第3話:優等生と(中編)
「え、と……今、なんて?」
「だから、あなたが究極召喚獣バハムートだって噂、本当なのか、って聞いているの」
──な……なぜバレてるし……。
ハルカは頬をひくつかせながら、無理矢理笑顔を作った。
「あ~、俺、ちょっと君の言ってる意味分かんねぇんだけど、あはははは」
なけなしの本能が告げる──ここはシラを切るべきだ、と。
だが、シャイナは引き下がらない。
腕を組み、ふぅと一息つくと、ハルカに追い打ちをかけるかのように一気にまくし立てた。
「ユウキ・ハルカ。リーバルト連合軍前総司令官ダヤン・サイオスが切り札として召喚した少年。
軍本部を襲撃されそうになったダヤン様は、軍の壊滅を回避するため、究極召喚を行う。
それにより、ひとまず防衛には成功し、人的被害は最小限に抑えられたものの、召喚は不完全だったようで、軍の拠点となった城は瓦解。ダヤン様は戦死されてしまう。
結果的に、連合軍はそれ以上帝国と戦うことはできず、敗北。北方大陸を奪われ、現在に至る」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
「連合軍に拘束された究極召喚獣バハムートは連合議会で安楽死による帰還を言い渡される。
しかし、バハムートの力の暴走を恐れた連合議会は、ポラジット・デュロイの監視の下、バハムートを傘下に入れることを決める──」
「ストップ、ストップ! シャイナ!」
息継ぎもせずに言い切るシャイナ。
とにもかくにも、一旦話を聞いて貰わねば、とハルカは両手を上げてシャイナを止めた。
「何? 降参でもするの?」
「……っていうか、どうして一介の学生にすぎない君が、そこまで知ってるんだ」
シャイナは優秀とは言え、ただの学生だ。
それなのに、なぜこれほどまでに内部の事情に通じているのか──それが疑問だった。
「言ったわよね、密かに噂になってるって、あなたのことは」
立ちっぱなしだったシャイナは目を伏せながら、ハルカの前の座席に静かに腰かけた。
「この学園はね、次代のリーダーを育成する学園でもあるの。だから、各地の有力者の子供が通っているというわけ。私だって、これでも領主の娘よ。辺境のど田舎の、だけれどもね。もちろん……親が連合議会や議会関連の役職に就いているって人も少なくはないわ」
それってもしかして、と言いかけたハルカを見つめ、シャイナは是と頷く。
「情報って、どんなにひた隠しにしていても漏れてしまうものなの。あなたの素性も、そういう筋から漏れた可能性はある。
まぁ……噂によれば、あなた、議会で大暴れしたっていうじゃない? むしろ隠す方が無理なんじゃないかしら?」
議会での騒動を思い出す。
会議場をメチャクチャにしたのは、他でもない、ハルカとポラジットだ。
連合本部の建物もある程度は損傷を受けたはずであるし、連合軍の人間とも一戦を交えた。
そして──クレイブ・タナス議員の死という結末。
沈黙を貫くハルカに、シャイナは嘆息した。
「否定しない、ってことは肯定とみなしていいのかしら。少なくとも私はそう受け止めるけれども」
「…………俺がもし、バハムートだったとして、シャイナに不都合があるのか?」
「いいえ、ないわ。全く」
──参ったな……。
隠す必要などないのかもしれない。
だが、自分の素性について、何も知られていないのなら、それが一番だと思っていた。
シャイナは涼しげな顔でそっぽを向いている。
掴み所のない彼女の真意を測りかね、ハルカは頭を抱えた。
「俺は……」
ちらとシャイナはハルカを一瞥する。
そして、ハルカの言葉になど興味がないと言いたげな口調で告げた。
「あなたがバハムートかどうかなんて、私にはどうでもいいの」
「はぁっ⁉︎」
──散々もやもやさせておいて……!
瞬間、シャイナのクールな雰囲気は一変する。
怒髪天を衝くとはこのことかといった様子で、ギッとハルカを睨み据えた。
その急な変わり様に、ハルカは思わず身構える。
──そうだ、議会の時もそうだった。どこに敵が潜んでいるかなんて分からないんだ!
