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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第30話:暴かれる心

 獣人族の証である、動物の耳。

 反逆組織の頭目の頭にあるそれを見て、シャイナは愕然とした。反逆組織《虚無なる鴉ホロウ・クロウ》の目的は、リーバルト連合の解体、そして――獣人族の排斥だ。


「獣人族を排斥しようとしているのは……獣人族……? そんなのって……」

「あり得ない、とでも言いたいのかもしれませんね」


 《長》と呼ばれた青年は、柔らかく微笑んだ。

 仮面の奥の暗い金の瞳が、鈍い光をたたえている。過激な目的とは裏腹に《長》の声色は至極落ち着いていた。

 なぜ、と問いただしたいことが山のように浮かぶ。が、シャイナは一呼吸置き、脳に新鮮な空気を送った。こんな時こそ、一つ一つの言葉を慎重に選ばなければならない。理解のできない状況だからこそ、なおさらだった。


「なぜ、私と話をしようと思ったの」

「……思ったよりも冷静なんですね、あなたは」

「冷静を装っているだけよ」


 それがシャイナの嘘偽らざる気持ちだった。

 あくまで、冷静を装っているだけ。身柄を拘束され、あまつさえ敵の首領の真意が読めない状況。

 獣人族を快く思わない者が起こした反乱であれば、どれほど単純明解だったことだろう。けれども真実は違った。反乱の首謀者は――獣人族だったのだ。


「……ああ、この話し方は好きじゃないんだ。僕は堅苦しいのは嫌いでね。一応、目上の人間にはそれなりの態度ってものがあると思うんだけれど、今の場合、どちらかと言えば、立場が上なのは僕の方だ。

 ……それに、君とは腹を割って話したいと思ってるんだ」


 丁寧だった青年の口調は、砕けたものに変わった。しかし、その急な変化に違和感はない。いや、むしろこの天真爛漫な少年のような物言いの方が、彼には似つかわしい気さえしてくるのだ。


「立場が上? 笑わせないで。追い詰められるのはあなたの方よ。人質の中にはマードゥック家の子息がいるのよ。有力貴族を人質に取っておいて、ただで済むと思ってないわよね」

「ははっ、君のその気丈な態度、嫌いじゃないよ。でもね、僕だって何も丸腰ってわけじゃないんだ。その点は心配しないでよ」

「誰もあなたの心配なんて……!」


 いちいち人を小馬鹿にしたような態度が気に障る。苛立っては自分のペースを乱されるだけだと分かっているが、シャイナはチッと舌打ちした。


「君はとても聡明で、知的で、冷静で……そしてとても危うい。ガラス細工みたいだよね。ボトルシップって知っているかい?

 君はそれに似ているよ。精巧に作られた美しい船……だけど、それを守るガラス瓶は脆い。君はその内に膨大な知識と技術を詰め込んでいるのに、君を壊してしまうのは簡単なんだ。

 突けばピシリとひびが入って、ボロボロに壊れてしまうだろうね。――僕はそんな君が気に入ったんだ」

「私が気に入った? ふざけないで。私と話してどうしようっていうの。あなたの目的は何」


 虚勢を張った自分を見透かされているのか。それとも、自分でも知らない自己の本質を語られているのか。

 陽気に語る青年の真意は読めない。それが気持ち悪く、居心地が悪い。目的など尋ねても、そう易々と口を割るはずもないのに、シャイナはそれを問い詰めずにはいられなかった。


「目的? 簡単だよ。排斥、排除。相応しくないものは綺麗に消してしまうんだ」

「な……」

「獣人族の歴史を知ってる? 差別され、世界から追いやられた種族。ただ魔法を使えないという理由だけで。

 三種族に忌み嫌われた先人達は、その不当な扱いに戦うこともなく、立ち向かうこともなく――北の地に逃げた。それが、滅びてしまった獣人族国家、ディオルナの始まり」

「ええ、けれども、今では差別も少なくなったわ。魔術回路の研究が進み、器具や設備に回路を組み込むことで、擬似的に魔法を起こすことができるようになったから……。

 獣人族だって、そういった魔術具を使えば、他の三種族と何ら変わりはないわ。それに、連合国の総統には獣人族のタキ・エルザ閣下が就任されたし、今は……」

「そう、獣人族は表舞台に上がり、差別はなかったことになる。でもさ、すごく強引だと思わないかい。差別をなかったことにしたいから、タキ・エルザが総統に無理矢理据えられた(・・・・・)って言った方が正しいんじゃないかな」

