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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第11話:ウィークエンド(前編)

 アイルディアにも週末というものがある。ハルカの世界と同じように、一週間は七日。そして、その内の一日は安息日として定められている。


 模擬戦でルイズに敗北した後、凹んでいたハルカを見かねたのか、ポラジットはピクニックへと誘ってくれた。のどやかな草原で、お弁当を持って行きましょうーーそう言われたはず……なのに。


「わぁぁぁぁ! 待っ……フェンリル、ストップ!」

「オォォォーーン!」


 緑の草地を黒い獣が駆け抜ける。ハルカの喉元を狙って噛みつこうと迫るフェンリルを、すんでのところで避け、ハルカは稽古用の木剣を振り回した。


「甘い! 横ががら空きじゃ! 脇を締めぃ、脇を!」

「ポラジット! アーチェまで来るなんて聞いてねぇぞ!」

「ガルルルッ!」

「だぁっ! くそ、フェンリルー!」


 鬼さながらの形相で檄を飛ばすアーチェと、指導を受けるハルカを見つめ、この上なく微笑ましい光景だと言わんばかりに目を細めるポラジットがいた。彼女が座っているギンガムチェックの敷物の上では、バスケットいっぱいのサンドイッチ、色とりどりの果実とピクニック用の簡単なティーセットが広げられていた。

 ポラジットの傍らで、彼女の召喚獣・カナンがポットに茶葉を計り入れる。もう一匹の召喚獣・妖精のリーフィはカリカリと赤い果実を食んでいた。


「フェンリル、全力で……でも、ハルカの生命に支障がない程度にするのですよ」

「ははは、気遣いサンキュ、ポラジット……じゃねぇよ!」

「余所見をするでない、たわけが!」

「~~~っ!!」


 ハルカめがけて紫雷が落ちる。前転しながらそれを躱し、ハルカはぐいと汗を拭った。


 ――どうしてこうなったんだぁぁぁっ!


 話は、武術の授業後の昼休みに遡る……。


 ***


 噂の転入生・ハルカと学年一の優等生・シャイナが揃って模擬戦闘で敗北したという情報は、瞬く間に学年中……いや、学園中に広がった。敗北コンビの二人が廊下を歩く様は嫌でも目立つ。教室で昼食を食べるわけにもいかず、ハルカとシャイナは中庭へやってきた。


 中央の噴水では澄んだ水が流れている。この中庭は、湖の上に建つクライア学園の名物のひとつらしい。夜になると、この湖に住む発光微生物が発する光で、噴水の水が仄かに輝き、この中庭は美しく彩られるのだ、とシャイナは言った。


 二人はベンチに腰掛け、手持ちの紙袋の中から昼食のサンドイッチを取り出した。教室にいるよりは幾ばくか、気がまぎれる。好奇の目から逃げられるわけではなかったが、青空の下で伸びをすれば、少しは気が軽くなった。


「お前、優等生じゃなかったのかよ」

「うるさいわね。優等生よ、間違いなくね。全てにおいてトップクラスなんだから」


 シャイナは躊躇う素振りを欠片も見せずに、きっぱり言い切った。だけど、と話を続ける。


「相手も優等生だったのよ。戦闘に関してのね」

「どういう……」

「この学園は政府要人や地方貴族の出身の学生が多いの。私も一応、地方の領主の娘よ。それは、昨日も話したと思うわよね。もちろん、試験を受けて入学するんだから、一定水準の能力は認められているけれど、そうじゃない人もいるわ。まぁ……カネとコネと権力で入学したってやつね」

「あの獣人族の彼女も貴族出身なのか?」

「いいえ、違うわ。北方大陸・旧ディオルナ共和国にある小さな村出身だって聞いたわ。帝国の動きが不穏になった頃に、ユーリアス共和国へ移住したんですって。一応、村を治める一族出身ではあるみたい」

「ふぅん、それで?」

「つまり、何が言いたいかというと、彼女はカネもコネも権力もない……彼女自身の実力でここまでのし上がってきた、『ホンモノ』だってこと」


 シャイナを組み伏せた彼女の鋭い目。それは間違いなく、クラスメイトを見る目ではなく、敵や獲物を狙うものだった。シャイナは悔しそうに、くしゃりと紙袋を丸め、大きな口でサンドイッチにかぶりつく。四角いパンに、ハムとチーズを挟んだだけのそれを、がしがしと咀嚼した。


「サクラ・フェイ……次は絶対負けないんだから。もっと勉強して、策を練らないと」


 耳に馴染みのある言葉ワードが飛び込む。それがシャイナを負かした少女の名であることを認識するのに、少し時間がかかった。

 懐かしい、母国の花の名。あの薄紅色の儚い花を思い出し、胸が苦しくなる。そのせいか、サクラ・フェイの存在は妙にハルカの脳裏に刻み込まれた。

 

