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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第33話:異世界の車窓から(前編)

 心地よい速度で深緑の列車が走る。車体の横、細い赤と金のラインが、尾を引いて流れた。

 その車窓から見える景色はどことなく懐かしさすら感じさせた。

 青々と茂る麦穂、時折その間から顔を覗かせる農民、麦畑の向こう側には豊かな水の恵み。

 農民の一人が帽子のつばを軽くつまみ、空高く掲げてみせた。草で編んだ帽子は若草色、その主の女性もまだ年若い。生成りのワンピースの裾を片手で少し持ち上げ、列車に向かって帽子を振った。乗客に挨拶をしているのだろう。

 のどかな風景はどこまでも続く。手触りのよい、ワインレッドのベルベット生地が敷かれた座席は、日光の香りがした。

 列車の揺れは眠りを誘う。夢心地のまま、いつまで眺めていても外の景色に飽きることはない。

 連日の戦闘で波立った心を、優しく落ち着かせてくれるのだった――。


「って、どうして呑気に旅なんてしてるんだよ!」

「ハルカ、それがノリツッコミ?」


 きょとんとした顔で、サクラが言う。


「違ぁう!」


 まぁ、うっかりノってしまったのは否定しないけど!

 平和な雰囲気に流され、和んでしまいそうになるハルカだった。


「俺、試験のため合宿するから来いって聞いてたんだけど。お前ら、本当にその気あんのかよ」


 ハルカは肘置きにもたれかかり、頬杖をついた。そして、お馴染みの三人に向けて、ビシッと人差し指を向けた。

 四人掛けのボックス席、前にはサクラとルイズが、隣にはシャイナ、さらに窓枠にはリーフィが腰かけている。

 面子は変わっていないが、どこかいつもと違うように感じるのは、彼らの服装のせいだった。制服ではなく、私服……それも「全力で遊ぶぞ!」と言わんばかりの装いなのだ。

 フリルをたっぷりあしらった薄紅色のブラウスと白いスカートというお嬢様スタイルなのはシャイナだ。普段とは違い、ゆるく巻いた髪を下ろしている。右目の眼帯はまだ取れていないが、レースを使った可愛らしいものに取り替えてあった。

 サクラは薄緑のノースリーブチュニックに、駱駝色のショートパンツとニットブーツという出で立ちだ。

 ルイズは黒のシャツと革パンツに薄青のダンガリーシャツを羽織っていた。首元にはじゃらじゃらとシルバーアクセサリーをぶら下げていて、少し体を捩らせるだけで、金属質な音がした。


「合宿なんてするわけないじゃないの」


 しれっとシャイナが言い放つ。


「なっ……! 実践試験まであと四日しかないって言ったのはお前だろ!」

「ええ、言ったわ。でもそうでも言わないと、あなたは来てくれないと思ったのよ。旅行なんて面倒くさい、俺は寝る、なんて言いかねないでしょう。ねぇ、サクラ」


 シャイナの言葉に、サクラは無言で何度も首を縦に振った。何も言わないのは無口な性格のためではなく、旅のお供にと持参した大量のカップケーキを口いっぱいに押し込んでいるせいではあったが。


「シャイナがよ、卒業旅行しようって言うからさ。いや、俺様もそんなに暇じゃねえんだけどよ、たまには息抜きもいいもんだなってな」


 ルイズが大口を開けて笑った。うるさい、と言わんばかりに、隣のサクラが頭の耳を塞ぐ。


「それにしてもよ、ハルカ、その格好なんとかならなかったのかよ」

「……お前に言われたくない」


 全力おしゃれモードの三人とは真逆、全力訓練モード――白無地のシャツに灰色のパーカー、濃紺のデニム生地のズボン――の格好をしたハルカが、唇を尖らせながらそっぽを向いた。

 ちなみにアイルディアにパーカーというものはないのだが、ハルカがこの世界にやって来た時に着ていた物を元に、特別にあつらえたのだ。すっかりサイズの合わなくなった日本の制服は、自室の衣装箱にしまってある。


