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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第29話:《長》

 ピチョン、と額に何かが触れた。冷たいそれはツ、と頬を伝い、顎から落ちていく。

 それが水だと分かるまでしばらく時間がかかった。が、シャイナは雫が伝い落ちた後にぶるりと身を震わせ、パチりと目を開いた。


「あ……私……ここは?」


 岩壁にもたれかかり、気絶していたようだ。頭が少し痛むが、こめかみを押さえ、無理矢理思考を働かせる。

 状況を把握しようと辺りを見回した時、シャイナはすぐそばにおぞましいものがそびえ立っているのに気がついた。


「……っ! ルイズ! サクラ!」


 二つの氷塊。そして、その中に封じ込められているのは、同じ教室で机を並べ競い合ったクラスメイトの変わり果てた姿だった。

 恐怖で目一杯に見開かれた目。何かを訴えようと半開きになった唇。魔力の氷で自由を奪われた二人の姿に、シャイナは身震いした。


 ――そうだ、私、捕まって……!


 二人の姿が引き金になり、次々と記憶が蘇る。襲われた農園で捕まった自分、狙われていたハルカはどうなったのか。


 ――それより、これからどうすればいいのか、よね。


 学年主席の冷静さで、シャイナは状況を分析した。

 治癒魔法や炎魔法で氷塊を溶かそうとするも、それは不可能だった。手を近づけると、氷塊が放つ冷気だけでこちらも凍えてしまいそうになる。


「術者の力も大いにあるけれど、それだけじゃない、か」


 シャイナは氷塊から目を離し、天井から壁、地面をつぶさに眺めた。

 冷たい岩肌が剥き出しで、全体的に気温が低い。シャイナたちは洞窟の最奥に閉じ込められていた。天井から地面を貫く氷の檻が、シャイナたちを逃すまいと立ちはだかる。破壊を試みるも、これもまた、成果はなかった。


 ここは天然の洞窟、というより、人工的に作られた洞窟のようだ。その証拠に、ところどころ、金属製の支柱や梁が散見される。それらは錆びていて、もうこの洞窟が使われていないことを示していた。


「支柱、岩……使われなくなった採石場か、炭坑かしら」


 人質というお荷物を連れて、敵がユーリアス共和国を離れようとすることは考えにくい。ましてや、おそらく襲撃騒動直後ともなれば、警備も厳しいだろう。


「ということは、ここは共和国のどこかの廃坑ということ……」

「ゴ明察! サスガハクライア学園一ノ秀才! キレモノ!」

「……っ!」


 反響する不自然な声。生き物であるはずなのに、どこか無機質さを感じさせる、作り物めいた声が辺りに響いた。

 シャイナが目を凝らした先にいたのは、極彩色の鸚鵡。暗い坑道でぼんやりと浮かび上がるシルエットは薄気味悪く、明かりもないそこで、やけにはっきりと見えた。

 大きな羽を閉じ、鸚鵡は壁から飛び出た木の柱に止まっている。少し首を傾け、嘴をカタカタと鳴らした。


「鸚鵡……。あの時の……」


 恐ろしい魔物が付き従っていたのが、この道化のような鸚鵡だということに、一種の不気味さを感じる。表情はないのに、確かに鸚鵡は笑っていた。


「サクラとルイズにかけた術を解いて!」

「ソレハデキナイ」

「じゃあなぜ私は檻から解かれているの!? 二人の氷を解きなさい!」

「ソノ二人ノ身ヲ解放スルコト……《オサ》ハソレヲ望ンデナイ」

「《長》?」


 鸚鵡は魔物のことを「ペット」と呼んでいた。そして、鸚鵡は《長》に従っていると言う。


 ――黒幕は、この鸚鵡じゃなくて、別にいる……?


「ソウ、《長》。コノ《虚無なる鴉ホロウ・クロウ》ヲ統ベル《長》サ!」

「ホロウ……?」

「《長》ガ作ッタ偉大ナ組織! 獣人族総統ヲ引キズリオロセ! 連合ヲ滅ボセ!」

「虚無……鴉……。そうか! なんてこと……!」


 組織名の由来を推測し、シャイナは目を丸くした。

 

「連合総統が直接率いる特殊兵団の軍旗は紅の鴉!」


 ホロウ・クロウという組織名は連合総統タキ・エルザを揶揄する意味を含んでいた。中身のない、空っぽの総統……虚無なる鴉。

 あるいは、鴉を滅ぼし、連合四国の結びつき自体を虚ろなものにしてしまうという意味だろう。


「あなた達の目的は、連合を滅ぼすこと……。私達やあの農園の人達、それに、獣人族には関係ないことじゃないの!? なぜ、無関係の人達を巻き込むの!」

「ワカラナイ、僕ニハワカラナイヨ。カカカカッ」


 乾いた笑い声で、鸚鵡は上を向いた。よほど面白いのか、木枠の上で足踏みしながら、ずんぐりとした体を揺らしている。その衝撃で、木枠を支えていた岩壁がパラパラと崩れようとも、そんなことは御構い無しといった様子だった。


 ――こんな相手じゃ話し合っても意味がない! 何とか抜け出さないと……!


 シャイナがそう思った矢先、鸚鵡はピタリと笑うのをやめ、グリ、と首を動かした。鳥の目がシャイナを見つめ、その冷たい色にギクリとする。


「《長》ガ望ンデイル。オマエトノ対話ヲ望ンデイル」

「え……?」

「来ル、来ル、モウスグ。《長》ハ近クマデ来テイルゾ!」


 予想していなかった鸚鵡の言葉に、シャイナは息を飲んだ。

 自分だけが氷の檻の拘束から解かれていたのは、このためだったのだろうか。だが、自分と話し合おうとする《長》の意図が読めず、シャイナは混乱した。


 ――ダメ、冷静にならないと……。


 坑道の向こうで、影が動いた。

 それは音もなく近づき、その姿を現わす。

 闇に溶けてしまいそうな、深い紺の髪。長身のシルエット。


「あなたが、《長》?」


 《長》の顔を覆っているのは鸚鵡を模した仮面。美しく整った口元だけが見えていて、シャイナは緊張で唇をひき結んだ。

 何よりもシャイナの目を引いたのは、紺の頭上にある猫の耳。それは、紛れもなく獣人族たる証だった。

 さらわれる直前、賊達が決まりごとのように叫んでいたのは、「獣人族、死すべし!」という言葉。獣人族を排斥しようとする一派の頭目が獣人族であるという事実に、シャイナの思考が追いつかない。


「なぜ……だって、あなた、獣人族……」


 シャイナの惑う姿にいくばくか満足したのか、《長》はフッと口元を緩め、紳士然とお辞儀をした。


「いかにも。初めまして、以後お見知り置きを……シャイナ・フレイヤ」

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