シャイナがバン、と机上を叩き、憤然と立ち上がる。
敵意にも似た感情を感じ取ったハルカは奥歯を噛み締め、足に力を込めた。
「あなた……デュ、デュ、デュロイ教官と……同棲しているって本当なのっ⁉︎」
「へ? 同棲⁉︎」
ガクリと肩の力が抜け、机にしがみついて、ずっこけそうな体を支える。
あまりにも拍子抜け、というか予想外の一言にハルカはあんぐりと口を開けた。
シャイナは顔を真っ赤にし、目を潤ませながらハルカに食ってかかる。
切羽詰まった表情で、興奮気味だ。
「そうよっ! あなたの素性なんてどうっでもいいのよ! 問題は、本当にデュロイ教官とあなたが同棲しているのかどうかよ!」
シャイナの赤面が移り、ハルカも顔を真っ赤にする。
ポラジットと一つ屋根の下とは言え、カナンやリーフィだっている。
後ろめたいことは何もないというのに、「同棲」という、どことなく色気のある言葉の響きにハルカは困惑した。
「違っ……! 同居人だって他にいるし! 同棲なんかじゃ……」
「あああああ〜〜〜っ! やっぱりそうなんだっ! デュロイ教官と一緒に暮らしているのねっ! ショックで寝込んでしまいそうだわっ!」
すっかりキャラ崩壊してしまっているシャイナ。
彼女はしくしくと涙を流し、天を仰ぎながら顔を覆った。
よほどショックを受けたのか、ハルカの言葉など一片たりとも耳に入っていないようだ。
「あの気高く、美しく、高貴なポラジット・デュロイ様がっ……! こんなちんちくりんと……!」
「おい、誰がちんちくりんだって?」
初対面の相手にいきなり「ちんちくりん」呼ばわりされ、ハルカの頬は自然と引きつった。
「お前、ポラジットの知り合いなのか?」
「別に、知り合いじゃないわよ。私が一方的にお慕いしているだけ」
あとポラジットって馴れ馴れしく呼ぶな、とシャイナはキレ気味に言い放った。
「あなたはデュロイ教官の華々しい経歴なんて知らないんでしょう?」
「ああ……まぁ。あいつ、そんなに凄い奴なのか? 天才召喚士だってことは聞いてるけどよ」
「あなた如きが『あいつ』呼ばわりなんて、失礼千万だわね。デュロイ教官はねぇ……」
ふふん、と自慢げにシャイナは頬を染める。
「六歳の頃、第一級召喚士のダヤン・サイオス様に師事し、八歳の若さでこのクライア学園に入学したの。これは史上最年少記録で、まだ誰にも破られていないわ」
それからそれから、と鼻息を荒げてシャイナは続けた。
「その三年後、学園を卒業。南方大陸の軍で一年、軍務研修を受けられた後、これもまた史上最年少で第三級召喚士試験に合格。晴れて国家公認の召喚士になられたというわけ。それからは再びダヤン様の助手として共に各地を回り、公務に就いていたの。
そのクールな性格と他の追随を許さない戦闘スタイル、そして美しい容姿からついた二つ名が『青の召喚士』。召喚士界のアイドルとして、多くの人々の憧れの的なのよっ!」
ぜぃぜぃと息を切らせて説明するシャイナを見て、ハルカはなんとなく悟った。
──ポラジットのファンなのか、こいつ……。
向けられたのは敵意ではなく、おそらく嫉妬心。
本当に確かめたかったのは、ハルカの素性などではなく、ポラジットとの関係性。
「ははっ」
「〜〜っ! 何がおかしいのよっ!」
「いや、俺は確かにポラジットの屋敷で世話になってるけど、それは議会の命令だからであってさ。シャイナが心配するようなことは何もないって」
なんとなく言った矢先から虚しさを感じるような気もするが──それでも、目の前のシャイナの必死さに、本当のことを伝えなければ、と心動かされたのだ。
シャイナは気まずげに唇をすぼめた。
拗ねたような、安堵したような、不思議な表情。
「ならばハルカ。私に協力しなさい」
「協力?」
ビシッとハルカに人差し指を突きつけ、シャイナは仁王立ちした。
「私と、友達になりなさいっ!」
「友達ぃ⁉︎」
──唐突すぎんだろっ⁉︎
飛躍し過ぎた話の展開に、ハルカはう〜んと長く唸った。




