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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第11話:連合議会

 ハルカは覚悟を決めた表情をしていた。

 大会議室の入り口を真っ直ぐ進み、中央の壇をあがる。

 兵士たちはハルカが壇に登ったことを確認すると、柵の扉を閉め、カチリと鍵をかけた。


 ポラジットはハルカの背を見送りながら、胸元をぐっと抑えた。そして、腹を括る。

 ハルカと同じように入り口を抜け、壇上ではなく……端の傍聴席へと歩を進めた。

 一番入り口に近い席の前に立ち止まり、腰を下ろす。


「それでは……臨時連合議会を開催する。議長は私、リーバルト連合総統補佐代理、アルフ・サイオスが務める」


 アルフの宣言を合図に、大会議室の扉が動き始めた。

 重々しい音を立て、扉は固く閉ざされた。


 最上段の壇上、中央にはアルフ、その両脇に四人ずつ各種族の議員が並んでいる。

 向かって左は上院所属の議員、右は下院所属の議員だ。


 アルフは眼鏡をかけ、手元の書類を確認する。

 おそらく、究極召喚獣・バハムートに関する記録、そしてライラが提出した報告書の類だろう。


(アルフ様ならば、ライラ副官の上申を受け入れてくださるはず……)


 ライラは報告書で召喚教会への取次を提案したらしい。

 これはハロルドから聞いた話だから、確かな情報だ。

 ポラジットは祈るようにアルフを見つめた。


「まず、ライラ・オーディル将軍より、究極召喚獣・バハムートについての報告があがっておる。バハムート……名をハルカ・ユウキ。相違ないか」


 アルフの問いに、ハルカはこくりと頷いた。

 それを確認したアルフも同じく頷くと、手元の書類を脇によけ、机上で手を組んだ。


「将軍より上申があった。ハルカ・ユウキを召喚教会へ引き渡すこと。……だが、残念ながら、召喚教会はハルカ・ユウキの身柄引き受けを拒否した」

「……なっ……!」


 なんで、という言葉がハルカの口から発せられる前に、護衛の兵士が槍先をハルカに突きつける。

 発言は許可されていない、と兵士たちはハルカに警告した。

 ポラジットはその粗暴な扱いに異を唱えようとしたが、自分もまた、発言を許可されていないと思い至り、すんでのところで言葉を飲み込む。


「故に、一旦は我々、リーバルト連合で彼の身柄を保護する、というのが最も妥当だと私は考えておる。……異論はござらぬか」


 アルフはその場に居合わせた面々の顔をつぶさに見回した。

 異論などないだろう……ポラジットはそう思っていた。

 場はしんと静まり返り、会議はこれで閉会か、と誰もが感じていた。



「少し、よろしいですかな」



 沈黙が破られた。

 上院側の議員が一人、ニコリと笑いながら手を上げている。


「魔族代表上院議員……クレイブ・タナス議員。いかがなされた」


 老紳士、といった風貌の男──クレイブ・タナスが立ち上がった。

 鷲鼻の先をつんと上げ、クレイブはハルカを見下ろした。

 法衣の下から覗く枯れ枝のような指でハルカの顔を指差す。


「バハムート、ハルカ・ユウキよ……。そなたは元の世界に還りたい、と。そう申しておるそうではないか。それはまことか? 答えよ」


 ハルカは両手で柵を握りしめる。

 そして意を決したように面を上げ、声高に答えた。


「ああ……そうだ……俺は元の世界に還りたい! それだけが望みだ!」


 クレイブはその言葉を待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべ、パンッと手を打ち鳴らした。

 両腕を大きく広げ、舞台で演じている俳優めいた口振りでまくしたてる。


「皆さん、聞きましたか! バハムートの言葉を、彼の望みを!」


 オーバーな仕草で天井を見上げ、クレイブは壇を下りた。

 一段一段ゆっくりと足を進め、その細い体からは考えられないほどの大音声で訴える。


「あぁ……連合のためを思えば、彼の力を利用したい、というのも道理でありましょう。ですが、報告書によれば、彼は力の制御すらできず、自身が召喚獣である自覚もない、と。なんと気の毒なことよ! 見知らぬ地で利用されようとする若き少年……私はできることならば彼を還してやりたい!」


 その不自然なパフォーマンスに、ポラジットは眉をひそめた。


 ハルカの存在には不確定要素が多い。

 彼が本当にバハムートであるのかも定かではないし、ましてや召喚獣として不安定な彼が無事に帰還する方法など、皆目見当がつかない。

 しかし、クレイブの口振りは、まるでハルカを還す方法を知っているかのようだ。


(どういうつもりなの、クレイブ・タナス議員)