「キキィィ!」

「あ、リーフィ、笑うなっ!」


 それまで窓に張り付いて外を眺めていたリーフィが、ハルカを見て笑った。どうやらハルカの格好を可笑しく思っているらしい。


「どうして、リーフィ、ついてきたの?」


 頬袋いっぱいに詰め込んだお菓子を飲み込み、サクラが問う。


「ポラジットのやつが、万が一の時のためにってさ」


 ポラジットの命令とは言え、思わぬ遠出に、リーフィは上機嫌でナッツを齧る。列車の音に合わせ、パタパタと足を揺らしていた。

 呆れ顔で三人を見つめるハルカに、シャイナが茶目っ気たっぷりウインクをする。


「まぁ、そう固くならないで。私の父に頼んで、別荘を借りたのよ。友達と卒業前に最後の旅行をするのって言ったら、快く貸してくれたわ。列車の予約を取ってくれたのも父よ、感謝してね」

「悪いな、親父さんにありがとうございますって伝えておいてくれよ」

「ええ、分かったわ……。ってハルカ、あなた、今回の旅費は私持ちだと思ってるんじゃないでしょうね」


 休暇気分に浸っていたルイズが急に立ち上がった。


「おい、お前の親父さん持ちじゃねえのかよ」

「何、図々しいこと抜かしてるのよ、ルイズ」

「だ、だってよ……列車の旅って高級……」

「え、列車の旅って、そんな高いのか?」


 日本でも高級な列車旅行、というのは存在した。だが、ハルカの頭に浮かんだのは、毎朝通学で使っていた列車だった。

 列車なんてよく使われるものだから、こっちの世界でもてっきり普段の交通手段なんだと思ってたけど……。

 ハルカの額にじわりと脂汗が浮かんだ。顔が強張り、笑顔が不自然に歪む。


「転移門で世界各地へ飛んでいけるのだけれども、列車の需要は衰えていないわ。味がある……とでも言うのかしら」


 ふむふむ、とハルカは小さく相づちを打つ。


「でもね、列車の燃料である、燃炭晶ねんたんしょう、これはとても高価なものなの。炭鉱で取れる、燃炭石。これに職人が古代文字を刻んで、初めて燃料となるの。この加工には特殊な技術が必要で、素人がやろうものなら大爆発を引き起こしかねないわ。それだけ、高度で熟練された技術、ってことね。職人の数も多くはないし、簡単に燃炭晶は手に入らないの」


 だから、列車の旅は贅沢なのよ、とシャイナは言った。


「別に今すぐ頭揃えて払いなさいって言っているわけじゃないわ。そうね……出世払いでいいわよ」


 にや、とシャイナが嫌な笑みを浮かべる。

 だが、ハルカにはシャイナの気持ちが何となく分かっていた。

 これは、卒業しても俺たちが繋がり続けていくための口実なのかもしれない。まぁ、確かに支払い額を思うとぞっとするけど。

 出世払いなんて、聞いてねぇぞ! と喚くルイズの手に、サクラがぽん、とクッキーを乗せた。


「なんだよ、サクラ」

「甘いものは、心を落ち着かせる。……要するに、静かにして」

「……っ!」


 反論しようと悶えるルイズだったが、そのまま菓子を口に突っ込む。もぐもぐ、と口を動かしながら、おとなしくサクラの隣に座った。

 これじゃあ、どっちが犬なんだか。

 ぴくりと動くオオカミの耳を見ながら、ハルカはふふ、と笑った。

 確かにせっかく培ったこの繋がりが卒業で消えてしまうのは、ハルカにとっても名残惜しいものだった。


「ほら、皆見て。もうすぐ着くわよ。あの川縁に建っている館が、イドト平野のフレイア家別荘よ」


 シャイナが遠くに見える建物を指差す。平原のど真ん中に立つそれは、周りの大自然から浮いていた。

 御影石でできているのだろうか。若干風化によって燻んだ色合いをしているものの、その存在感は圧倒的なものだった。三角錐の屋根がいくつも連なり、ある種の重厚さを感じさせる。

 屋敷の北側、列車からも見えたイドト川が静かに流れていて、屋敷から南へ少し離れた場所には見張り用の塔が立っていた。

 

「すっげ……さすが、名門フレイア家。格が違うなぁ、おい」


 ルイズが遠くを見るように、手を額に当て、唸った。

 シャイナがふふん、と自慢げに胸を張る。

 

「そろそろ駅に着くわよ。降りる支度をしてね」


 キキィ、と耳をつんざく列車のブレーキ音が聞こえ、列車が速度を落とした。

 ……楽しんでる場合じゃねえってのに。

 そう思いながらも、卒業旅行という響きに、ハルカはなんだか落ち着かなく、そわそわするのだった。

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