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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第9話:明日に備えて

 天気は快晴。

 リーバルト連合総督府・デネアは深緑に包まれていた。

 青々と茂る木々の合間から、古びた建造物が見え隠れする。

 ポラジットの話では、歴史的にも価値のある街らしい。


 ハルカは独房の窓から空を仰ぎ、それから街を見下ろした。

 今まで見てきた港町や宿場町とは違う雰囲気だ。

 どちらかと言うと、セレブ御用達のリゾート地といったところだろうか。

 ゆるやかな時が流れ、あくせくした所など一つもない。

 


 朝一番に宿場町を出立したハルカたちは、昼前にはデネアに到着していた。

 竜馬車の箱の中が酒くさかったのを除けば、何も変わりなかった。

 ……ライラとハロルドは青ざめた顔で、始終口を覆ってはいたが。


 デネアに到着後、ハルカの身柄は一旦連合議会に引き渡され、会議場から少し離れた塔の最上階に案内された。

 塔は罪人を拘束するための牢屋の役割を果たしていたが、ライラの計らいで、比較的環境の整った一室をあてがわれた。


 独房、といっても、ここは身分の高い囚人が入る部屋のようだ。

 身の回りのものは最低限揃っていた。

 むしろ、昨日泊まった宿屋よりもいい部屋だ。

 もしも、これが泥臭い地下牢だったら……と思うと、ぞっとする。

 ハルカはライラの好意を純粋にありがたく思った。


 ハルカの監視役として、引き続きポラジットがついた。

 ポラジットは部屋の隅で、分厚い本を読んでいる。

 ライラとハロルドは報告のため、会議場内にある軍部の窓口へと向かったそうだ。


(俺の今後は連合議会の決定次第、って言ってたっけ……)


 自分の行く先を自分で決めることのできないもどかしさ。

 できるなら、このままここを飛び出して、召喚教会とやらに直接交渉にいきたいくらいなのだ。

 議会を通すのが一番手っ取り早いとライラは言っていたが、それもどこまで信頼できるかは分からない。


(必ずしも、俺の望んだ通りにいくとは限らない……)


 その時は……ここに留まる理由などなかった。

 ハルカは身一つで脱走することも考えていた。


(バハムートの力の使い方さえ分かれば……)


 自分でも信じられないが、あの巨大な海蛇を撃退できたくらいだ。

 力さえ使えれば、万が一兵士に囲まれても、十分やり合える自信があった。

 将軍クラスともなればそう簡単にはいかないだろうが、ある程度なら応戦できる。

 問題は力の発動条件だった。


 命の危機以外に発動の鍵が見つかれば、ハルカだけでもなんとか逃げきることができるだろう。

 しかし、いかんせんそれを探る時間がないのだ。

 ハルカは焦りを感じていた。


「ハルカ? どうしました? 具合でも悪いのですか?」


 本から視線を外し、ポラジットがハルカを見やる。

 ハルカはパッと窓から離れ、何でもないと手を振って見せた。


 還るためならば争うことも厭わない。

 還ることは自分にとっての最優先事項であり、その目的を貫き通すことに迷いはない。

 確かにライラやハロルドには随分よくしてもらったし、感謝もしている。

 だが、二人に薄情者と罵られようとも、もしもの時は彼らに牙を剥くことも辞さない覚悟だ。


(だけど……)


 手元の本を静かに閉じ、ハルカに笑顔を向けるポラジット。

 彼女と対峙した時、果たして自分は躊躇いなく武器を振るうことができるだろうか。

 同じ年頃、という接点しかない。言葉を交わしたこともわずかで、信用に足る人物とも言い切れるわけではない。けれど、何故か彼女をはねのける自信がない。


 昨夜の彼女の言葉を思い出す。

 私も、少しでも力になれるよう、頑張りますから……そう言ったポラジットの瞳に偽りなど感じられなかった。

 面と向かって、損得抜きでそう言ってくれたのは、彼女が初めてだったのだ。

 

