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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第15話:空路を駆けて

 総督府本部から離れ、どれほど時間が経っただろう。

 随分と経った気もするし、そうでもない気もする。


 ハルカはヒッポグリフの背に跨り、空を駆ける。

 そして、眼下に広がるアイルディアの大地を見やった。


 青々と茂った森、活気に溢れた街、煌めき透き通る海。

 元いた世界とは種族も文化も全く異なる世界。

 しかし、目の前に広がる自然だけは、ハルカの世界のそれと変わらない。

 いや……アイルディアの方が自然と調和した生活を営んでいるのかもしれない。

 

 少し落ち着きを取り戻したハルカは、空を渡りながら元の世界へ思いを馳せた。

 あの後、みんなどうなったのだろうか。

 

(夏兄に、悟……。無事だよな……?)


 ヒッポグリフのたてがみを強く握る。

 万が一、彼らも召喚に巻き込まれていたら、と想像するだけで体が震えた。


 自分は酷い目に遭いながらも、何とかここまでやってきた。

 それは単に、不運の中にも幸運な出会いがあったからに他ならない。


(それとも、いなくなった俺を探してくれているのかな)


 朝の通勤ラッシュの真っ只中、突如姿を消したハルカ。

 元の世界に残された家族たちはどれほど心配しているだろうか。

 召喚されてから、すでに五日が経過している。

 きっと、警察沙汰になり、家族の周囲は大混乱になっているに違いない。


 早く帰らねば……と焦りばかりがハルカの心を埋め尽くす。

 帰還する方法がない今、足掻いても仕方のないことだ、と分かっていても割り切れない。


(いっそ、あのまま殺されていたら……?)


 還ることができたのかもしれない。

 ハルカは頭を振り、その恐ろしい考えを振り切った。

 

 その時、ガクン、とヒッポグリフが高度を落とした。

 あまりの急なことに、ハルカはヒッポグリフの体にしがみつく。

 手枷が邪魔で、しっかりと掴むことはできなかったが、ハルカの怯えを察知したヒッポグリフは緩やかに空を旋回した。

 

 森の一角、岩肌が見え隠れする谷間に近づいていく。

 ヒッポグリフは木々の間を縫うように飛び、谷間すれすれのところで羽根を広げて着地した。

 クルクル、と喉を鳴らし体を震わせ、腹ばいになった。

 どうやら、ハルカに降りるよう促しているらしい。


 ハルカはその背から降りると、正面に回った。

 ヒッポグリフは首をかしげ、大きな目でハルカを見つめる。


「ありがとな、助かったよ」


 ハルカはポンポン、とヒッポグリフの喉元に優しく触れた。

 ヒッポグリフは目を細め、ハルカの肩口に頭を擦り付ける。

 触れたところから熱が伝わり、召喚獣であるヒッポグリフもまた生きているのだと実感する。


「ピィィ──」


 ヒッポグリフは、細く長く鳴き、その場で立ち上がった。

 くるりとハルカに背を向け、のそのそと歩き出す。

 

(ついて来い、ってことか?)


 ゆっくりとした歩みであるが、その一歩一歩の歩幅は大きく、ぼぅっとしていると置いていかれそうだ。

 ハルカは小走りでヒッポグリフを追った。


 ヒッポグリフの後について行くこと数分。

 岩肌の裂け目のようなものが見えた。

 ヒッポグリフはその裂け目の前で立ち止まり、ハルカの姿を確認するように振り向いた。

 

「洞穴……?」


 黒い裂け目の入り口から、ハルカは中を覗き込む。

 ハルカの背より、少し高いくらいの高さの洞穴だ。

 ヒッポグリフはくい、と洞穴を指して顎を上げた。

 入れ、という指示なのだろう。

 ハルカは少し身を屈め、恐る恐る中へと進んだ。


「ピィィ!」


 ヒッポグリフは満足気に高く鳴くと、再びハルカに背を向け、その場に屈みこんでしまった。


「お、おい。お前は来ないのか?」

「ピピッ」


 短い声で鳴き、ヒッポグリフは頷く。

 入り口で躊躇するハルカを見たヒッポグリフは、体を起こし、ぐいぐいと頭でハルカの体を押しやる。


「分かった、分かったよ! だから押すなって!」


 ハルカは鷲の頭を手で押し退け、洞穴の奥へと進んだ。

 

