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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第14話:木漏れ日の森

 木漏れ日がポラジットの足元を照らす。

 のどかな森の片隅で、ポラジットは木の下にうずくまり、身を隠した。


 遠くで兵士たちが自分を探す声が聞こえる。

 見つからぬよう息を潜めるが、その吐息は小さく震えていた。


 体力の消耗が激しい。

 あれほどの大立ち回りの後とあっては、それも仕方なかった。

 逃げ込んだ場所は「森」とは言うものの、それは名ばかりで、総督府本部の敷地周囲に小さく広がっているだけの庭のようなものだ。

 包囲網が縮まっていけば、容易に見つかってしまうだろう。

 体力を回復できる時間はそう残されてはいない。

 

(逃げる方法を、考えなきゃ……)


 老師がいれば、と無駄な仮定ばかりが頭の中をかすめていく。

 ダヤン・サイオスの愛弟子などという肩書きは最早意味をなさなかった。

 別にダヤンの威光を傘に、ふんぞり返っていたわけではない。

 だが、ダヤンの存在に……無意識とはいえ、依存していたことは事実だ。


(老師なら、どうされますか……?)


 すでにこの世を去った師に語りかける。

 ポラジットは膝に顔を埋め、ぎゅっと自分の体を抱いた。


 その時……ガサリ、と葉擦れの音がした。


「稀代の召喚士、ダヤン・サイオスの愛弟子ともあろう者が随分と気弱だな、ポラジット」

「……っ!」


 正面からの声に、ポラジットはすぐさま立ち上がり、杖を構える。

 

「私の気配を見落とすようでは……この先、我らが連合軍から逃げ切れるかは分からんな」

「ライラ……オーディル副官……」


 油断した、とポラジットは歯噛みした。

 ライラが近づく気配は微塵も感じられなかった。

 あの会議場の傍聴席にはライラがいたのだ。

 ポラジットはそのことを完全に失念していた。


「ポラジット、おいらも忘れてもらっちゃ困るなぁ~」


 頭上から声がする。

 ポラジットは木から飛び退き、声のした方を見やった。


「ハロルド将軍……!」


 羊の耳をした獣人──ハロルド・ドリスの姿が樹上にあった。

 ハロルドは大柄な体に似合わず、絶妙なバランス感覚でもって、細い枝の根元にしゃがみこんでいる。

 ひらひらと呑気に手を振りながら笑う姿とは裏腹に、そこには寸分の隙もない。


「ポラジット・デュロイを確保せよ。総督府本部から、正式に連合軍に通達があった。つまり、この私が指揮官として君を追うということだ」

「だけど、これってもうチェックメイトってやつだよねぇ。ライラとおいらから逃げられるって……本気で思う?」


 そう言うと、ハロルドは両脇のホルスターに手をかける。

 金の銃身が鈍く光り、チカチカと陽光を反射した。


 四将軍の二人を相手に戦っても勝機はない。

 それはポラジットも重々承知していた。

 ライラがスラリと腰にはいた剣を抜く。


 痛い目を見るのは自分の方だ。

 大人しく投降するのが、互いのためにもいい。


(けれども……)


「逃げられないのなら、お二人と戦うまで」

 

 手が白くなるほど、きつく杖を握る。

 退くくらいならば、初めからハルカを逃がそうなどとは思わない。

 何があっても背を向けないと決めたからこそ、こうして戦っているのだ。


 ピンと張り詰めた糸のような、痛いくらいの沈黙。


「ふっ……」


 ライラの口の端が歪む。

 そして……。


「はは……はははははっ‼︎」


 いきなり大口を開けて笑い出したライラに、ポラジットは面喰らう。


「ぷ……あ〜ははははっ‼︎」


 目を丸くしたポラジットを見て、ハロルドもまた大声で笑い出した。

 ハロルドは樹上から身を翻し、ライラの少し後ろにヒラリと着地する。

 

