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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第33話:呪縛

 アーチェが地を蹴ったのと、エリーチカが魔法陣を展開させたのは同時だった。魔法陣から数多の氷刃が現れ、アーチェを狙い撃つ。


 アーチェは全速力で前進しながら、白剣で氷刃を薙ぎ払う。さらに、自らの体の至る所から露出した亡者の口に、魔の氷刃を食わせた。


 だが、アーチェの優れた剣技と《悪食》の能力をもってしても、全ての攻撃を防ぎきることはできない。仕留め損ねた氷はアーチェと左肩と右足を容赦なく貫いた。


「ぐっ……!」


 傷口から広がる鋭い痛みと刺すような冷気に怯む。

 それでも、アーチェは前へ進むことをやめなかった。


「喰らうっ!」


 アーチェの気合を込めた一声。

 傷口から生えた乱杭歯が、身を貫く氷を噛み砕いた。

 だが、その抵抗も虚しく、冷気はアーチェの肉体を浸食し、傷口から幼子の体は凍りつき始めた。


 ――喰らいきれぬ……!


 筋肉が強ばり、前進する速度が低下する。とは言え、その速度は常人が出せるもの以上。ほんの少しばかり、アーチェの力を封じたに過ぎない。

 アーチェは鈍る神経を奮い立たせ、感覚の薄れた足を動かす。


「もらった!」


 跳躍。

 渾身の力を込めて大地を踏み、エリーチカの間合いに飛び込む様は白銀の流星の如く。

 が、それはエリーチカの眼前に瞬時に現れた新たな魔方陣によって阻まれた。


「氷の、つぶて


 感情のない声でエリーチカが呟く。

 アーチェはハッと目を見開き、反射的に体の前で腕を交差させた。


 ――防ぎきれぬ!


 刹那、魔方陣から無数の氷塊が高速で放出される。

 アーチェの握り拳大ほどのそれらは、幼子の細い四肢を打ち、容赦なく彼女をはね飛ばした。

 打たれたアーチェは、エリーチカに剣を向けた位置よりも遥か後方に吹き飛ばされる。咄嗟のことで、術を防ぐことも、その威力を減じることもできなかったアーチェは、青白い礫をまともに食らいながら、背後の巨木にぶつかった。


 ――力が……出し切れぬ……!


