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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第21話:フィル国民農園(後編)

 元の世界でこんなことをしたことがあっただろうか。ハルカは流れる汗を拭いながら、燦々と輝く太陽を見上げた。

 青々と葉を茂らせた植物、その大きな葉の下に大きな豆の鞘が見え隠れする。赤ん坊の頭部ほどの大きさの鞘だ。豆の上の茎をパチンと切り、ハルカは刈り取ったそれを足元の籠に入れた。


「ハルカ、あなたの世界にはこんな豆あったの?」

「いや、初めて見た。なぁ、シャイナ、この中、どうなってんの?」

「この豆はデ・ラダ豆。アイルディア一大きい豆と言われてるわ。中には巨大な豆が一粒だけ。時間をかけて蒸し上げて、豆スープにするのが一番美味しい食べ方ね」

「ふぅん」


 ハルカは横目でシャイナの籠を見遣る。自分の籠の中身よりもだいぶ多く収穫していて、ハルカと会話をしている間も彼女は手を休めることはない。パチン、パチンと軽快な音がリズムよく聞こえた。


「ハルカ、手が止まっていますよ」


 少し離れた場所から、ポラジットが声をかける。くすくすと笑いながら目を細めた。


「くっそ〜、ポラジットも手伝えよ」

「いいえ、私は監督教官ですから。あなた達がきちんと仕事をしているか、見守るのが役目です」


 ポラジットは悪戯っぽく人差し指を口元に添えた。汗だくになって収穫しているハルカ達とは対照的に、ポラジットは炎天下にいるというのに汗一つかいていない。熱のこもりそうなローブを着ている割に、表情は涼しげだった。


「さっさと終わらせてやる!」


 ハルカは悪態をつき、再び手元に視線を戻した。

 豆を刈ることくらい造作もない。さすがに初めは奇妙な豆に面食らい、戸惑ったことも事実だが、慣れてしまえば簡単なものだ。それでも、なかなか収穫の手が進まないのは――ポラジットが原因だった。


 ――あいつ、朝から様子が変なんだよなぁ。


 お堅いことはいつものことだが、今日はいつにも増してそれが酷い。お堅いというより、強張っている、といった方が正しいのかもしれない。

 ハルカに気取られないよう、普段通りに振る舞っているつもりだろうが、時折見せる鋭い眼光や不意に引き締める口元。どう考えても何かを警戒している(・・・・・・・・・)


 ――俺って、そんなに信用ないかな。


 ポリポリとハサミの柄で後頭部を掻く。問題があれば打ち明けてもらえる関係くらいにはなれた、と思っていたのは自分だけなのかもしれない。

 ポラジットの様子につられ、色々なところに神経をやっている間に、シャイナの籠の中はみるみる内に豆で満たされていった。


「ほら、手伝ってあげるから、さっさとしなさいよ」


 そう言って、シャイナはハルカの籠に豆を放り込んだ。「悪ぃ……」と小さく呟く。呟きが聞こえたのか、シャイナはふんと鼻息を荒げ、次々に豆を刈っていった。


 ――何か、起こるのか……。


 耳を澄まし、目を閉じる。獣人族ほどではないが、神経を研ぎ澄ませれば何か感じ取れるのではないか。鳥の鳴き声、葉ずれの音、牛の鼻息、そして――。


「ハルカ?」

「シャイナ、静かに」


 のどやかな農場に似つかわしくない音。鋭利で、高く、鼓膜の奥を騒つかせる。それは農機具が鳴らす音とは全く違った。

 ハルカはパッと顔を上げ、ポラジットの姿を探した。畑の向こうの農道に佇むポラジットもハルカと同じものを感じ取ったのか、凛と背筋を伸ばし遠方を睨み据えている。その視線の先には白トウモロコシの畑が広がっていた。農道を挟み、豆畑の隣にあるそれ。背の高いトウモロコシに紛れ、影が蠢いた。


「ねぇ、ハルカ、ハルカってば」

「…………来るぞ」

「え? 来るって……」


 シャキ、と剣が抜き放たれる。畑に潜伏していた賊がザッと一斉に動き出す。


「ポラジット、来るぞ!」

「ええ、知っています」


 賊が畑から躍り出ようとしたその時、ぴたと動きが止まった。顔を黒布で覆った十数人の賊は、布越しにも分かるほど大きく目を見開き、ビクビクと痙攣し始める。賊は何かに囚われたかのように見えた。

