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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第8話:語らいのひととき(後編)

(ハロルドはどこ行ったんだよ……)


 ハルカは眉根をひそめ、ガシガシと頭をかいた。

 無理もない話だ……バスルームから出てきたところにポラジットが一人で立っていたのだから。

 ハロルドからは何も聞いていなかった。


 おどおどと立ち尽くすポラジットは昼間見た服装とは違っていた。

 白いローブは部屋に置いてきたのだろう。

 ローブよりも青みがかった白のブラウスに濃紺のキュロットスカート。

 ハルカが初めてポラジットに会った時よりも幼く見えた。


「あ、あの、私……」

「ハロルドは?」

「一杯飲んでくると言っていました。その間、留守番をしていて欲しいと……」


 ハルカは短く舌打ちした。

 呑気なものだと不満を言いたくもなる。

 テーブルの上にある水差しを取り、コップに水を注ぐ。

 隣にあった新しいコップを手に取り、同じように水を注いだ。


「ん。まぁ、座れば? 俺が言うのも変だけど」


 ハルカは二つのコップをテーブルに置き、自分は窓際のベッドにどさりと横たわった。

 ポラジットは躊躇いながらも部屋の中央の椅子にちょこんと腰かける。

 おずおずとコップを手に取り、かさついた唇を湿らせた。


「…………」

「…………」


 二人とも言葉を発することなく、気まずそうに視線を泳がせた。

 コップはどちらもすでに空っぽだ。

 手持ち無沙汰で、水を飲む以外にすることが思いつかない。

 またしても、先に口を開いたのはハルカの方だった。


「なぁ、召喚術について教えてくれよ。何も知らないままってのは……気持ち悪くてさ」


 ポリポリと頬を掻きながら、ポラジットに尋ねる。

 まだ、正面から彼女の目を見ることはできなかった。


 ポラジットの顔が一瞬明るくなる。

 話しかけてくれたことがそんなに嬉しかったのだろうか。

 ポラジットはコップを机に置くと、キュロットスカートの端をきゅっと握り、話し始めた。


「召喚術は大きく二つに大別されます。簡易召喚と幻獣召喚、この二つに」


 ハルカはふぅんと小さくうなり、ポラジットに話の続きを促した。


「簡易召喚は誰でもできる召喚術です。異世界から物を召喚し、それに新たな形をあたえるものです」


 ハルカはゆっくり一つ、頷く。


「もう一つ……幻獣召喚は異世界から特殊な能力を持つ召喚獣を召喚する方法です」

「俺、特殊能力なんてねぇけど」

「ですが、先の戦闘ではその片鱗を見ました……」


 ポラジットはハルカの目を見て、言葉を紡ぐ。


「幻獣召喚による召喚獣は、こちらの世界にやってきた瞬間に、何らかの力を与えられるのです。たとえ、あなた方の世界では何の力を持っていなかったとしても」


 ポラジットはちらりとハルカに視線を移した。

 自身を召喚獣と呼ばれることに違和感を感じるのか、ハルカはポラジットから目をそらす。


「幻獣召喚には一定の条件が揃っていなければなりません。術者が召喚士の資格を有していること、さらに召喚教会より授与された杖を持っていることです」


 ポラジットほ宙に手をかざし、手中に蒼穹の杖を呼び出す。


「杖は自ら術者を選びます。私はこの蒼穹の杖に選ばれました。たとえ召喚士の資格を持っていても、杖に選ばれなければ幻獣召喚は行えません。この二つの召喚術、召喚する対象に決定的な違いがあります」


 自分の得意分野についてだからだろうか、ポラジットはいつになく饒舌だった。

 移動中も、ハロルドやライラの話を聞き、頷いているだけだったポラジット。

 召喚術について語っている時は生き生きしていた。


「召喚対象があちらの世界で……生命体であったかどうかです。簡易召喚で召喚されるのは、あちらの世界で命を持たなかった物。幻獣召喚で呼ばれた召喚獣は魂を持っている者です」

「俺の世界での命……?」

「ハルカ、あなたはあちらの世界では何でしたか?」

「俺は、俺だ……。人間、だ」

「ハルカ、あなたはあちらの世界では魂を持った生命体だったのでしょう? 幻獣としての資格は十分に持っているのです」


 ポラジットは姿勢を正した。

 コップの中の氷がカラリと音を立てる。

 ハルカはライラが自分に蜥蜴の鱗を差し出したことを思い出した。


「ライラの竜馬車……確か、最後に蜥蜴の鱗になっちまったんだ。鱗は魂を持たない物……簡易召喚ってやつか」

「ええ、そうです。簡易召喚は召喚術の知識さえ持っていれば誰にでも使えます。大きな屋敷などでは、簡易召喚で喚んだ使用人もいます。生活のための召喚術、とでも言うのでしょうか……とにかく、簡易召喚は身近なものです」


