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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第1話:囚われの究極召喚獣

 沈んでいた意識がゆるゆると浮上した。

 目を開け、体をゆっくりと起こす。


「……あ……ここは……?」


 目の前に広がる光景は、馴染みのある駅のものではない。


 大地に穿たれた穴は草地を抉り、ところどころチリチリと炎が燻っていた。

 無残な光景の中、空だけが目に沁みるほど青い。


 どうやら自分は瓦礫の山の上にいるらしい。


 起き上がろうと右手に体重をかけると、ガラリと瓦礫が崩れた。

 

「……杖?」


 傍らには緑色の石がついた杖が一本。

 石以外に装飾のない、簡素な造りのものだ。


「その杖に触れるな」


 思わず掴もうと伸ばした手を、急いで引っ込める。

 燃えるような夕焼け色の髪、黒金の鎧を纏った女がこちらに近づいてきていた。


「少年よ。貴公の名は」

「名前……? 遙……。夕城、遙……」

「では、ハルカ」


 次の瞬間、白銀が閃いた。


「……なっ!」


 ピタリ、とハルカの喉元に剣の切っ先が向けられる。

 抗議しようと口を開くが、訳のわからない展開に言葉が出ない。


(ここはどこだ? あんたは誰だ? 一体何が起こってるんだ……!?)


「少し大人しくしていてくれないか。悪いようにはせん」

「ライラ副官っ!」


 そのすぐ後ろにいた青髪の少女が悲鳴をあげた。


 しかし、女将軍──ライラは剣を下ろそうとはしない。


「……っ、いてっ! 何すんだよっ‼︎」


 ライラがハルカの腕を掴み、ぐっと引きずり起こした。


 ライラの身長はハルカの兄・夏野ほどだろうか。


 ハルカは体を懸命にばたつかせ抵抗を試みるも、呆気なく封じこめられる。

 そのままずるずると荒野を引きずられ、ハルカは唖然とする兵士たちの前に放り出された。


 初めはびくつきながらハルカの動向を見守っていた兵士たちだったが、ライラの堂々とした態度を見て、次第に落ち着きを取り戻す。


 究極召喚獣・バハムートとして召喚されたにも関わらず、少年は何も反応しない。

 今の彼はバハムートなどではなくただの少年、怯えることはないのだ……と。

 

召喚サモン


 ライラがぽつりと唱える。ライラの前方の地面がぼうと緑色に輝く。

 地面に浮かんだのは魔法陣だ。そこから何かの頭がずるずると覗く。


 魔法陣から現れたのは、赤褐色の大蜥蜴。

 その後ろには鈍色の箱が、極太の皮ベルトで繋がれている。

 四方にハルカの顔の大きさほどある窓がそれぞれ一つ、そこには箱と同じ色の鉄格子がはまっている。

 後ろには大きな錠がかけられた扉。


「そこのお前。この少年を連行する。……そこに押し込んでおけ」

「はっ! ライラ将軍!」

「ちょ……おい! ふざけんな!」


 ライラはそれを親指で指し示し、兵士に言い放つ。

 どう見ても犯罪者や捕虜を輸送するためのものとしか思えないそれを、ハルカは目を丸くして見つめた。


「ライラ副官! その少年に手出しするのは許しません! 老師の最期のお言葉を聞いていなかったのですか!」

「ポラジット……。今は一刻を争うのだ」


 ポラジットが兵士の腕を掴みながら、ライラを睨みつけた。

 ハルカをその手から解放しようと、細い腕に力を込める。

 だが、ライラは顔色一つ変えず、兵士にさらなる命令を告げた。


「さっさと押し込め」

「ライラ将軍!」


 抗議したポラジットの眼前で、槍が交差する。


 ハルカに気をとられていたせいか、ライラの兵が背後に近づいていたことにポラジットは全く気付いていなかったようだ。

 ハルカが捕まるのを食い止めようと、こちらに必死で腕を伸ばすも届かない。


「ちょっと待て、こんなのいきなり……納得できるかよっ⁉︎」


 ハルカは喚きながら体をばたつかせた。

 一人では抑えきれなくなったのか、近くにいた二人の兵士もハルカを抑え込む。

 三人がかりでようやくハルカを牢の箱に押し込み、中でも最も巨漢の兵がいい加減にしろと言わんばかりにハルカを奥へと突き飛ばした。


 板張りの床に、ハルカはもんどりうって倒れる。

 ささくれた木の板が、ハルカの右手に擦り傷を作った。

 兵士たちは牢の扉を勢いよく閉め、ガチャリ、と音を立てて錠をおろした。


「……っう……って閉めるんじゃねぇ!」


 ハルカは鉄格子を掴み、ガタガタと揺さぶった。

 しかし、その抵抗もまた虚しく、ハルカの体力を削っただけだった。


「くっ! 兵を下げ、バハムートを解放するよう命じてください! ライラ将軍っ!」


 牢に近づこうとするポラジットを、兵士はじりじりと遠ざける。

 ポラジットは尚も異を唱えることをやめようとしない。


「ここから出せっ!」


 ハルカの叫び声が荒れ果てた平原に響いた。


 *****


 格子の向こうで叫ぶハルカとポラジットの視線が交わる。

 

(何としてでも彼を保護しなければ……。それが老師の最期の望み。私が果たさなければならない使命なのだから)


