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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第24話:双剣と召喚獣

「はぁっ……はぁっ……」


 足音がするわけでもないのに、後ろから追われている気がする。ポラジットが食い止めていてくれるはずだと思うが、不安は消えなかった。


「襲撃だ! 安全な建物へ! 急げ!」


 ハルカとシャイナは逃げている途中、畑仕事をしている農夫たちに声をかけた。襲撃の火の粉が降りかかるのも時間の問題だ。けれども、管理棟にすべての農夫を避難させることは不可能だ。キャパシティの問題だけでなく、彼らがそこまで逃げ切ることができるかも問題だった。

 幸い、至る所に休憩用の小屋があった。ハルカたちの警告を聞いた農夫たちは、半信半疑作業を中断し、近くの小屋へと逃げ込む。

 管理棟はもうすぐそこだ。建物の細部がはっきりと見え、集まった人々の影も見える。石造りの管理棟は、屋上に通信旗が建てられていて、それが周囲への信号がわりになっていた。今は赤い旗がなびいているが、休み時間には白い旗が立っているのをハルカは見ていた。おそらく、緊急用の旗も備えられているに違いない。ポラジットの指示通り、ここから最寄りの駐屯地へ信号を送るのが一番手っ取り早い。


「ハルカ、あそこ! もうすぐよ!」


 ハルカの少し前を、シャイナが駆ける。棟を指差しながら、必死で走った。


「みんなも集まってる……畑の班以外の子たちも! きっと別の班でも何かあったんだわ!」


 ゾワリと胸騒ぎがした。襲撃を受けたのは自分たちではないということ。そして――。


「サクラは!? サクラはいないのか!」


 血眼になってサクラを探すも、それらしき姿は見当たらない。棟はすぐそこにあるはずなのに、いつまでも届かない気がする。足が空回りし、胸が苦しくなる。

 

 ――サクラは無事だ、無事なんだ……!


 襲撃の正確な原因は何かもわからない。国同士の争い、領内の諍い、略奪――様々な動機が脳裏をよぎるが、どれもピンと来ないのだ。それは、自分がここにいる・・・・・・・・という理由が大きかった。


 ――俺が……俺がここにいるからなのか!?


 その時、ふと小さな人影が道の真ん中に飛び出してきた。猫の耳をした獣人族の少女がハルカの目の前でつまずいて転んだ。手に抱えていた紙袋からラグの実とサンドイッチが溢れ、地面に転がる。

 ハルカは咄嗟に立ち止まり、少女の前に跪いた。


「どうしてこんなところにいるんだ!? 避難しろって聞かなかったのか!?」

「うぇ……あたし、お父さんに、お弁当……。そしたら、怖い人が……ひっく」


 少女は大粒の涙を流し、ハルカを見上げた。少女がやって来た方角から男の声がする。


「獣人族よ、死すべし!」


 その言葉に、ハルカはハッと少女の耳を見た。賊達は標的となる少女を追いかけて来たに違いない。

 次第に声が近づく。ハルカは少女を立たせようとしたが、恐怖のあまり腰が抜けてしまっているようだった。これくらいの年齢の子供なら、とハルカが少女を抱き上げようとした時――視界の端で何かがキラリと光った。


 ――しまった! 矢が……!


 ハルカは腕の中の震えをぐっと抱き寄せた。せめてこの子だけは助けたい。今の非力な自分にだって、守れるものがある。やがて背中を貫くであろう衝撃に備え、ハルカは身を固くした。


「ハルカッ!」

「……くっ!」


 シャイナが叫んだのと、ハルカが目を閉じたのは同時。

 ドス、とやじりが肉にめり込む音がした。が、いつまでたっても痛みは訪れない。

 ハルカは顔を上げ、ゆっくりと後ろを振り返った。


「……な、なんで……なんであんたが……」


 ハルカを庇った小さな影。両手を広げ、体の正面から矢を受けた、幼い体。

 白銀の髪がサラサラとなびき、頭の金のリボンが夏空に輝く。

 紫紺の長衣は気高く、その細い四肢を覆っていた。


「こんなところにいるはずないのに……どうして」


 左胸に突き刺さる、漆黒の矢。矢羽は鴉のものだろうか――光を纏う幼子に似合わぬ黒。

 

