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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第22話:紫雷と細剣

「フェンリル、刃向かうものは全て排除しなさい」

「アォォォォォ――!」


 《マスター》の命を受けた黒雷狼フェンリルは、一目散に賊の群れへと駆け出した。決して広いとは言えない農道を、目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。フェンリルが走った後には紫雷がなびき、それだけがそこにフェンリルがいた・・という証だった。

 狼が、賊の喉笛に食らいつく。フェンリルを斬り伏せようとした賊の手がダラリと力をなくし、鮮血が散る中、賊の体が地面に倒れた。その肉体が完全に倒れる前に、フェンリルは首から口を離し、次なる獲物へと視線を移した。


「投降すれば命は助けましょう。さぁ……まだやり合いますか?」


 賊たちはフェンリルとポラジットの間に挟まれていた。逃げるには畑を横切っていく他はないが、紫雷の罠に阻まれ、それもできそうにない。この場を切り抜けるには少女と獣を倒していくしかないのだ。


「くっ……獣の主である、お前さえ斬ればっ……!」

障壁シールド、展開」


 ――ガキィィィン!


 ポラジットを狙った賊の刃が見えない壁に阻まれる。中空に敷き詰められた透明の六角形群が、少女を守る壁になった。刃が触れたところだけが、ビリビリと不安定な薄緑色に染まる。

 そして次の瞬間、少女に刃を向けた賊の頭上に、小さな黒雲が渦巻いた。


「ガァァァァァッ!」


 フェンリルの咆哮と同時に雲が光る。ハッと気がついた時にはもう遅く――賊は紫雷に撃ち抜かれ、その場にガクリと膝を落とした。肉の焦げた臭いが立ち込め、賊たちの恐怖心を煽る。

 彼らが怯んでいるのは目に見えて明らかだった。それでも、剣を置き、投降しようとするものはいない。皆、一様にポラジット以上に誰かを怖れているのか、決して引こうとしなかった。


「くそおぉっ!」


 ヤケを起こした賊達は、闇雲に剣を振り回しながらポラジットに突進した。フェンリルよりも小娘を相手にした方が勝算があると踏んだのであろうか。七人の賊が一斉にポラジットに踊りかかる。

 金属質な音がこだまし、少女の周りのシールドがビリビリと震えた。これ以上力を加えられては破れてしまうほど、シールドは不安定に揺れる。

 フェンリルは残りの三人の賊を食い散らし、ポラジットに向かって駆け出した。紫雷を放てば賊を一掃できるが、ポラジットまで余波を食らいかねない。フェンリルは己の牙と爪を血で濡らしながら、一人ずつ、着実に仕留めてあった。

 だが、シールドの限界は近づいていた。ピシ、と六角形の一つにひびが入り、亀裂は他へと波及する。


「小娘、舐めるなよぉっ!」


 押し切ってしまおうと、あらん限りの力を振り絞る賊達を見て、ポラジットは焦るどころか――甘やかな笑みで応じた。


呼出コール、カナン、リーフィ」

「なっ……!?」


 少女しかいなかったシールド内に、影が二つ。足元の魔法陣がくるくると回り、影に姿を作り出す。

 現れたのは一人と一匹。メイド服を着た女性と手のひらほどの大きさの妖精。


「お呼びでしょうか。《マスター》」

「……斬り捨てなさい。ただし、命は奪ってはなりません。聞きたいことが山積みですから」

「御意に――繊維硬化」


 カナンの右手が変化する。白くしなやかな指先から、シュルシュルと蔦が伸び、細長い形状を取る。幾重にも絡み合ったそれは硬化し、一振りの細剣レイピアと化した。


「リーフィ、援護を」

「キキィッ!」


 鳴き声とともに、リーフィが透き通った翅をはためかせる。小さな葉が風で渦を巻き、賊に襲いかかった。


「チッ! 目くらましかっ!」


 視界を塞がれた賊達が怯む。その隙にカナンはシールドの外へと飛び、細剣を構えた。

 一薙ぎ、そして一突き。

 エプロンのフリルがひらひらと揺れる。それでもスカートが大きく翻ることはない。粛々と戦うカナンは優秀なメイドであり――優秀な召喚獣だった。

 カナンが狙うのは敵の腱や神経。動きを封じる、しかし最期には触れない、繊細な攻撃。

 効力の切れかかったシールドの次に立ちはだかった、生きた障壁を前に、賊達は成すすべもなく蹲った。


「ひぃぃぃぃっ!」


 後ずされば、そこに待ち構えてるのは必殺の獣。フェンリルの存在を忘れ、後退した男が二人、てらてらと濡れた牙の餌食となった。

 ポラジットは凄惨な戦場で、眉一つ動かさずに佇んでいた。召喚獣達に指示を与え、的確に駒を進めていく。


「もう詰んでいますよ。いい加減に投降しなさい」


 赤黒い液体が、土の上に溜まっていく。血溜まりを軽やかに避け、一人の男の前に屈み込む。脚の腱を斬られたその男は、両腕で体を支えながら口惜しそうにポラジットを睨み据えた。