 しおらしく師の死を悼み、涙を流していればよいのかもしれない。

 だが、涙を流してはいられないのだ。


 ダヤンは悲嘆にくれるポラジットを見ても、決してよしとはしないだろうし、何よりポラジット自身がそんな自分を許せないだろう。

 悲しんでいる暇などない。

 涙一滴、無駄にはできない。


 ポラジットは空に手をかざした。


「蒼穹の杖よ、我が手に!」


 城塞の崩壊で埋もれてしまった杖の名を呼ぶ。

 薄青の光が収束し、ポラジットの手に一振りの銀杖が現れた。


 ポラジット・デュロイの愛杖、蒼穹の杖。

 昼の月と太陽を模したその杖は、使い手の意志を反映するかのようにぼぅと光った。

 先端にある飾りの中央には青い霊石、そのまわりに放射状の金が広がる。


 ポラジットはライラの顔に向け、杖の先を突きつけた。


「何をする。ポラジット・デュロイ」


 その動きを察知したライラが、低い声でけん制する。

 直立したまま、腰にはいた剣を抜こうともしない。

 ライラは短いため息をつき、首を傾げた。


「ポラジット。私と一戦交えようというつもりか」

「バハムートを……ハルカを解放しないのならば、それも辞さない覚悟です」


 つ、と背に汗が伝う。その冷たさにポラジットは顔を歪めた。


 相対するライラは顔色一つ変えていない。

 百戦錬磨の将軍クラスともなれば、剥き出しの闘争心を向けられることなど日常茶飯事なのかもしれない。


 ライラは静かに右手を挙げた。


「……っ!」


 硬質な音がポラジットの周囲を包んだ。

 耳障りなそれは次第に膨らみ、ポラジットの退路を断つ。


 剣を抜いた兵、矢をつがえる兵、杖を構える兵……ライラ直属の幾多の兵士が彼女を取り囲んでいた。


 どんなに強力な力を持っていても、この数を捌くのは困難だろう。

 ポラジットとて例外ではない。

 稀代の召喚士ダヤン・サイオスの一番弟子であり、召喚術については他に類を見ないほど優秀な彼女であっても……一中隊レベルの数を相手取り、無傷で切り抜けられようとは思っていない。


 ましてや、自分の目的はバハムートの解放だ。

 切り抜けられればよいという問題ではない。


「誤解しないで欲しい。私は君の力を評価している。私が君と剣を交えても、おそらく勝負は互角。それ故、隊をぶつける気で行かねば君を止められないと思ったのだ」

「ライラ将軍、あなたは……老師の最期のお言葉を聞いておられなかったのですか!? 老師はバハムートを拘束することなど望んでおられません!」

「それは重々承知しているとも。しかし、君が強引にバハムートを連れて行くと言うのであれば、私は君を止めなければならない」


 ライラはポラジットの目の前に歩み寄る。ポラジットはぴくりと体を震わせた。


 連合軍副官であり四国の筆頭将軍の一人、ライラ・オーディル。

 彼女が放つ存在感は並々ならぬものだった。


 だが、引くわけにはいかない。ポラジットは後退しそうになる足に力を込め、なんとかその場に踏みとどまる。


「最高司令官亡き後、軍の指揮を握るのは副官である……この私だ。ポラジット、君はダヤン老師の弟子でしかない。まだ修行中の身と聞く。軍人としての発言力はないに等しい」

「ですが……!」

「バハムートを連れて、どこへ行こうというのだ? 《あるじ》を失った召喚獣がどれほど危険なものか、君なら分かっているだろう」

「……っ!」


 ダヤン・サイオスという《主》を失ったバハムート。


 《主》のいない召喚獣は、手綱を握られていない暴れ馬に等しかった。

 いつ、どこで暴走してもおかしくないのだ。


「究極召喚が成功したのか、失敗したのか。ハルカが真のバハムートであるか否かは定かではない……」


 だが、とライラは言葉を続ける。


「どのような力を秘めているか分からぬものを野放しにしておくなど、賢明とは思えない」

「そ、それは……」

「この非常事態において、バハムートの処遇を君一人に一任するわけにはいかない。総督府に連れ帰り、議会にてそれを決めてもらうべきではないのか?」


 ポラジットは言葉を詰まらせた。

 ライラが言っていることに間違いはない。

 自分のような小娘の手に負える問題ではないのかもしれない。


(それでも……老師からバハムートを託されたのはこの私なのに……)


 下唇を噛みしめ、ポラジットは俯く。

 ライラは若き召喚士の頭にぽんと優しく手を置いた。


 面を上げ、ポラジットの目に映ったのは微笑むライラの顔だ。

 ライラは青い髪を撫で、ポラジットの額に自らのそれをこつんと重ねた。


「君を信用していないのではない。老師が最も身近においていた君を疑うわけなどない」


 ライラはそのまま、杖を握ったポラジットの手を取る。

 ポラジットは抵抗しない。いや、できなかった。


「悪いようにはしない。老師の遺志を尊重するよう取り計らうつもりだ。心配ない」


 ポラジットは杖を下ろした。

 

「分かり……ました」


 雲が切れた空にとんびが舞う。

 羽を広げ、上空をくるくると旋回した。尾羽が陽光を反射し、わずかにきらめく。


 ライラはマントの裾を腕に巻き付け、空を見やった。

 滑空し、高度を落とす鳶の動きに合わせ、その腕を掲げる。


 ピイイィィ、と鳶は甲高く一声鳴き、ライラの腕に近づいてくる。

 そして、二本の足をマントに食い込ませ、ライラの腕にとまった。

 その嘴をライラの耳元に近づけ、小さく何かを囁いた。

 

「……そうか」


 ライラは鳶に向け、短く告げる。

 ライラの返事を確認すると、鳶は光の粒になり霧散した。


「伝令の召喚獣ですか?」


 ポラジットはライラを見上げる。

 その横顔は険しく、リーバルト連合総督府のある方角──南西を向いていた。


「講和条約が締結された。連合軍の……我々の負けだ」


 そして兵士たちに高らかに命じた。


「これより、我が軍は帰還する! バハムートを総督府へ!」

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