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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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プロローグ:最果ての城

 外は大雪だ。


 アイルディア最北の山中、そこにあるのは黒の城。

 城はそんな激しい吹雪をものともせず、堂々たる姿でそびえ立っている。


 城の中は常夏のような温度だった。

 継ぎ目のない黒大理石の廊下は丹念に磨き抜かれていて、覗き込めば顔がはっきりと映るほどだ。


 女は素足で廊下を歩いた。

 基本的に城内では、無駄な衣服を身に纏うことは禁じられている。

 許されているのは、申し訳程度に体を隠す薄布と、主が好む金の装飾品のみだ。

 靴など、ここでは不必要だった。

 幾重にも巻き付いた金輪が、女の足首で跳ねる。

 喉元を飾る金の鎖は、彼女の主からの贈り物だった。


 女は廊下の最奥にある、大扉の前で立ち止まった。

 そこには警護の兵士はいない。いや……警護する必要などないのだ。


 床と同じ、光沢のある黒髪が女の肩口で揺れる。

 女は言葉を発するため、小さく息を吸い込む。真珠色の豊満な胸元が盛り上がった。


「第二妃、カスティア・アレドナ。王の命を受け、只今参りました」


 女──カスティアはやや低めの声で告げる。

 扉の奥から返事は聞こえなかった。

 だが、カスティアの来訪を認めたのか、その扉はひとりでに開いた。

 

「カスティア、か。よう参った。……さあ、我の近くに」


 部屋の奥、壇上にある金の椅子に、その男は腰かけていた。


 椅子には背もたれはなく、金の肘掛けだけという簡素な造りだ。

 足を組み、物憂げに頬杖をついたその男を眼前に、カスティアはしばし動けずにいた。

 黒曜石の瞳に射抜かれ、カスティアの体は竦んでしまっていたのだ。


(十年も共に歩んだ男であるのに、いつまでも魅力的で、そして雄々しい……)


 男の体には一本たりとも体毛はなかった。

 丸めた蜜色の頭と、程良く筋肉のついた四肢には香油が塗られている。

 部屋の至る所に並べられた燭台の灯りを反射し、てらてらと鈍い光を放っていた。


 男が身に着けているのは、金の刺繍が施された真紅の腰布。

 そして、正方形の金板を八枚繋ぎ合わせた首飾りだけだ。

 金板には大粒の翡翠が埋め込まれている。


 カスティアは、一直線に伸びた白絨毯の上を、静々と歩いた。

 黒の床とのコントラストが眩しい。

 羊毛で織られた絨毯が、カスティアの足裏をくすぐるように撫でた。


 カスティアの広くない歩幅でちょうど五十歩。

 カスティアは壇上の男に恭しく跪く。


「ガリアス帝国が主、全能の王、スフルト・ナハタリ陛下。我は陛下の忠実な下僕なり」


 カスティアの口から、滑らかに言葉が紡がれる。

 その淀みない口調に、男──ガリアス帝国皇帝スフルト・ナハタリは満足げに頷いた。


「カスティア、堅苦しい文言はよい。……して、連合の輩は消えたか。あれ・・の威力はどうだったのだ」

「王、それが……」


 言いよどむカスティアを前に、スフルトが眉をひそめる。

 目を細め、カスティアの肢体を繁々と眺めた。


 カスティアは体を強張らせ、言葉を探す。

 皇帝の機嫌を損なわないように、それでいて正確に伝えなければならない。


「……連合軍総司令官ダヤン・サイオスによって阻止され、連合軍の消滅までは至りませんでした」

「何?」

「ダ、ダヤン・サイオスが自らの命をかけ、攻撃を食い止めたのだと……」

「なぜダヤンは死んだ」

「で、ですから、攻撃を食い止めるために……」

「違う。そのようなことを聞いておるのではない! あやつはそう易々とくたばる男ではないと言うておるのだ!」


 ヒッ、とカスティアは怯えた。

 スフルトの形相はまさに鬼そのもの。先ほどまでの穏やかさは消え、猛将としての顔を見せる。


 先代の皇帝が崩御した後、スフルトは凄まじいまでの統率力を発揮し、連合四国と渡り合うまでになった。

 そのスフルトが、目を剥いていかっている。


「き……究極召喚を行ったとのこと。しかし、間者によれば、召喚されたのは究極召喚獣バハムートとは程遠い、凡庸な少年と聞きます。召喚は失敗した、と」


 そのような平凡な少年など、恐れるに値しない。

 これから世界を統べる皇帝の前では石ころ以下の存在だ。


 だが、スフルトの目の色が変わったのを、カスティアは見逃さなかった。


 そこに浮かんでいるのはほんの少しばかりの焦燥感。

 やはり、ダヤンはただでは死ななかったか、とスフルトの目が語っていた。


「王、バハムートは真のバハムートではありませぬ」


 第二王妃でありながら、一軍人でもあるカスティアだ。

 召喚されたのは無力な少年だったが、主が望むのであれば、たとえ相手が赤子であろうとも容赦はしない。


(いや、そうしなければ、この気高く美しいひとから見放されてしまう……)


 カスティアが言わんとすることを、スフルトは察した。

 一旦怒りを鎮め、口の端を歪める。


 スフルトはカスティアの賢い性質を好ましく思っていた。

 ただの夜伽よとぎの相手ではなく、近衛師団の将としての権力を与え、数多の妃の中で最も身近に置いているのもそのためである。


「カスティア、バハムートのことはお前に任せよう……好きにするがよい。此度のことは責めはせぬ。むしろ、ここまでようやってくれた。褒美をつかわそう」


 スフルトは玉座から下り、カスティアの体をいとも軽々と抱き上げた。


 不意のことに、カスティアは呼吸を止める。

 だが、薄布一枚隔てた先から伝わる愛しい男の体温を感じ、すぐに熱い吐息を漏らした。


 カスティアの目が潤むのを見て、スフルトは再び満足げに目を細める。

 戦のために鍛え抜かれたカスティアの体はほどよく引き締まっていた。

 だが、肉感的な体型を好む王のために、わざと完璧な筋肉をつけていない。


「まぁよい。戦は……これからだ」


 玉座の奥、絹のカーテンが割れる。

 そのまま二人はその奥へと姿を消した──。

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