「その意気やよし! ……とダヤン様なら言っただろうか。なぁ、ハロルド」

「草葉の陰で泣いてるんじゃないかなぁ、きっと。愛弟子の成長っぷりに」

「それにしても見事だったな、術力無効空間を破るだなんて。その無鉄砲なところ、ダヤン様譲りだな」

「おいらもびっくりしたなぁ、あんな強引にくるなんて」

「な……お二人とも、どういうおつもりですかっ!」


 ポラジットは顔を真っ赤にしながら、和気あいあいと盛り上がる二人に食ってかかった。

 ライラはすまない、と言いながら、笑いすぎたあまり目尻に浮かんだ涙を拭う。


「ポラジット、君の覚悟を見せてもらいたかっただけだ。私たちは……君を捕らえる気は、ない」

「え……?」


 予想外の言葉に、ポラジットは戸惑いを隠せなかった。

 ライラはハロルドに目配せし、頷き合う。


「今回の連合議会、裏があると思って間違いないだろう。おそらく、アルフ様以外の議員は買収されているか、あるいは弱みを握られているか……」

「おいらが思うに、クレイブ・タナス……奴が他の議員に干渉しているはずだ。確証はないけどね」


 クレイブ・タナス……、とポラジットは呟いた。


 ハロルドの言う通り、クレイブの提案から、議会は妙な方向へと進み始めた。

 おかしいと思いながらも、傍聴席で静観していたのは、他の議員がそのような無謀な提案に賛成するわけがない、と信じていたからだ。

 しかし、採決の結果は……まさかの賛成票多数。

 クレイブによって票が操作されていた、と考えれば合点がいった。


「証拠がない以上、我々としても表立ってクレイブを黒だと言うわけにはいかない。証拠を見つける時間が必要だ」


 ライラはそう言うと、召喚サモンと小さく唱える。

 ポラジットとライラたちの間に魔法陣が浮かび、そこから赤銅色の小型の翼竜が現れた。


「行け、ポラジット。我々が証拠を掴むまでの間、彼と……ハルカ・ユウキと逃げるんだ」

「必ず、クレイブの首根っこを引っ捕まえてやるからさ。おいらたちを信じてほしい」

「ライラ副官、ハロルド将軍……」


 二人の目には一点の曇りもない。

 ポラジットは海底色の瞳で二人を見つめ返すと、翼竜の背に触れた。

 翼竜は喉を鳴らしながら、ポラジットに顔を寄せる。

 

「幻獣召喚の飛鷲馬ヒッポグリフに比べて、翼竜こいつもろい。おそらく、一度か二度、物理的な衝撃を受ければすぐに還ってしまうだろう」


 簡易召喚による召喚獣は、幻獣召喚のそれと比較すると、耐久力の面でも攻撃力の面でも圧倒的に劣る。

 また、召喚獣の能力は一部、術者の能力に依存する。

 そのため、召喚士のびだしたものと、それ以外の者が喚びだしたものとでは、さらに力に差が出た。


「あくまで、こいつは逃げるための足に過ぎない。あまり当てにするな」


 ポラジットは分かりました、と短く返事をした。


「ヒッポグリフを喚び出している以上、術者である君には相当の負荷がかかっているはずだ。くれぐれも……無茶だけはするな」

「万が一の時には、自分の身の安全を優先するんだ。ポラジットに何かあったら……おいら、ダヤン様に申し訳が立たないからね」


 鞍のあぶみに足をかけ、ポラジットは翼竜にまたがった。

 右手で手綱を、左手で杖を握る。

 ほんの少し、ライラたちより視線の位置が高くなったポラジットは、二人を心持ち見下ろし、軽く微笑んだ。


「ありがとうございます。私、必ず……彼を守ります」


 次の瞬間、ポラジットの目は鋭く、冷たい色を帯びる。

 何としてでもこの任務を成し遂げる。

 彼女の決意の表れだった。


「行きます!」


 ポラジットは強く翼竜の腹を蹴る。

 翼竜は翼を広げ、大きく羽ばたいた。

 地面を一蹴りし、ポラジットを乗せた竜は瞬く間に高度を上げる。


(待っていて……ハルカ)


 胸の中で、少年の名を呼ぶ。

 青い空が迫るにつれ、眼下の緑が霞んでいく。


 もっと速く、とポラジットはもう一度、翼竜の腹を打った。

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