「誰が……貴様ら連合の犬に屈するものか!」

「意地を張るだけ損ですよ? 痛い目をみるだけです」


 少女のローブには一滴の血も降りかかっておらず、真っ赤な背景の中で異様に輝きを放っていた。爽やかな青空を思わせる髪がサラリ、と彼女の顔に落ちる。首を傾げ、柔らかな笑みを浮かべているが、その瞳の奥は決して笑ってはいなかった。


「青い容貌……そうか、お前はあの冷酷非情な……青の召喚士……!」


 目尻が避けてしまいそうなほど、目を見開いた男達は次々に怨嗟の言葉を吐く。暴言を浴びせかけられたポラジットは、少し不愉快そうに眉をひそめ、杖を男に向けた。


「私が何者であるかは問題ないでしょう。……フェンリル」

「ガァァッ!」

「や、やめろ、うああぁぁ!」


 フェンリルの口から雷球が放たれ、男の心臓に直撃した。雷撃は心臓を不規則に動かし――そして男は苦しみに顔を歪めた。


「ぐ……」


 漏れ出た吐息が最期。男の体から力が抜け、濁った目からは生命の光が消えた。


「話さねば、あなた方が辿る末路も同じです」


 ゆら……と不気味に立ち上がった少女は、処刑・・を目にした賊達に振り返る。ポラジットは男達の側に歩み寄り、次々に頭の黒頭巾を剥いでいく。禍々しい黒の下にあったのは、風体の上がらない男達――日焼けし、皺の刻まれた顔。その中の一人の頬に、剣をくわえた鴉の刺青が、はっきりと刻まれていた。震え上がった男は、口をぱくつかせ、声を絞り出した。


「誰が、何の目的で襲ってきたの?」

「俺たちは……俺たちは……」


 真実は目前だった。

 ポラジットも降伏した者達の生命まで奪う気はなかった――それなのに。


「あ……熱いっ、熱い!」


 頬の刺青が真っ赤に燃え上がった。赤い炎は頬を焼き、目を、口を、髪を焦がす。


「なっ……! まさか、この刺青は呪詛!?」


 口を割ろうとした男達の体から炎が渦巻いた。ある者は腹から、ある者は足から。おそらく、それぞれが刻んだ刺青の箇所であろう。紅蓮が広がり、男達の全身を覆い尽くす。


「杖よ……雨を降らせ! 水流ウォータ!」


 杖から現れた青い魔法陣が、雲のように頭上に広がる。大粒の雨が燃え盛る火炎に降り注いだ。もうもうと水蒸気を上げながら、炎の勢いは次第に弱まっていった。ポラジットは自身が濡れるのも構わず、雨を降らせ続ける。


 ――あの刺青はただの象徴シンボルじゃなかった……! そんなことに気づかなかったなんて……!


 雨に炎の燻る音が混じる中、最後の火が消える。だが、後に残されたのは、黒焦げの、かつて人であったものだけだった。


「そんな……」


 全滅した敵の亡骸を見て、ポラジットは愕然とした。先手を打ったつもりだったが、相手の方が一枚も二枚も上手だったのだ。ギリと奥歯を噛み締め、己の迂闊さを猛省する。自身の生み出した雨に打たれながら、ポラジットは俯いた。


「マスター、時間がありません」


 濃緑のメイドは細剣を携え、主人に指示をあおぐ。ポラジットの足元に擦り寄ってきたフェンリルが、クゥンと鳴いた。


「えぇ、分かっています……急ぎましょう、管理棟へ! ハルカに追いつかねば……!」


 ポラジットはバサリとローブを翻す。そして、馴染んだ黒狼の背中に軽やかに飛び乗った。


「先に行きます! カナン、リーフィも私に続きなさい!」

「御意に」


 青の少女はタン、と狼の腹を蹴る。

 少女は一陣の黒風になり、少年の元へと駆けた。

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