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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第29話:終の間(前編)

「心臓を貫いたはずなのに……どうして!?」


 サクラは縁から身を乗り出し、目を丸くした。

 間違いなくカナンの根は敵の急所を捉えていた。この目で確かに見たのだ。


「あの蛭が、本体なのかもしれねえな」


 ルイズは続けて、ぞっとするようなことを言ってのけた。


「あるいは、蛭があの馬鹿でかい蜘蛛を操ってるのかもしれねぇ。そうすれば、こいつらが俺たちに攻撃を仕掛けてきた意味も分かる」


 ルイズは後ろ――伸びきっている槍使いと大剣使い――を指差す。そして、二人に近づき、うずくまった。


「ルイズ?」


 サクラもルイズの後に続く。ルイズは二人の首筋にかかっている泥を手で拭った。そこに残されていたのは三つ又の傷跡。


「ほら、見ろよ。三つ又の傷……これは蛭に噛まれた時に見られる特徴だ」


 その傷跡は、かさぶたで黒みを帯びていた。これは、蛭が二人の血を吸った、何よりの証拠だ。


「じゃあ、二人はあの蛭に……?」

「ああ。だけどよ、地下大空洞に魔物は住んでいないんだぜ。あんな物騒な蛭がいるなら、どこかに報告が残っているはずだ。それならば、考えられるのはただ一つ」

「まさか。掃討依頼の時と同じ……」

虚無なる鴉( ホロウ・クロウ)の使い魔――召喚獣だろうな」


 ルイズは再び終の間を見下ろせる場所まで近づいた。


「終の間が試験場所だとしたら、蜘蛛は試験召喚獣の可能性が高い。本当の敵……黒幕は、あの蛭だ」


 サクラはルイズの側に並んで立ち、ぼそり、と呟いた。


「ルイズ……意外と冷静に判断、できるんだね」

「おい! どういう意味だ、それ」


 サクラの言葉に、思わずルイズが突っ込む。

 さすが、ルイズ、突っ込みも早い。ついこぼれそうになった言葉を、サクラは押しとどめる。

 普段、ハルカにつっかかる時のルイズからは想像もつかない。冷静な状況判断能力と、豊富な知識。


「褒めてるの。私、ちっとも思いつかなかったから」


 それはサクラの本心だった。決してルイズの機嫌を取ろうとしたわけではなく、純粋に、心から賞賛したのだ。

 しかし、ルイズの推測が正しければ、蛭を倒さない限り、ハルカたちに勝ち目はないということになる。蜘蛛をいくら叩いても、蛭に操られ、何度でも起き上がるのだから。

 ルイズの規則正しい呼吸音が聞こえる。神経は研ぎ澄まされ、サクラも平静さを取り戻す。


「私が、射抜く」

「召喚した矢でか?」


 ルイズもサクラも黒幕である蛭を睨み据えたままだ。サクラはルイズの問いに対し、首を横に振った。


「召喚の矢は、まだ完璧に使いこなせてない。練習の延長程度。精度は劣る。あの小さな標的を、射抜く自信はない」

「じゃあどうするんだ」

「この木矢で。私が作った、普通の矢」


 サクラは背中に提げていた弓を手に取り、腰元の矢筒から一本、繊細に削られた木矢を抜いた。鉄の矢尻は丁寧に紐で巻かれている。サクラはそれを愛おしそうに眺めた。


「この一本で、決める。だから……ルイズ、あなたに協力して欲しい」


 外から流れ込んだ風が、通風孔を吹き抜けた。


 *****


 ハルカは蜘蛛の糸を、剣で薙ぎ払った。

 女郎蜘蛛は腹から胸に大きな穴を開けたまま、残った六本の脚で器用に這いずり回る。その傷口からは、なぜか血は一滴たりともこぼれなかった。

 カナンは再度、手を地面につく。びき、と地面が割れる音がし、緑の蔦が女郎蜘蛛の脚元から伸びる。

 女郎蜘蛛の左後脚を捉えた蔦は、二重三重に絡みつき、ぎりぎりと締めつける。

 ハルカはすかさず、剣を突き立てる。女郎蜘蛛の白く、柔らかな肌に、剣がずぶり、とめり込む。横に薙ぐ。

 ぶち、と肉が裂ける音。女郎蜘蛛の腸が飛び散る。しかし、女郎蜘蛛はハルカに向かって糸を吐く。まるで、何事もなかったかのように。

 今の女郎蜘蛛は、高らかに笑いながら、ハルカたちに向かってきていた彼女とは違った。戦いに酔いしれ、歓喜に打ち震えていた女郎蜘蛛はどこにもいない。とは言え、死の恐怖に怯えているわけでもなかった。

 言うなれば、感情を無くしていた。

 生気のない瞳で敵を見つめ、物理法則を無視した動きで駆ける。ただ、ハルカが視界に入ったから、鎌を振るう。そんな女郎蜘蛛の姿は、さながら機械じかけの人形だ。

 糸を、斬撃を、あるいは女郎蜘蛛の体当たりを、ハルカとカナンは避け続ける。終の間は瓦礫にまみれ、美しかった時の面影もない。

 

「どうなってるんだよ、こいつは!」

「このままではキリがありません!」


 ハルカとカナンは息を切らし、叫ぶ。相手の隙を見て攻撃を繰り出すも、あまり堪えていないのか、女郎蜘蛛の動きが鈍ることはなかった。

 本当に、このまま持ち堪えられるのか……?

 ハルカはちらり、とポラジットを一瞥する。ポラジットは不安げに戦いを見つめていた。

 あいつを守ると言ったのは俺なのに……心配するなと約束したのに。

 ――私はあなたの運命を共に負う覚悟です。

 そう言ってくれたのは、あいつだ。

 何か、女郎蜘蛛を倒すための手立てはないのか……?

 ハルカは周囲を見回した。使えるものは何だって利用したかった。


「あ……?」


 天井を見上げた時だった。女郎蜘蛛の真後ろ、その天井近くの穴からひょっこりとオオカミの耳が覗いていたのだ。


 ――あれは、サクラの耳?


 そして、ハルカは、サクラの隣に、終の間を見下ろす赤い異形の者の姿を認めた。

 あの赤い蜥蜴はサクラを狙う敵か……という考えがよぎったが、敵意は伺えない。むしろサクラと親しげな様子でさえあるのだ。

 

「サクラのやつ、何を……って!」


 穴の中へ引っ込んだサクラと赤い蜥蜴。

 そして次の瞬間、赤い蜥蜴の背に乗ったサクラが穴の中から飛び出した。


「ハルカ、カナン! 伏せて!」


 宙を舞う蜥蜴の背で、弓を引き絞るサクラ。

 矢が狙っている先は――女郎蜘蛛の背中だ。招かれざる客の侵入を食い止めようと、女郎蜘蛛は体をよじった。

 

「サクラ……!」


 サクラの手から、矢が放たれる。

 矢が女郎蜘蛛を射抜くのが先か。女郎蜘蛛が振り返るのが先か。

 重力を受け、矢の速度が加速する。


(あた)れっ……!」


 ストン、と矢は然るべき場所へおさまる。

 ――その矢は真っ直ぐ、女郎蜘蛛の首筋を射抜いた。

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