「ハルカ?」

「あ……いや、何でもない。街並みを見ていただけだ」


 そうですか、とポラジットが小さく頷いた。


「ゆっくりできるのは今の内だけでしょうから……よく見ておいてくださいね。異世界から来た方には物珍しいものだらけでしょう?」


 クスクスと彼女は肩を揺らして笑った。

 宿屋で会話をした時から、ポラジットの態度が打ち解けたように感じる。

 それがハルカには少しくすぐったい。


 ポラジットはハルカの側に歩み寄り、並んで眼下を見渡した。

 それから、白く細い指が、円形の建物を指差す。


「あれが総督府本部です。あなたの処遇を決定する会議は明日、あそこで行われます」


 風が吹き、青い髪がなびいた。

 ふわりと広がる青が、ハルカの視界にちらつく。


「大丈夫。じきにこんな状況から解放されますよ」


 それは確かなのか、と問いかけ、口をつぐむ。

 彼女を押しのけてでも進む覚悟がある、と言い切れない自分がいる。


 そのことに……ハルカは気づいてしまった。


 *****


 アルフ・サイオスは執務室で、今朝方届いた書簡を見つめていた。

 その唇は震え、顔からは血の気が引いている。

 丸めた書簡を留めてあった麻紐が、アルフの手からハラリと落ちた。


 書簡に記されている内容はアルフが期待していたものとは一八〇度違うものだったのだ。


『究極召喚獣・バハムートの身柄引き受けを拒否する。

 召喚教会 第二〇八代教皇  トラヤルス・マクフィー』


「トラヤルス……」


 バハムートに関する知識は召喚教会だけが持ち得るものだった。

 危険な召喚術ゆえに、一部の上級召喚士にしか伝えられていないという。

 戦の鍵を握るバハムートをやすやすと異世界に帰還させるつもりは毛頭なかった。

 連合側につけてしまえば、これほど心強いことはない。


 しかし、ダヤン・サイオスを失った今、最強の召喚獣を使役するための術を持たないことも事実だった。

 またデネアに到着したライラ・オーディル将軍の話によれば、召喚獣にはバハムートの自覚がなく、力の制御もできていないとのことだった。

 だからこそ、アルフはいかなる事態にも対応し得るよう、召喚教会に助力を求めたのだった。


(今こそ教皇の力が必要だというのに……!)


 現存する歴史書にはバハムートに関する記述はない。

 あるのは究極召喚に成功した召喚士はいないという事実だけだ。

 有史以前、伝説の時代に喚び出されたことがあるというのは聞いていたが、確たる証拠などはない。


(なんと矛盾に満ちた話だ)


 アルフは書簡を握りしめた。

 そんな不確かな召喚術は存在するのか、と議論がなされたこともある。

 召喚教会からの回答はいつも同じだった。


『究極召喚術は存在する』


 今回、不完全ではあるが、兄のダヤンが究極召喚に成功してしまった。

 存在は証明されたのだ。


(トラヤルス、何を隠している……)


 情報を得るため、一時的に召喚教会にバハムートを保護してもらうよう打診したものの、それは叶わない。

 なぜ? と思うが、その理由に見当もつかない。

 召喚術の発展を目指す召喚教会であれば、逆にバハムートの保護は願ってもない話ではないのだろうか。

 学術的に研究する価値は大いにあるのだから。


 それでもバハムートの受け入れを拒否するのであれば、究極召喚に関する何かを隠匿しているとしか考えられなかった。

 アルフは再び、皺まみれの書簡を開いた。

 何度読み返しても、事実が覆ることはない。

 

「身勝手な……」


 そう呟き、はたと言葉を飲み込んだ。

 身勝手なのは誰だったのだろうか。


(兄上か? 自分か? 戦を起こしたすべての者か?)


 召喚教会はどの国にも属さず、中立の立場を貫き続けてきた。

 今回もそうだというのだろうか。バハムートを保護することが、連合にくみすることになると考えてのことなのだろうか。

 

「だとしたら……。我々もまた、身勝手ということ、か」


 日が沈み、東の空から紫が滲む。

 自分は総統補佐という立場に向いていないのかもしれない、とつくづく思う。

 他を顧みずとも、自陣営の利益を追求していかなければならないというのに、それがなかなかどうして難しいのだ。


 ため息をつき、アルフは書簡を文箱に放り込んだ。

 明日の会議のために、できるだけ究極召喚術に関する資料を集めなければならない。

 それが例え分かりきった事実であろうとも、そこに新たな発見が潜んでいるかもしれないのだ。


 今夜は徹夜になりそうだ、とアルフは独りごちた。

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