「次こそはあの矢筋を読みきって……。そうね、風魔法でも……」

「私なら、樹属性で動きを封じますね」

「あぁ、確かに。それもいいわね……ってデュ、デュ、デュロイ教官っ!?」


 背後からの予期せぬ闖入者の登場に、ハルカは思わず口の中のものを吹き出しかける。汚いわねぇ、とシャイナがじっとりとした目でハルカを睨めつけ、打って変わって猫なで声でポラジットへと向き直った。ポラジットのバックにある花壇には、季節の花々が咲き乱れている。それらと同じく可憐な笑顔で、ポラジットは体を揺らして笑っていた。


「図書館で資料を探していた帰りにあなた方を見かけたものですから、つい……。二人とも、模擬戦闘お疲れ様でした。私も図書館からあなた方の戦闘の様子を見させてもらいました」


 ――見られてたのか、あれを。


 ハルカの心中は複雑だ。敗北したみっともない姿を、一度は守りたいと思った少女に見られてしまったのだから。

 おまけに、自分には究極召喚獣などという珍妙な肩書きまでついている。できれば、期待に――誰の期待にと問われれば、言うまでもなく、ポラジットの期待に応えたかった。

 黙り込んでしまったハルカの様子を察したのか、ポラジットは小さく肩をすくめ、「そう言えば……」と話題を変えた。


「もうすぐ安息日ですね。ハルカは入学してから初めての休みですね」

「休み? 日曜日みたいなもんか?」

「にちよ……? それが何かは知りませんが、週末の安息日では、学園が休みになるのですよ。せっかくですから、出かけませんか? 気晴らしくらいにはなると思いますよ」

「気晴らし、なぁ……」


 塞ぎ込んでいても仕方のないことだと分かってはいるが、だからといって開放感に浸る気分にもなれず、ハルカは曖昧な返事をした。ハルカのどっちつかずな言葉に反応したのは、ポラジットではなく――シャイナだった。瞬時にシャイナはハルカの胸ぐらを掴み、ぐいぐい締め上げる。ポラジットに聞こえないよう、ハルカに顔を近づけ、ドスのきいた声で脅迫し始めた。


「あ、あ、あ、あ……あんた、デュロイ教官のお誘いを断るなんて、喧嘩売ってんの!?」

「は、はぁ!? なんでシャイナに喧嘩売ることになるんだよ!」

「デュロイ教官のお言葉に従わないやつは敵よ、敵。ほんとは私が代わりに行きたいのに……教官はあんたを誘ってんのよ、分かってんの!?」

「ぐぇぇ……行く、行くから、首……。息が……」

「二人とも、とても仲がいいんですね。ハルカが学園になじめるかどうか、少しばかり心配していましたが、安心しました」

「あ、は、はいっ! デュロイ教官、私たち、親友なんです!」


 どう考えてもズレているポラジットに、シャイナは満面の笑みで笑いかけた。シャイナの表裏の激しさに、目眩さえしてくる。

 けれども、強引に引きずり出されなければ、きっと塞いだ気分は晴れないだろう。

 ハルカは苦笑いしながらも、ポラジットとシャイナに、ほんの少し、感謝した。


 ***


 フェンリルの姿が消えた。ハルカは周囲を見回し、黒い影を探す。同じ召喚獣同士、能力においては大差ない。いや、スピードや瞬発力では黒雷狼フェンリルの方が勝っていた。ハルカの武器は黒ずんだ木剣と、身の丈に合わない強大な力――《絶対服従》の能力だけ。

 焦りが目の前を曇らせる。気配さえも感じることができない。闇雲に向かっていくだけではダメなのだと気付く。


「気を散らすでない! 集中せぃ!」


 足下の影が大きくなっていくのに気がつき、ハルカはハッと空を仰いだ。南中した太陽を背に、黒いシルエットが迫ってくる。フェンリルの真っ赤な瞳と視線が交錯する。

 

 ――しまった!


 ガリッと前足の爪が肩に食い込む。落下の勢いそのまま、フェンリルはハルカを地面に押し倒し、組み伏せた。肩を押さえつけられてしまい、両腕の動きが封じられる。逆光でフェンリルの顔はよく見えない。しかし、ポタポタと頬によだれが落ち、フェンリルは口を開いているのだということは分かった。

 ガァッ! とフェンリルが息を荒げる。生温い呼気がかかり、ハルカはギュッと目を瞑った。


「ストップ! フェンリル!」

「そこまで!」


 ポラジットとアーチェが共に叫ぶ。ハルカとフェンリルも同時に動きを止め、もつれ合った格好のまま、二人の方を向いた。

 やれやれと呆れ顔のアーチェと、いつもと変わらぬ微笑みのポラジット。


「……そろそろ、お腹が空いてきたでしょう。お昼にしませんか?」


 そう言ってポラジットは手元のティーカップを、優雅に持ち上げた。

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