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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第2章:双つ剣の交わる刻
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プロローグ:門出の日に

 三〇五十四年 六月ジューノ


 ハルカがアイルディアに召喚されてから、約一月が経とうとしていた。

 季節や時間といった感覚は、呼び名に違いはあれど、地球のそれと変わらず、馴染むのにさして時間はかからなかった。

 連合議会での事件後、ハルカは三級召喚士ポラジット・デュロイの監視下に置かれ、アイルディアでの生活をスタートさせたわけであるのだが──。


「学園生活ってか……。まさか、こんな所でまで学校に通う羽目になるとは……」


 苦々しく呟きながら、ハルカは一人、大通りを歩いていた。

 道の両脇では、様々な品物が通りに面していっぱいに広げられている。

 石造りの店の入り口では麻布のテントを広げ、果物や野菜、肉や嗜好品が売られており、買い物客で賑わっていた。

 そんな中、制服──臙脂色のブレザーと灰色のスラックス──を纏ったハルカの姿は、ある意味場違いで、子連れの女性が多い通行人の中で、彼だけが浮いていた。


 ──サボりにでも見られてんのかな。


 通行人の心中は概ねハルカの予想通りだったわけであるが……もちろん、彼はサボっているわけではない。


 転入手続きが完了し、今日からハルカは学園に転入することになったのだ。

 一日目は学園設備の案内のため、ハルカは始業時間より遅れて登校することになっていた、というわけである。


 ハルカは市場を抜け、竜馬車屋のある角を曲がる。

 細い路地を進むと、次第に店や家の数が減っていき、低木が疎らに生えた広場に出た。

 中央にある円形の灰白色の石床、そのまた中央にハルカの腰ほどの高さの石碑が佇んでいる。

 広場の正面には大きな湖が静かに水を湛えていて、霧がかった湖面に、そびえ立つ建物のシルエットが遠く、微かに見えた。

 

 ハルカは石碑の前で立ち止まり、ポリポリとくせ毛の強い頭を掻いた。


「え、と……確かあいつが言ってた……転移門ってのはここだよな」


 胸元のポケットからくしゃくしゃの紙切れを取り出し、手のひらの上で皺を広げた。

 そこに記されている地図通りに来たはずであるからおそらく間違いないはずなのだが、不慣れな土地ということもあり、ハルカは何度も頷きながら再確認した。

 転移門、という名から物々しい門構えを想像していたハルカであったが、実物は案外小ぢんまりとしている。

 碑上の石板にはみみずののたくったような文字──古代文字と呼ぶらしい──が刻まれていた。


「あとは、手順通りに、っと」


 ハルカは石板に手をかざし、やや緊張した面持ちで唇を開いた。


「──転移」


 その瞬間、広場からハルカの姿は跡形もなく消え失せていた。


 *****


 ぐるりと世界が反転する錯覚。

 直後、ハルカは先刻の広場から別の場所に移動していた。


「ここは……」


 転移門を中心とした湖上の浮島に、ハルカはぽつねんと立っていた。

 人工的に作られたものだろうか、門と同じ材質で造られた浮島は美しい円形で、一度に四、五十人は立てるほどの面積はある。

 眼前には城のような学園の校舎。

 浮島からは木製の桟橋が伸びていて、学園の前庭へと続いていた。


 校舎の前に、シルエットが二つ──長身の偉丈夫と小柄な女性のものだ。

 桟橋を渡るハルカはため息をつきながら、その人影に近づいていった。


「ようこそ、ハルカ・ユウキ。ユーリアス共和国が誇る最高学府、クライア学園へ」


 灰金色の長髪をなびかせ、その逞しい老人は目を細めて笑った。


「改めて自己紹介しよう。私はアルフ・サイオス。連合の総統補佐も務めておるが、この学園の長が本職なのだよ」


 アルフはすっとハルカに手を差し出した。

 ハルカもアルフに応じ、握手を交わす。


「そして──」


 アルフはちらと側に立つ小柄な少女に目配せをする。

 空色の蒼い髪、海底色の濃紺の瞳、そして精霊族特有の長い耳には片方だけ、紅いピアスが揺れていた。


 ──……しれっとした顔しやがって。


 金糸で裾に刺繍を施したローブを身に纏った少女はにこりと笑い、小首を傾げた。

 ハルカの処遇が決まったあの日、彼女はこう言ったのだ。

 

『私も、学園へ行きます。だって……あなたを任されていますから』


 けれども、まさかこういうことだとは、ハルカは想定していなかった。

 確かに、彼女は生徒として(・・・・・)学園に行くとは、一言も言わなかった。

 青の少女は一歩前に進み、片手を胸元に当てた。


「この度、歴史と召喚術の担当としてこの学園で教鞭をとることになりました……ポラジット・デュロイです」


 ──ったく、俺は聞いてねぇぞ⁉︎


 柔らかな表情で笑むポラジットを、ハルカは恨みがましい目つきでじっとりと睨めつけた。

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