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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第16話:学園フレンドシップ(後編)

 そこにいる彼女には、あの時、訓練場で纏っていた鋭い気配は微塵もない。むしろ、穏やかで、静かだった。


「サクラ・フェイ……」

「っ! 誰っ!」


 素早く顔を上げたサクラの薄紅色の瞳と、目が合った。


「え、あ、ごめ……」


 追いかけてきたことが気まずく、ハルカはどぎまぎと口籠もった。ハルカの存在を認めたサクラの目は厳しく、研ぎ澄まされた鏃のような視線でハルカを射抜いた。


「時計塔の屋上が植物園になってるって聞いて……それで……」

「…………そう」

「あの、隣、座ってもいいか?」

「……好きにすれば」


 咄嗟に見え透いた嘘をつく。彼の返事を聞いたサクラはその理由を聞いた途端に、ハルカへの関心を失ったのか、再び膝の上の教科書を読むことに没頭する。


「あのさ、同じクラスのサクラ・フェイ……だよな? 俺、ハルカ。ハルカ・ユウキ」

「……知ってる」

「あまり教室にいないよな? いつもここにいるのか?」

「……そう」


 サクラは必要最低限の言葉しか口にしなかった。それ以上の会話は意味をなさず、不必要なものだと言わんばかりだ。抑揚のない口調だが、図々しいハルカの問いに、サクラは嫌々ながらも律儀に返事をした。


「前の模擬戦、すごかった。俺は負けちゃったんだけどさ」

「…………」

「シャイナって優秀なんだろ。そのシャイナに勝てるなんて、すげぇ……」

「何の用」

「え?」


 とうとう痺れを切らしたのか、サクラはハルカの話を打ち切った。教科書から視線を外し、ハルカを睨みつける。

 

 ――もしかして、失敗した……。


 冷静に考えれば分かるはずだった。

 サクラがわざわざ教室を離れ、このひっそりとした場所を好んでいること。「好きにすれば」という言葉の奥にあるのはハルカに対する無関心。

 孤独を好んでいるのだということに、簡単に思い至れるはずだった。


「興味本位で近づかれるのは、好きじゃないの」


 サクラを追って来たことへの後ろめたさで、つい彼女に話しかけてしまったが、彼女のためを思うならば、黙ってこの場をあとにすることが最善だったのだ。


 結界内で人工的にそよぐ風が、背後の木の葉を揺らした。正面の花壇に咲く薄いピンクの花。その大きめの花びらが一枚、ハラリと地面に落下する。見頃を終えたのか、実を結ぼうと花弁を散らす。


 ――謝って、シャイナのところへ戻ろう。


 ハルカはすっくと立ち上がり、謝罪を口にしようと唇を開いた。が、不意にシャイナの言葉が脳裏をよぎる。


 ――アイルディアの人間と、関わろうとしているの?


 アイルディアを拒絶した自分を、それでも繋ぎとめようと命をかけてくれた少女がいた。

 爽やかな青い風の如く、ハルカの前に立ちはだかり、声高に想いを叫んだ彼女・・

 そして、影ながら支えてくれていた人達もいた。知らないところで自分を信じ、助けようとしていてくれた人達がいた。


 ――拒まれたって、いいじゃねぇか。


 それが一歩、前に進むことになるならば。傷つくことも無駄ではない。

 目の前のサクラと関わりを持ちたかった。それに、ぶっきらぼうなその態度も、どこか憎めない。穏やかに革紐を編む彼女の姿を見たせいか、この尖った雰囲気は彼女の本質ではないような気がしていた。


「お前、いつも一人だよな。俺も一人なんだ。……いや、違うな、一人だったんだ」


 ニカッとハルカはサクラに笑いかける。その屈託のない笑顔に、サクラは一瞬怯んだ。訝しげにハルカを見つめ、次の出方を探っているようにも見える。


「だけど、周りはお節介な奴ばっかりでさ、ははっ。……そのおかげで、俺は一人じゃなくなった」

「何が、言いたいの」

「あ、あのさ! サクラって名前、いい名前だよな」

「……私はあまり好きじゃない」


 薄桃の瞳は、すぐに散りゆく儚げな桜の花とは程遠く、意思のこもった強いものだ。どちらかといえば、大きく艶やかな花を咲かせる八重桜に似ている。


「俺、別の世界から来たんだ。召喚で喚び出されたってやつ。噂で聞いてるかもしれねぇけど」


 懐かしい、懐かしい、あの日々。

 両親がいて、夏野がいて、悟がいて、みんながいた。

 