「そんなことは……!」


 青年の言葉はよどみなく、説得力があった。


 ――ダメ、のまれる。この人にのまれる。


 言葉の続きが出てこないのだ。どう足掻いても、彼のことわりにねじ伏せられる。それは聡いシャイナだからこそ感じられることだった。


「馬鹿な獣人族連中は、それで自分達の時代が来たのだと喜ぶ。黒の時代は終わったと、光の世界にやって来たのだと。

 そうやってまたしても僕らが踊らされてるなんて気づかない。そんなのは、許さない」


 寒気がした。

 笑った目の奥の光は氷の如き冷たさ。決して許さないという決意の表れ。


「そんな奴らに尻尾を振ってる獣人族には反吐がでる。それって同罪だと思わないかい? なぜ立ち向かわない? なぜ剣を取らない?

 蔑んだ奴らに刃の一つも向けられない腑抜けは、同族と言えども容赦しないよ」

「そんなの、何も生まないわ! 確かに、他の三種族は犯してはいけない過ちを犯した。でも、だからって……!」

「君だって、分かってるんだろ? この世界が、いかに不条理に満ちているか(・・・・・・・・・・)って」


 青年は、クスと笑った。それと同時に、シャイナの息も止まった。

 カタカタと膝が震える。血管が拡張し、心臓が早鐘を打ち、熱を帯びた体が悲鳴をあげる。静止しているのに、体は爆発しそうだ。青年の言葉を全身が拒絶しようと、力一杯稼働する。


 そう――それは、あらゆる器官が、その身を犯す毒を全力で浄化しようとする様に似ている。

 だが、それ以上に毒の侵食は早い。言葉が皮膚をチリチリと焦がし、その身を蝕んでいく。


「どんなに努力をしても、叶わないことだってあるさ。金や権力にねじ伏せられ、時には物理的な力を行使され、前進を阻まれることだって」


 この先は聞いてはいけない。青年の口を塞がなくてはならない。だが、喉奥が凍りついて声が出せない。


「君は地方領主の娘だったよね。ルイズ・マードゥックのような名家には、権力では到底敵わない。その他にも、あの学園には有力な貴族の子供達がゴロゴロいる。

 だから君は必死で学んだ。圧倒的な能力ちからがあれば、権力だって越えられる――そう信じて」


 シャイナの額からは汗が噴き出す。汗が気化し、全身の熱が奪われ、先程の火照りはすっかり消えた。


血の復活祭ブラッディ・イースター事件……」

「……っ!」



 そして、全身が凍りつく。


 消えない過去。そして、彼女の現在いまを作った過去。



「君はあの日、青の召喚士に命を救われたんだったっけ。それが――君がポラジット・デュロイに傾倒することになった理由。彼女もまた、その手に絶対的な力を手に入れることで不条理に打ち勝った人間だから」

「…………て……」


 ――その先は、聞きたくない。


「だけどさ、哀しいよね。君が心酔する彼女が、一番の不条理(・・・・・・)だったんだからさ」

「…………めて……」


 ――あなたに指摘されなくたって分かってる。分かってる……!


「彼女が選んだのは優秀な君じゃない。何の力もない、不完全で、頼りなくて、愚直な少年。だだ、彼が究極召喚獣バハムートっていうだけでさ――」

「やめてっっっ!」


 プツンと心の糸が切れる。

 

 面倒見のいいクラスメイト、ハルカを支える友人――そんな仮面は無意味だった。

 取り繕った自分を、いとも簡単に暴かれる。今初めて会った男に――。


「何が、狙いなの……」

「さぁ、僕は君と話をしたかっただけさ。そう、ただそれだけ」


 カツン、と青年は靴を鳴らし、背を向けた。それにならい、鸚鵡も羽を広げ、主の肩に止まる。

 目的も分からぬまま、《長》たる青年は檻から遠ざかった。シャイナは唇を震わせながら、その背を見つめるしかできない。

 檻を破れれば、青年に特大の魔法を見舞うことができるのに、と思いかけ、シャイナは違うと首を振った。


 ――ううん、私は……あの背に一撃を加えることなんて……多分、できない。


 青年が立っていた跡には、一枚の極彩色の羽が残されていただけだった。

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