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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第12話:宣告

(どういうことなんだよ……)


 ハルカの目の前で行われている議論。

 本人を置き去りにしたそれは、恐ろしい勢いで加速していった。

 末梢血管が収縮し、手指の先が冷たくなる。

 悪い夢だと誰か言ってくれ、と叫びたくて仕方がなかった。

 しかし、からからに乾いた喉からは、情けないことに唸り声一つ発することができず、ハルカは柵に背をもたせかけて立っているのがやっとだった。


「結果はこの燭台の灯りの数で示される。此度の場合……クレイブ・タナス議員の案に賛成票を投じた者の数だけ、燭台に火がともることになる」


 中央にいるアルフの背後に、白銀の燭台が運ばれてきた。

 ハルカの肩幅ほどのそれには九本の蝋燭が立てられていて、それらはすべて真新しい。

 九本の内、五本に灯りがともれば、ハルカの『処刑』が決定してしまう。

 議員の前でぼんやりと光る魔法陣は、早く票を投じろと言わんばかりに明滅を繰り返した。


 自分は確かに生きている。

 ここが本来の自分の世界であろうがなかろうが、ハルカは命を持った人間だ。

 召喚獣が元の世界に帰還する方法の一つに『死』があるとしても、ハルカにとってはあまりにも残酷な話だった。


 それに、あくまでアイルディアの人間がそう言っているに過ぎないのだ。

 彼らの中で、ハルカ側の世界を訪れ、召喚獣の帰還を確かめた者など……果たして存在するのだろうか。

 そんな不確かな手段で送り返されるのは願い下げだ。

 道を開く力があるのならば、来た時と同じように道を開いてもらいたい……ただそれだけだというのに。


(どうして殺されなきゃならないんだ……っ!)


 議員たちは目を伏せ、ハルカの視線を正面から受け止めようとはしなかった。

 一人、アルフ・サイオスだけが、ハルカを静かに見つめていた。


 魔法陣の上に一人、また一人と手をかざす。

 それぞれの意思を受け取った魔法陣は、くるりと回転すると円の中心に収束するように消えていった。

 すべての議員が票を投じ終え、会議場内がしんと静まりかえる。

 アルフは法衣の袖を僅かに捲り上げ、燭台を手に取った。


「集計が終わったようだ……。燭台よ……我らに示せ」


 アルフは燭台を頭上に掲げ、そっと手を離す。

 燭台は重力に抗い、ふわりと浮かび上がると議員たちとハルカとの間にゆらゆらと移動した。

 そして──蝋燭の一本に火が灯った。


「……っ!」


 ハルカは奥歯を噛み締めた。

 紅の炎がちろちろと揺れるのを見ていると目眩がする。

 この一票だけで終わりますように……そう願った矢先、ハルカの願いは粉々に打ち砕かれた。


 ポッ、ポッ、ポッ……と次々に蝋燭に火がつく。

 血のように赤い炎がハルカの眼前に並ぶ。


「そんな……八本の蝋燭に……」


 灯ったあかりの数は八。

 ハルカの『処刑』に反対したのはたった一人だけだった。


「はははははっ! アルフ・サイオス総統補佐代理よ! やはり良識ある議員諸君は哀れな少年を利用することなどできないのだよ! 死をもって還す……それが最善の一手なのだ!」


 クレイブの哄笑が響く。

 鼓膜を震わすその声は耳障りで、ハルカは思わずかぶりを振った。


「さぁ、早く! 早く採決結果を発表してはくれまいか! 議長として!」


 アルフの頬を一筋の汗が伝った。

 眉間に深く刻まれた皺はほんの少し、ひくついている。

 反対票を投じ、自分の命を守ろうとしてくれたのはアルフだけだったのだ、と気づく。


 口ごもるアルフをクレイブが急かした。

 さぁ、さぁ、と血走った目でアルフを追い詰めながら。


 その時。

 ハルカの後方でカタリ、と誰かが立ち上がる音がした。

 右後方、出口に最も近い席に彼女──ポラジットが佇んでいた。

 白いローブがひら、とはためき、張り詰めていた会議場の空気が動く。

 ポラジットはその場で立ったまま、クレイブを一瞥し、アルフに体を向けた。


「アルフ・サイオス議長。この採決、無効にすることはできませんか」


(あいつ、何を……)


 毅然と立ち向かうポラジットを見つめる。

 彼女の青い瞳と視線が交わった。


「おや……君は確か、亡きダヤン・サイオスの愛弟子……ポラジット・デュロイ三級召喚士だったかな。いくらダヤン・サイオスの秘蔵っ子だからと言って、このような場でそんな駄々をこねるなど……君の師の品位が問われることになるのではないかね」