 その隙に、ポラジットは豆の収穫班の学生たちに大声で指示を出した。


「非常事態です。収穫班、今の内に農園中央の管理棟へ向かいなさい! そこで近隣の軍訓練基地に応援を要請せよ!」

「ポラジット! お前は!? 俺も残ってお前を……」

「ハルカ、皆とともに行きなさいっ! ここは私一人で十分です!」

「で、でも……」

「シャイナ・フレイヤ! 教官命令です――ハルカ・ユウキを連れて行きなさい!」

「……はいっ!」


 ポラジットはチラリとも振り向かなかった。シャイナは少し戸惑った表情を見せたが、すぐにハルカの腕を取り、管理棟方面へとぐいぐい引っ張る。


「ちょ……ポラジットを置いていくつもりか!?」

「馬鹿言わないで! 私だって残りたいわよ!」

「じゃあ……」

「残る方がよっぽど馬鹿よ! あなた……デュロイ教官の足を引っ張る気!?」

「……っ!」


 知っていた。そんなことはとっくに知っていた。今の自分は守られる側で、ポラジットの援護をするほどの力もないと。

 ならば、行くしかない――彼女なら大丈夫だと信じて。


「ポラジット、あとで絶対来てくれよ」

「もちろん、私が約束を違えたことがありましたか?」

「いや、ねぇな」


 自信に満ちた小さな背中は、彼女の背丈よりも随分大きく、力強く見えた。

 ハルカはポラジットに背を向ける。目指すは管理棟。何者かから襲撃を受けていることを、一刻も早く誰かに知らせなければならない。

 足場の悪い地面を蹴り、ハルカはシャイナと走り出した。


 *****


「……黒雷狼フェンリル、いらっしゃい」


 ポラジットがフェンリルの名を呼ぶ。すると、美しい黒狼がトウモロコシ畑の中からゆっくりと姿を現した。

 その獣は硬直する賊の脇を通り抜け、《あるじ》の元へと歩み寄り、足元にひれ伏した。

 先ほどまで背中で感じていたハルカの気配はもうない。うまく管理棟へたどり着けるよう、精一杯祈る。

 彼を自分の元から引き離したのは、安全を考えてのことだけではなかった。彼がいれば、自分は非情になりきれない。そして何よりも、彼に戦う姿を見られたくなかった。あの時と――クレイブと対峙した時とは違う。今回は、やらねばならぬことがあった。


「やはりフェンリルを喚び出して置いて正解でしたね。紫雷の罠――豆畑の周囲に張り巡らせておいたのですよ。しばらくは体が痺れて動けぬはずです。さて……」


 ポラジットの海底色の瞳が怪しく光った。普段は温和なそれは、今は肉食獣のそれに似ている。しかも、獲物を嬲り、痛ぶるような、容赦ない残酷な光だ。


「一、二、三……豆畑を襲撃する班は十二名ですか」

「う……あ……」


 小柄な少女のただならぬ気配に、大の大人である賊でさえ震え上がり、怯えたように唸る。

 青の召喚士ポラジット・デュロイ。そう呼ばれているのは青を基調とした外観からだけではない。冷酷で、冷静な、冷たい瞳。


「安心なさい。全員の命を奪ったりはしませんよ……私の要求を聞きさえしてくれれば」


 賊の一人に歩み寄り、ポラジットはその顔を覗き込んだ。ガッと勢いよく覆いをむしり取り、素顔が露わになった男の顔を小さな手で鷲掴んだ。


「言いなさい、目的は、何?」

「アーア、ヤッパリ無能ハドレダケ集マッテモ無能ダネー」

「……っ!?」


 上空から突如降ってきた声。

 ポラジットは賊から手を離し、フェンリルの側まで飛び退いた。青空に映える、極彩色の翼――一羽の鸚鵡おうむが、賊の上空を旋回していた。はらりと羽根が舞い、賊の頭に降る。すると、羽根が触れた賊の体に自由が戻った。


「そんな……罠を無効化した……!?」

「コレデモダメナラモウ知ラナイヨ。セイゼイ頑張リナー」

「待ちなさ……!」


 飛び去る鸚鵡を追いかけようとしたポラジットの前に、賊が立ちはだかった。一対十二。側から見れば、絶体絶命の状況だ。

 しかし、ポラジットは目を伏せ、微笑みながら深呼吸をした。こんな状況は今までにだって何度も切り抜けてきた。ましてや、相手は簡単な罠にかかるような素人・・だ。


「獣人族よ、死すべし! 《虚無なる鴉ホロウ・クロウ》の名の下にひれ伏すがいい!」

「蒼穹の杖よ、我が手に!」


 ポラジットの足元に魔法陣が展開される。手の中に現れた杖を握ると、緑の魔法陣は輝きを増した。


「フェンリル、刃向かうものは全て排除しなさい」

「アォォォォォ――!」


 フェンリルの遠吠えが、戦闘開始の合図。

 爆ぜる紫雷と研ぎすまされた刃が激突した。

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