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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第2話:三年後(後編)

 声の主は竜騎族のルイズ・マードゥック。何かにつけてハルカに突っかかってくる癖は健在だ。


「連合国が負けたのはお前のせいだってのに、いい気なもんだぜ」

「ルイズ、ハルカは悪くない」

「サクラ、構うなよ。めんどくせえ」


 ルイズはただでさえ細い目を、さらに細めてハルカを見た。赤毛の前髪をかきあげながら、ふふんとせせら笑っている。

 ハルカがこの学園に転入した時から、ルイズのハルカへの態度はハルカを小馬鹿にするようなものばかりだった。当初は言われたことに対してそれなりに傷ついたり、腹が立ったりもしていたハルカだったが、今では適当に受け流すことにしていた。毎日のように飽きもせず突っかかってくるなんて……よっぽどヒマな証拠だ。ハルカはそう思うようにしていた。


「ポラジット教官も同罪だぜ。俺たちより一つ年上ってだけで、偉そうに教官面して」


 確かに、とそこだけはルイズに同感だった。家に帰っても偉そうで、何かにつけてもっとしっかりしろ、勉強しろ、の一点張りなのだから。

 だが……他人にポラジットを悪く言われるのは、ハルカには我慢がならなかった。


「ルイズ……おまえな……」

「ハルカ、隣いいかしら?」


 ルイズに一言言ってやろうと、ハルカが口を開いたその時、ハルカの言葉を遮る声がした。


「ポラジット教官は優秀な方よ。あの年齢で教官を務めるんだもの。ルイズ……あなた、ポラジット教官は史上最年少でこの学園を卒業したこと、知らないわけじゃないでしょう?」

「シャイナ……だけど教官は…」


 学年主席の超優等生、魔族のシャイナ・フレイアはふんっと鼻息を荒くした。どうやら敬愛するポラジット教官を貶されて、かなりご立腹のようだった。シャイナは乱暴に手さげ鞄をハルカの隣へ投げ置いた。


「年齢なんて関係ないわ。優秀で、お美しくて……しかもあのダヤン・サイオス様の一番弟子。あぁ、憧れちゃうわ。私もあんな女性になりたいわ」


 シャイナは興奮し、火照った頬に両手をあてた。ゆるくサイドに編んだ三つ編みを翻しながら、きゃあきゃあと身悶えている。シャイナの眼鏡は自らの発する熱気で真っ白に曇っていた。

 さすがのルイズも毒気を抜かれたのは言うまでもなかった。ルイズは面倒くさそうにハルカたちを一瞥すると、何も言わずにそそくさと離れていってしまった。


「それよりハルカ。あなた教官室に呼ばれていたんじゃなかったかしら?」


 シャイナがハッとしたようにハルカを見た。ポラジットから呼び出しを受けていたことを、ハルカはすっかり忘れてしまっていた。

 中庭から北の方角に目をやる。本館の中央から学園のシンボルである時計塔が伸びていた。文字盤にあしらわれているのはこの学園の校章。世界樹の葉が木の杖に巻き付いている。時計の針はゆっくりと時を刻み、学園の時を支配していた。

 もう昼休みの時間はほとんど残っていない。今から急いで教官室に行ったところで、すぐに午後の鐘がなるのだ。


「いいや、行かねえ」


 ハルカは仏頂面でそっぽを向いた。シャイナはそんなハルカの様子を見て、苦笑した。


「ハルカ、行かないと怒られる」

「サクラ、言っても無駄よ。こうなったハルカは何言っても聞かないわ」

「どうせ家に帰ったらあいつと嫌でも顔を合わせることになるんだ。別に行かなくったって問題ねぇよ」

「本当、デュロイ教官が身近にいるのに……色々もったいないわ」


 シャイナは腰に手を当て、まるで姉が弟に注意するような口ぶりで言った。


「とにかく、卒業できないっていう事態だけは避けなさいよ」


 シャイナはそう言うと、ハルカたちの前から立ち去ろうとした。


「どこ行くんだ?」

「クラス委員は試験説明会の前に教官室に来るように言われているのよ。説明会の手伝いの件でしょうね。すぐに戻ってくるわ。鞄、講堂まで持って行ってくれないかしら。席を取っておいてほしいの。じゃあ、またあとでね」


 腰を据えて話す間もなく、シャイナは中庭を後にした。シャイナが妙に落ち着きないのは、ポラジットと話ができるからだろう、とハルカはふんでいる。


「とりあえず、早く昼飯済ませてしまわねえとな」


 ハルカは残りのサンドイッチを食べようと、紙袋に手を伸ばした。


「ハルカ……」

「なんだよ」


 サクラがもじもじとした様子でハルカを見る。おそるおそるシャイナのカバンを指さした。

 どうしてこんなにおびえてるのだろうか。もしかして、自分ががピリピリしているのが伝わってしまったのかもしれない。

 ハルカはなるべくきつい口調にならないよう、サクラに話しかけた。


「怒ってねえよ、俺は」

「あの、ハルカ、もっと早く言おうと思ってたんだけど……。サンドイッチ、つぶれてる」


 瞬時にハルカはサクラが指さした方へ顔を向けた。シャイナの鞄を払いのけ、拳を強く握りしめる。


「お……あああぁぁぁぁ……。シャイナのやつ、やってくれたなぁ……!」


 目の前には、サンドイッチの原型すらとどめていない、元サンドイッチが横たわっている。

 ハルカはサンドイッチ一切れで、午後を耐えなければいけない羽目になった。

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