 不意打ちではあったが、普段であれば、間違いなく《悪食》の亡者が彼女の体を守ったはずだ。しかし、今、能力は全くといっていいほど発動しなかった。

 どさりと木の根元に倒れ伏したアーチェは、《陽》を支えによろめきながら立ち上がる。彼女にいつもの余裕はなく、幼子と思えぬほどの険しい表情を浮かべている。

 エリーチカに立ち向かおうと一歩踏み出した瞬間、血管を縛り上げるような鋭い痛みがアーチェを襲った。


 ――やはり、そう、か。


 アーチェはこのことを予想していた。エリーチカに刃を向けた、その瞬間から。

 痛みは全身を支配し、じわじわと戦う意思をそいでいく。負けるものかとアーチェは唇を強く噛んだ。


 ――力が半減するのも無理はない。なにせ……《主》の命令に背いておるのじゃから。


 アーチェを縛る絶対の鎖。それは、《主》であるユグノー・アメルが下した「妻を守れ」という命令だ。

 アーチェが望んでいるのはエリーチカの救済だ。けれども、結果的には命令に背き、エリーチカを傷つけようとしていることに変わりはない。

 エリーチカに向かい合う限り、アーチェはその力を封じられる運命にあった。


「温めて、アーチェ」


 傷だらけのアーチェに、エリーチカは白い両のかいなを広げた。

 慈しみに満ちた母親を思わせる口ぶりに、そのまま飛び込んでしまいそうになる。


 エリーチカに殺され、血肉を糧とされることは、どれほど幸せなことだろうか。

 この取るに足らない身でも、ほんの束の間、心を寄せたエリーチカを温めることができれば、本望だろう。


 しかし、甘やかな誘惑に惑わされぬ、とアーチェはかぶりを振った。

 その刹那の温もりが、どれほど無意味なものかを自分は知っている。後に襲いくる喪失感を、冷めた体を抱える惨めさを。


「エリーチカ様……。妾は、あなた様のおそばには行けぬのです」


 必死で抗う。そうでなければ、たやすく流されてしまう。

 アーチェはやっとのことで、そう答えることができた。

 ぐぐ、と重い腕を上げ、白刃の切っ先をエリーチカに向ける。その手は震え、狙いは定まらない。


 ――討たねばならぬ、解放せねばならぬ……!


 《主》の命令という呪縛にとらわれたアーチェには、それが精一杯の抵抗だった。


 *****


「……感じます、異様な魔力の流れを!」

「あぁ、《陰》の共鳴も強まってる。この方角で間違いねぇ!」


 幻獣・飛鷲馬ヒッポグリフの背にまたがり、空を飛ぶ二人――ハルカ・ユウキとポラジット・デュロイだ。

 ポラジットが手綱を握り、進路を目的地へととる。共和国東部の農園の北――静かな山地へと向かう。


「このあたりには古い炭坑群があったはず……。今は廃れ、どこも使われていませんが、シャイナ達はそういった廃坑に囚われているのかもしれません!」

「なら、そこで戦闘が始まったのかもしれねぇ! さっきから《陰》の声が尋常じゃない!」


 ポラジットの後ろにつかまるハルカは、黒剣《陰》をぎゅっと強く抱え、前方を睨みすえた。

 と、その時、チラリと光が明滅する。嫌な予感を覚えたハルカは、咄嗟に叫んだ。


「避けろ! 前から来る!」

「……っ!?」


 ハルカの警告を聞き、ポラジットは思い切り手綱を引っ張る。空中で右に旋回すると、ハルカ達のすぐ脇を一条の光が掠めた。


「……っ……次っ、来ますっ! ハルカ、私にしっかり掴まって!」


 さらに三筋の光がヒッポグリフめがけて放たれた。

 ポラジットは上体をかがめ、攻撃の筋を読み切る。無駄のない手綱さばきでそれらを回避し、攻撃の合間に蒼穹の杖を喚びだした。


石化ストーン!」


 前方に杖を構え、ポラジットは文字通り、攻撃を止めた・・・・・・。杖の力で光の筋は動きを止め、その正体を現す。中空で固まっているのは、極彩色の羽根。


「これは、あの鸚鵡の……!」

「姿を見せなさい! 反逆者よ!」


 凛とした声が響く。それに少し遅れて、耳障りな哄笑が聞こえた。

 滞空するヒッポグリフの目の前に小さな緑の魔法陣が浮かび上がる。そして――そこから現れたのは、極彩色の鸚鵡だった。


「サスガ、青ノ召喚士。コノ程度ジャア、足留メモ出来ナイネ」


 飄々とした声で、鸚鵡が言う。

 鸚鵡は羽を広げたまま、不自然に宙に浮き、ハルカ達を出迎えた。


「鸚鵡、てめぇ!」

「アリア。僕ノ名前ハアリアダヨ、バハムート。《長》ガツケテクレタ、美シイ名前サ」


 アリアと名乗った鸚鵡は、ガラス球のような目をぐりんと回し、青黒い舌をベロリと見せた。


「サテ、実力行使デ止メラレナイナラ、ドウシタライイノヤラ……。ソウダ、一ツ、オモシロイ話ヲシヨウカ」

「話すことなんてねぇよ! さっさとそこをどけ!」


 鸚鵡のふざけた態度に痺れを切らしたハルカが剣を向ける。それを見たアリアは目を細め、大きな嘴を開いた。


「エリーチカ達ヲ襲ッタ惨劇。彼女ニ施シタ実験。……アノ事故ノ真実ヲ、知リタクナイノカイ?」


 ハルカ達は立ち止まらずにはいられない――そう確信した口調で、アリアは言い放った。

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