「なんでここにいるんだよ! アーチェ!!」


 白銀の幼子――ハルカの師・アーチェはふっと口元を緩め、少しだけハルカの方を向いた。


「たわけが、油断するでない」


 その声は糸のように頼りなく、アーチェの額には脂汗が浮いていた。刺さった矢を右手で押さえ、ふらりとよろめく。


「アーチェ! 無理するな……!」

「……師匠と呼べといつも言っておろう。しかし……青の小娘め……この借りは大きいぞ」


 そう言って、アーチェはニヤリと不敵に笑った。その笑みに一瞬、ゾクリと寒気がしたのは気のせいか。致命傷とも思える傷を負っているのに、なぜ彼女は平気なのか。


「娘よ、早う管理棟へ走れ。ここからは……庇いきれぬ」


 腕の中の少女がハルカの顔を見上げた。アーチェのおかげで、少女には傷ひとつない。ハルカは少女の膝の泥を払ってやり、支えながら起こした。


「一人で行けるのか?」

「……うん」


 涙目で少女は頷く。管理棟の入り口にはシャイナが立っていた。いつでも魔法を発動できるよう、掲げた手の平には魔方陣が発動している。仮に少女が襲撃されても、シャイナが迎撃してくれるはずだ。


「あの赤眼鏡の女の子のところまで……走れ。絶対に振り向くんじゃねぇぞ」


 少女はこくんともう一度力強く頷き、管理棟へと走り出した。


「ぐずぐずするでない……一体何を手間取っておる……」

「アーチェ、無理すんな! ここからは俺が……!」

「ふん、最近直に稽古をつけてやっとるからといって、調子に乗るでない。お前などすぐに斬り伏せられるわ」

「でも……!」

「妾があの獣の少女をこの場から離したのは何故だと思う? この姿をのぅ……見られとぅないからじゃ」

「この姿って……え?」


 バキバキゴリ、と矢が砕ける。鏃を砕き、矢を折り、矢羽を貪る・・。前歯で噛み切り、奥歯で噛み締め、そして嚥下する音。

 矢が刺さったアーチェの左胸に現れていたのは――おぞましい口。ぬらぬらと照る、不揃いな歯。愛らしい幼女の姿とは真逆の、欲にまみれた亡者の口。


「アーチェ……その口……」

「いつかはお前に話さねばならぬと思うておった。じゃが……今はゆるりと語らっている時ではなさそうじゃ」


 ハルカたちの周りを黒頭巾が囲んだ。いつの間にか距離を詰め、ハルカたちの退路を塞ぐ。

 

「ハルカ、武器はあるのか」

「いや、何も……」

「ならば、これを使え。双剣・陰陽の片割れ……黒剣・陰を」


 アーチェは長衣の襟に手を突っ込み、背に隠していた二本の剣を取り出した。一方は黒、一方は白。その正反対の色の剣はアーチェの鍛えたものだ。アーチェはその内の黒剣をハルカに差し出した。


「これ……!」

「時間がない。妾は陽を使う。……なに、妾はいつも片割れしか使わんのじゃ。この小さき身体では長い剣を同時に二本扱うことなどできんのじゃ」


 白剣を携えたアーチェは一歩前に歩み出て、大きく息を吸い込んだ。ただ立っているだけなのに、その気配に圧倒される。ハルカはその背を目に焼きつけた。


 ――これが、剣聖アーチェ……!


「我が名はアーチェ・アメル……」


 チャリンと剣が鳴く。剣がアーチェに応えている。


「アメル侯爵家当主ユグノー・アメルが召喚獣、アーチェ・アメルなり! 妾が《悪食あくじき》の能力……とくと味わうがよい!」

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