 洞穴、と言っても奥行きはさほどなく、あっという間に最奥へと到達した。

 振り返っても、入り口から差し込む光とヒッポグリフの白い尻が見えるくらいのものだ。

 ヒッポグリフの姿が見えることに安堵しながら、ハルカはその場に座り込んだ。

 

 気を抜いた途端、ぐぅぅ、と腹が鳴る。

 どんな非常事態でも、腹は減るのか、とハルカは苦笑した。


 からりとした風が吹き込み、ハルカの汗を乾かしていく。

 はたはたと制服の中に風を送り込みながら、この五日で随分とこの制服もくたびれてしまった、と取り留めのないことを思った。

 唯一、自分がこの世界の人間ではないことを証明するもののような気がして、ぼんやりとブレザーを見つめた。


 洞穴の中はひんやりと心地よく、ハルカの火照った体を穏やかに冷ましていく。

 瞼は次第に重みを増していった。


(あぁ、ねみぃ……)


 ハルカは束の間の休息に身を委ね、そっと眠りについた。


 *****


 ひゅう、と一陣の風が吹く。

 その冷たさに身震いする。


「あ、俺……」


(寝ちまってたのか)


 ハルカはごしごしと手の甲で目をこすった。


 洞穴の中がやけに暗い。

 日が落ちるまで眠りこけてしまったのか、と思ったが、遠くからしとしとと雨が滴る音が聞こえた。

 いつの間にか雨が降り始めていたようだ。

 

 気温も下がり、洞穴内は少し肌寒い。

 ヒッポグリフは雨に打たれたまま、入り口を守り続けているのだろうか。

 せめて雨のかからない所へ、とヒッポグリフの方に目をやる。

 ……が。


(ヒッポグリフが……いない!?)


 眠ってしまう前には、あったはずのヒッポグリフの姿がなかった。

 ハルカは慌てて立ち上がり、転がるように入り口へと走り出る。


「ヒッポグリフっ!!」


 外へ出たハルカは、ぐるりと周囲を見回した。

 正面には濃緑の森、左右にははげた岩肌と赤茶けた石ころが転がっているばかりだ。

 あの大きな召喚獣は羽根一つ残さず、消えてしまっていた。


(まさか、追っ手にやられたのか……!?)


 総督府本部から追っ手が差し向けられていても不思議ではない。

 ポラジットの召喚したヒッポグリフはあの時、多くの兵たちの目に留まったはずだ。

 見つかれば、間違いなく攻撃対象になる。


(ならば、この辺りに兵が潜んでいる……?)


 ハルカは目を凝らす。

 神経を研ぎ澄ませ、物音一つ聞き逃すまいと耳をそばだてる。


 サァァ……と細かな霧状の雨の音がする。

 あとは自身の心音しか聞こえない。

 

 じっとりとハルカの肩口が濡れた。

 雨で濡れた髪からは、透明な雨の雫がぽたぽたと滴る。


「……ふっ」


 知らず、呼吸を止めていたのか、ハルカは新たな酸素を求め、喘ぐように短く息を吸った。

 緊張で心臓が爆発しそうだ。


 その時、ゴウッと風が巻き上がった。

 

(上かっ!?)


 ハルカはバッと上空へ視線を向け、身構えた。

 頭上にあるのは竜の影。

 悪天候のせいで、視界がはっきりしないが、竜は確かにハルカめがけて接近しつつある。


「誰だ……っ!」


 声を荒げ、竜に怒鳴りつける。

 しかし、同時に体が恐怖で震えた。


(俺一人で相手できるのか……!?)


 味方はどこにもいない。

 ハルカはきつく下唇を噛んだ。


 竜がハルカの目の前に着陸する。

 風圧に耐えかね、ハルカはギュッと目を閉じる。

 手枷のついた不自由な両手で顔を覆った。



「やっと……見つけた!」



 この世界に来てから、幾度となく自分を救った少女の声。

 ハルカは面を上げ、竜の背にまたがる人影に目をやった。

 

 晴れ渡る空のような青い髪。

 深い海の底のような青い瞳。


 純白のローブに身を包んだ彼女は、ハルカの姿を認めるやいなや、柔らかく微笑んだ。


「よく、ご無事で……ハルカ」


 どれほど彼女の存在が支えになっていたのだろうか。

 彼女の笑顔がハルカの緊張を解いていく。

 

 そして、ハルカは震えた声で、青の召喚士の名を呼んだ。


「ポラジット──」

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