 しんと部屋が静まりかえる。

 次に何を話すべきか、ポラジットは迷っているようだった。


「召喚獣が還る方法は三種類あると言われています。術者による強制送還、召喚獣による術者の命令の完遂、そして……召喚獣の死亡……」

「死亡?」


 ハルカはその言葉だけを繰り返した。

 ここまでにこやかに話を進めていたポラジットだったが、不意に表情をくもらせた。


「ハルカ、あなたは究極召喚獣・バハムートとしてこの世界に召喚されました。老師はバハムートの召喚方法を知っていたのかもしれませんが……私はその召喚方法を知りません」


 ハルカは手元に視線を落とした。


「そして……あなたは召喚獣としては不完全でもあります。もしかしたら、還る方法を見つけ出すのにも時間が……」

「分かってるよ。力の使い方も、どんな力を持っているのかさえも知らないんだ。正直、自分が究極召喚獣なんてやつだ、って言われてもピンとこねぇし」


 だけど……、とハルカは続ける。


「どんなに困難だって言われても、還れないかもしれないって言われても、やっぱり還りたいんだ。あっちの世界には俺が今まで過ごしてきた時間がある。そう簡単には諦められないんだ」


 ハルカの瞳に決意が宿る。

 何と言われようとも、自分は還る。

 それだけが、この世界で自分を保つための支えになっているのだ。

 ポラジットはその一言を聞き、ふわりと頬を緩めた。


「ええ、必ず……必ず還りましょう。私も、少しでも力になれるよう、頑張りますから」


 視線が交わり、何かが通じ合った。


(信じたわけじゃないけれど……)


 必ず還りましょうと言ってくれたことが、なんとなく嬉しかった。


 *****


「おい、ハロルド。いいのか、こんなところでのらくらしていて」

「ん~? ここのプラム酒、絶品なんだよね~」

「ダメだ……完全に出来上がってる」


 ハロルドはボトルを片手に、無理矢理ライラのグラスに酒を注いだ。

 カウンターの向こうで、店主がハロルドに別の酒をすすめる。


 実は酒には滅法強いライラ。

 迷惑そうな顔をしながらも、すぐさまそれを飲み干した。

 陽気な酒場の空気につられ、ついつい自分も羽目を外してしまいそうになるが、今はバハムートを総督府まで連れて行くという任務中なのだ。


 それでもハロルドはぐいぐいと酒をあおる。

 生演奏をしている楽団にやんややんやと拍手を送り、上機嫌この上ない。

 ライラはそれを見て、やれやれとうなだれた。


「いいんだよ、ライラ。こういう時間も必要だよ。ハルカくんにも、君にも」

「え?」

「君が誰より責任感が強いこと、おいらもポラジットも知ってる。ハルカくんはポラジットに任せておけばいいよ。きっと大丈夫」


 ハロルドは大きな体全体でリズムを刻む。

 何を思ったか、唐突に立ち上がると、ライラに手を差し伸べ、恭しく跪いた。


「踊ろうよ、一緒に。こんな時は何も考えないのが一番だよ」


 ライラはハロルドの手を見つめながら問いかける。


「お前は……辛くないのか、ハロルド? 北方大陸は……お前の故郷・ディオルナは帝国の手に落ちて……」

 

 続々と他の客も、相手を誘っては酒場の中央のダンスフロアへと吸い込まれていく。

 ハロルドはそっと目を閉じ、首を横に振った。


「辛いよ。でも、もうどうにもならないからね」


 北方大陸は帝国の支配下に置かれた。

 獣人族のディオルナ共和国は……もう存在しない。

 逃れたディオルナの民は難民として世界中に散っているだろう。

 デネアの領事館へ逃れることのできたディオルナの要人たちが立てた機関が、仮の政府として機能しているに過ぎない。


「今夜みたいな楽しい時間は……きっとすぐに終わってしまうだろうから……ね?」

「……そうだな」


 ライラはハロルドの手を取る。

 寂しげに微笑み、平和な喧騒にその身を任せた。

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