「アルフ議長。無効にできませんか」


 ポラジットはクレイブの忠告を無視し、再度アルフに問いかけた。

 邪険に扱われたクレイブは顔を真っ赤にし、つかつかと傍聴席のポラジットに詰め寄る。


「そのようなことをできるわけがなかろう! 戯言も大概にするがよい!」

「クレイブ・タナス議員、私は議長に尋ねているのです」

「……この小娘……!」


 ポラジットは真っ向からクレイブに言い放つ。

 ポラジットの発言に驚いた様子のアルフだったが、小さく首を横に振り、薄い唇を開いた。


「ポラジット・デュロイ三級召喚士よ……。決定を無効にすることはできぬ。これは公平な審議の……結果なのだよ」

「そう、ですか」


 アルフの答えに、ハルカは絶望した。

 無効だ、と言ってくれたら……小さな希望の芽は刈り取られ、ハルカの心は荒んでいく。


(やっぱり、信用なんてできねぇよ……)


「では、仕方ありません」


 ポラジットが耳のピアスに触れながら、不敵に微笑む。

 ポラジットの両耳を飾る赤い石のピアスは、透き通った青い髪と対照的に情熱的な色だ。

 彼女の笑みは何を意味しているのか、ハルカにはさっぱり分からなかった。


 ……が、その直後、ハルカはそれを思い知ることになる。


 ピンッ、と細い音が響いた。

 ポラジットは右耳のピアスについていた石を引きちぎったのだ。

 わざと留め具を緩くしておいたのか、尖った耳先に金具だけを残し、赤い石はポラジットの手の平の上で転がる。


「私がハルカを、解放します」


 ポラジットは赤い石を中空へ放り投げる。

 石は緩やかな放物線を描き、浮遊したままの蝋燭の炎の中へと落ちた。


 その刹那、蝋燭の炎はゴオオォォッと勢いを増し、炎の柱と化す。


「なっ……!」


 クレイブはペタリとその場にへたり込んだ。

 一本だけだったものは隣、またその隣の蝋燭へと火を移し、瞬く間に八本の焔柱となる。


「蒼穹の杖よ……我が手に!」


 ポラジットは愛杖の名を叫ぶ。

 青い流星のように飛んできた光は、主人の手におさまると一振りの美しい杖の姿を取った。

 

「まさか……術力無効空間で杖を呼び出せるはずなど……何故!?」


 クレイブは法衣の裾を両手で捲り上げながら叫んだ。

 あたふたと狼狽えるその姿には、先ほどの自信に満ちた面影は欠片もない。

 騒めく会議場内で、ポラジットは高らかに唱える。


召喚サモン! 幻獣・飛鷲馬ヒッポグリフ!」


 地面に浮かんだ緑の魔法陣。

 その中央から、鷲の顔と翼を持った馬が現れた。

 首元までは茶色の羽毛に覆われていて、胸から下は白い馬の体だ。


「ピイィィィィッ!」


 ヒッポグリフは甲高い声で鳴き、ポラジットに頭を擦り付けた。


「ヒッポグリフ! ハルカを……!」


 混乱していた兵士たちが正気に戻る。

 騒ぎを起こした張本人、ポラジットを指差し、剣を抜いた。

 

「ちょっと待て、お前は……!? お前はどうするんだよ!!」


 ヒッポグリフは手枷をはめられたハルカの腕の下に頭をくぐらせ、ぐいと頭を持ち上げる。

 ハルカの体は軽々と浮き、ヒッポグリフの背に担がれた。

 体をくの字にした、不自然な体勢のまま、ハルカはヒッポグリフの上で叫んだ。


「私は大丈夫。……お逃げなさい、ハルカ」

「大丈夫なわけねぇだろ!! お前も早く!」

「必ず追いつきます。だから……」


 兵士たちが迫る。

 ポラジットはハルカを背に庇い、杖を構え直す。


 ヒッポグリフはハルカを背に走り出した。

 会議場の扉に体当たりし、強引に扉を破る。

 

「行きなさい! ヒッポグリフ!」


 扉のすぐ側にある大窓に、ヒッポグリフは頭から突っ込んだ。

 割れたガラス片が散り、ハルカの皮膚をかすめる。

 裂けた所から血が滲んだが、今はどうでもよかった。


 ポラジットの足元に青い魔法陣が広がる。

 魔法での迎撃態勢──彼女は戦う気なのだ。


「ポラジット!!」


 たまらず彼女の名を呼ぶ。


「行ってえええぇぇっ!」



 空へと飛び立つヒッポグリフ。

 ハルカは小さく遠くなっていくポラジットを見つめることしかできなかった。

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