くとか、祈りながら引くとか……それ相応の態度っていうのがあってだなあ)


 思わず苦笑いするも、肝心のサクラはなぜ笑われているのか分からないと首を傾げた。


 最後列の席を陣取っていたハルカたちがくじを引き終わると、箱は空になったようだ。

 シャイナが教壇のポラジットに目で見て分かるように、箱を逆さに振った。

 ポラジットはそれを見て、大仰に頷く。


「では組み分けは終了します。手元にある封筒の中に、記号が書かれたカードが入っています。同じ記号の者同士で三人一組のパーティーを組むこと。

 講堂前に掲示板を出しておきます。各自掲示板にパーティーメンバーを記入しておきなさい。以上です」


 ポラジットが締めると同時に大講堂は大騒ぎになった。


「緊張する!? 開けるのドキドキするよ!」

「ヤバいパーティーに当たっちまったらどうしよう!」

「誰か〜! 炎の獅子のカード持ってる人いませんか?」

「あ、僕、持ってます!」


 それぞれが自分のパーティーメンバー探しに必死だ。いつまでも周りを観察しているわけにもいかない。ハルカはサクラを横目でチラリと見やり、ポツリと呟いた。


「……俺たちも開けてみるか」

「分かった」


 ハルカはゆっくりと封を開け、中の便箋を取り出した。


「白の一角獣(ユニコーン)


 やっとハルカが便箋を取り出した、という時にはすでにサクラは自分の便箋を全開に開き、ハルカにひらひらと振って見せた。


(……って、サクラ、見るの早いな! まだ俺は便箋を開いてすらいねえよ!)


「ハルカも早く」

「言われなくても分かってるよ!」


 ハルカは口を尖らせながら便箋に描かれた模様を見た。

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