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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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第4話:優等生と(後編)

「私と、友達になりなさいっ!」

「友達ぃ⁉︎」


 私の指示を受け容れることは当然だと言わんばかりに、シャイナは踏ん反り返っていた。

 唐突なシャイナの要求に、ハルカは目を白黒させる。


「いや、そんな風に言ってくれるのは嬉しいけど……急に言われても……」


 嫁入り前の乙女さながらの様子で、ハルカはドギマギと狼狽える。


 シャイナの申し出は、純粋に嬉しい。

 ポラジットは友達か、と聞かれても何だか違うような気もしていたし、ライラやハロルドも信用はしているが、友情で繋がっている関係とは思えない。

 学園に入って、クラスメイトと交わり、せめてアイルディアで心穏やかにいられるよう、仲間と友情を育みたい──とは割と、切実に思っていたが。


 ──友情って、もっとこう……信頼を積み重ねていくもんじゃなかったか⁉︎


「拒否権は……ないこともないけれど。でも、それは賢明な判断とは言えないと思うわ」

「別に、拒否なんて……」

「あなたの正体はこの学年の生徒全体に知れ渡っているの。中には、戦争の敗因はあなたにある、と吹聴するような輩もいるのよ」

「は? 何だそれ!」

「あなたに罪はないわ。私はそう思っている。でも、一部の人間にとってはそうではないの。バハムートとしてのあなたの力不足が、帝国の侵略を許した……そういう言い方をする人もいるって話よ」


 ハルカはギリ、と歯噛みした。

 ここでも自分は許されないのだろうか。

 かつて、連合議会に囚われ、死を宣告された時のように、ここでも。


 眉間に皺を寄せるハルカをシャイナが見つめる。

 不意にハルカの眼前に手をかざした。

 そして──ビシリッ、と鋭い音がした。


「〜〜〜ってぇ! 何すんだよ!」

「何って、デコピンよ」


 ハルカは赤くなった眉間を抑えた。

 シャイナは悪びれもせず、不敵に笑う。


「私、一応学年委員なの。これでも、生徒からも教官からも一目置かれてるんだから。嘘じゃないわよ」


 ハルカの胡散臭そうな視線を、シャイナは同じく視線で一蹴する。


「私と仲良くしておけば、メリットはあると思うけれど。少なくとも、あなたが白い目で見られることはなくなるんじゃない?」

「う……」


 その代わり、とシャイナは頬を染める。


「デュロイ教官と私の仲を取り持って欲しいのよっ!」


 ふんふん、と鼻息荒く、シャイナはハルカに詰め寄った。


「取り持つって……どういう……」

「簡単よ。私とデュロイ教官が気兼ねなく話せる関係になるまで、あなたがサポートしていてくれたらいいだけ。ね、簡単でしょう?」


 ザワザワと校舎全体の空気が動く気配がした。

 おそらく、もうすぐ授業終了の鐘がなるのだろう。


 シャイナは席を立ち、自分の机の中から紙の束を取り出した。

 それを持ち、再びハルカの元へと戻ってきた彼女は、ハルカの前に書類をちらつかせながら返事を促す。


「友達になって、私に協力してくれるの? それとも、断る?」

「分かったよ。協力する、だから──」


 どうやら、アイルディアでの友達第一号は得意顔の優等生になりそうだ。


 ──でも、それも面白いかもしれねぇな。


「俺と、友達になってください」

「同盟、成立ね」


 ニヤリと笑ったシャイナは、ハルカに紙束を手渡した。

 まるで、契約書だ、とでも言いたげに。


「クラスの名簿。顔写真と名前が載っているから。できるだけ早く覚えてね。その他の学園施設は、利用する時に説明するわ」


 カーン、と授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

 もぞもぞと蠢いていたざわめきが、一気に解放される。


「よろしくね、ハルカ」


 シャイナが差し出した手を、ハルカはしっかりと取り、固い握手を交わした。


 *****


「ま、ぼちぼち行こうよ。僕はそんなに焦ってはいないさ。クレイブのように、がっついて散るなんてみっともないじゃないか」


 獣人族の青年、ユージーン・ゲイルはペットの鸚鵡に囁く。


 北方大陸──かつてディオルナ共和国と呼ばれていたその国の、小さな町の片隅にある安宿で、ユージーンは目を閉じた。


「リーバルト連合の次期総統が決まったそうだよ。誰だか知っているかい、アリア」


 アリアと呼ばれた極彩色の鸚鵡が首を傾げる。


 安宿の壁はちゃちな作りで、ヒュー、と隙間風が吹き込んでくる。

 崩れかけた煉瓦作りの小さな暖炉の炎が風で揺らぎ、消えまいと悪足掻きした。

 襤褸毛布に包まり、ユージーンはカップに入った熱いスープに口をつける。


「タキ・エルザ……ディオルナの女議員。史上初の獣人族総統だってさ。ディオルナを取り戻すために、今こそ獣人族が立ち上がる時、だなんて……気味が悪いと思わないかい?」


 カスティアとの繋がりを持つユージーンだったが、彼は貴族というものが嫌いだった。

 独自にバハムートを追いたいと申し出、カスティアは彼の自由を許したのだ。


 カスティアの前では、どうにも堅苦しくて仕方ない。

 王妃の前では、当然口振りも態度も固くなってしまう。

 本来の彼は、どちらかと言えば無邪気で、奔放な性格なのだ。

 だから、好き勝手にできるこの状況を与えてくれた彼女に、ユージーンは多少なりとも感謝の念じみたものは持っていた。


「誰も彼も内側はボロボロなのに、虚勢張っちゃってさ……。つついてやれば、きっとすぐに崩れるさ」

「クズレルサー!」


 アリアがユージーンの言葉を復唱する。

 それを彼は愛おしげに眺め、艶めいた羽根を優しく撫でた。


「虚無なんだよ。虚ろなんだ」


 そうだ、とユージーンは目を丸くし、キラキラと輝かせる。


 カスティアが愛用する伝令の召喚獣は鴉。

 空っぽのリーバルト連合を討つのは、空っぽのガリアス帝国。


「《虚無なる鴉ホロウ・クロウ》にしよう。僕が率いる、僕だけの組織──」


 そう言い終え、スープを飲み干したユージーンはきゅっと体を丸め、暖をとる。


 パキパキと爆ぜる火の粉が、ユージーンの濃紺の髪まで浮遊し、風に消えた。

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