 クレイブはバハムートという危険要因に臆することなくハルカの正面に立ち、小さく首を傾げた。


「私はね、君の力になりたい……。多少荒っぽい手段にはなるが、君を元の世界に還す方法を……私は思いついてしまったのだよ」


 ピクリ、とハルカの肩が震える。

 ハルカの少し後ろから様子を見守っていたポラジットは、クレイブの目が鋭く光ったのを見逃さなかった。



「そう……君を、処刑すればよいのだ」



 ゾワリと寒気がし、両腕に鳥肌がたった。

 クレイブはハルカにグイと顔を近づけ、固まったハルカの目を覗き込んだ。


「知っているかい、バハムートよ。召喚獣が元の世界に還る方法は三つ。術者の手による送還、術者の命令の完遂……そして、最後の一つ、召喚獣自身の死……」


 クレイブはあぁ、と目を閉じて溜息をつき、背後に並ぶ議員たちへと振り返った。


「これは……処刑とは言い方がよろしくなかったですかな。そう、安楽死、とでも言い換えた方が適切でしょうか」


 クレイブの言葉に痺れを切らしたハロルドが立ち上がった。

 ライラがハロルドを制し、彼の腕を掴んだが、ハロルドはライラの手を振り払うと、クレイブに猛然と抗議した。


「異議あり! ハルカは召喚獣として不安定であります。そんな彼に安楽死など……」

「黙りたまえ。半人半獣の……獣人風情が口を出すでない」


 冷たく言い放ったクレイブに、口ごもるハロルド。

 しかし、隣のライラも耐えきれないとばかりに席を立った。

 傍聴席が騒然となる。


「お言葉ですがクレイブ・タナス議員。我々竜騎族も半人半竜の身。そのような差別的な発言は議員としていかがなものか。ハロルド・ドリス将軍のご意見は最もであると、私も同意見であります」

「ライラ・オーディル将軍よ……竜と獣では格が違う。そのように一緒くたにするのは感心しませんな」


 それはともかく……、とクレイブは咳払いをした。


「勘違いなさらぬ方がよい。決定権を有しているのは、八人の代表議員と総統補佐代理。君たち軍人ごときがいくら口を出そうとて、問題ではないのだよ」


 ライラとハロルドは口を引き結んだまま、クレイブを睨みつけた。

 クレイブはそれを涼しげな顔で受け流し、再びハルカに向き直る。


「俺は……死ぬだなんて……! 他に方法があるんじゃねぇのか! もう一度教会ってやつにかけ合ってくれよ……!」


 必死の叫び声が会議場にこだまする。

 ハルカは柵を揺すり、クレイブに懇願した。

 兵士たちがクレイブを守るため、ハルカの前で槍を交差させる。

 その交わる槍の向こうから、クレイブは無情に言い渡した。


「いいかい、バハムート。念のために君にも言っておくが、君にも決定権はないのだよ」

「……っ!」


 ハルカはふらりと後ずさり、トン……と柵に背をつけた。


「すまぬが、よろしいかね、クレイブ・タナス議員」


 クレイブの独壇場を打ち破ったのは、アルフの一声だった。

 クレイブは一瞬、忌々しげに頬を歪めたが、すぐに表情を戻す。


「ええ、アルフ・サイオス総統補佐代理」

「バハムートは《主》不在の召喚獣。不安定な彼にそのような措置を取り、力が暴発すればどのようなことになるか……。それに、報告書によれば力の発動条件は、バハムート自身の生命の危機、とある。貴公は理解しておられるのか」


 非難めいた口調でアルフは言う。

 もちろん、とクレイブは嘘くさい笑顔を見せ、アルフに一礼した。


「生命の危険を感じさせずに死に至らしめる方法など、この世にはごまんとありましょう……。私はあくまで、彼を安楽死させることを望んでいるのですから」


(タナス議員は狂っている……。召喚獣を死に追いやるだなんて……)


 ポラジットは静かに憤っていた。

 幼い頃から召喚獣とともにあったポラジットには、おおよそ考えられない発想だった。


 異世界の物をこの世界アイルディアに喚び出し、姿形と心を与える術――それが召喚術の基礎だ。

 簡易召喚と幻獣召喚に差はあれど、この世界での生を与えるという意味ではどちらも変わらない。


(ハルカは、バハムートではなく、ハルカそのものであるのに……)

 

 それに、クレイブの思惑はどこか別の所にあるような気がしてならなかった。

 ハルカの望みを叶えるためではなく、何としてでもハルカを葬り去りたい……そういう意図が感じられた。

 クレイブの思い通りにさせてはならない、ということだけは確かだ。


 ──万が一の時には、力づくでも。


 ポラジットの決意を余所に、クレイブは飄々と議員たちに訴えた。


「議論していても堂々巡りではありませんか。どうです……この辺りで投票と参りませぬか」


 クレイブはアルフに提案した。

 アルフは目を細め、クレイブを見据える。

 議員たちの眼前に、手の平ほどの大きさの魔法陣が現れた。


「よろしいでしょう。各々、賛成か反対か……魔法陣に手をかざしていただく」


 アルフの言葉に従い、議員たちは魔法陣に向かって、ゆっくりとその手を伸ばした。

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