 ――そうか、こいつ、少しだけ、夏兄に似ているんだ……。


 ぶっきらぼうな口調のせいで、いつも誤解されていた兄。けれども、心根は真っ直ぐで、とても優しく、強かった夏野。


「いい名前だな、サクラって。俺の国の花の名前なんだ。すっげえ綺麗な花なんだぜ。お前にも見せてやりたいよ」


 太陽は真南を過ぎた。少しだけ、ハルカの背の方に傾いた太陽。サクラは眩しそうに目を細めた。

 陽の光を受けた薄桃の目は透き通っていて、無垢なサクラの心の奥底まで光が吸い込まれていく。


「こんなこと、口にするのもどうかと思うけどさ……友達になろうぜ」


 ハルカはサクラに手を差し伸べる。握手を求められたサクラは一瞬躊躇う素振りを見せたが――引き寄せられるように少年の手を取り、しっかりとその手を握った。


「友達って、宣言してなるもの?」

「うーん、違うかもしれねぇな」


 シャイナに友達宣言をされた時、ハルカもサクラと同じようなことを思ったことを思い出す。でも、これくらい強引なくらいが丁度いいのかもしれない。


「……好きに、すれば」


 サクラは俯き、右耳を二度ピクピクと動かした。

 二度目のその台詞は心なしか柔らかく、角が取れたようにも聞こえた。


 *****


 切り立った山の頂から、アーチェは眼下に広がる森を一望した。常緑樹の森は自然が豊かで、生き物の息吹を感じた。

 紫の長衣がはためく。山の強い風で吹き飛ばされてしまいそうな幼子の体は、揺らぐことはない。彼女は右手に携えた不釣り合いな長さの黒剣・陰を地面に突き立てていた。剣の黒が、彼女の白銀の髪をより一層白く見せている。

 黒剣の刀身を伝うのは赤。山中で遭遇した野獣や魔獣を斬り伏せてきたのだ。野獣はともかく、魔獣の数が増えてきたのが気にかかる。よくないものが近づいているのだろうか。だが、今のアーチェにはそんなことはどうでもよかった。

 アーチェはふるふると首を横に振り、ふぅと小さく嘆息した。


「ここも、違うたか」


 北方、東方、西方大陸と、三つの大陸を巡ってきた。残されたのは南方大陸・ユーリアス共和国のみ――。

 だが、南方大陸もあらかた探索し尽くし、それでもアーチェが探しているものは見つからなかった。


「残るはユーリアスの東部地区……。そこに在るのか……?」


 アーチェはきゅっと長衣の胸元を掴んだ。小さな胸が不安で苛まれる。

 いつかは見つかると思っていた。

 どこかにいると思っていた。

 けれども、世界中、どこを探しても、それはいないのだ。


「どこにおられるのか……。それとも……」


 ――妾は守れぬまま、終わってしまうのか……?


 菫色の瞳の光が頼りなげに揺れる。ハルカたちの前で見せる傲慢な表情はどこにもない。迷子の子供のように視線をさ迷わせ、アーチェは「これではいかん」と姿勢を正す。


「あなた様は今、何処いずこに……」


 記憶にあるのは、写真に写った姿だけ。

 煌めく金の髪、今にも消え入りそうに、頼りなげに微笑むあの人。


「エリーチカ様……」


 西に傾きかけた日を見つめ、アーチェが呟く。

 学園の授業が終わる前に――ハルカが帰宅する前に戻らねばならない。

 そう分かっていたが、細い足は地に根が生えたように動かず、アーチェはなかなかその場を離れられなかった。

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