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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第1章:始まりのアイルディア
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第6話:デネアへ

 ふう、と老人は一つ息をいた。

 手は皺まみれではあるが、指先の動きは力強い。

 物憂げな表情で机の上に山積みになっている書類を一束手にした。

 肩にかかるほどの灰金色の髪が、はらりと顔の横に流れ落ちる。

 視界を遮るそれを、老人は鬱陶しそうにかき上げた。

 最後まで書類に目を通すと、老人は傍らに置いてある判を持ち上げた。

 握りこぶし大の判に朱をつけ、豪快に紙面に押し付ける。


『リーバルト連合 総統補佐 アルフ・サイオス』


 古代文字で記された文字が印字された。

 それから老人──アルフ・サイオス──は書類の山の中に再び手を突っ込む。

 この作業を一体どれほど繰り返しただろうか。

 敗戦の事後処理に追われ、アルフには休む暇もなかった。

 判をつく単調な音だけが執務室内に響き渡った。


 アルフが新しい書類に判をつこうとした時、乾いたノックの音が聞こえた。

 アルフはゆっくりと顔を上げる。


「入りなさい」

「失礼いたします」


 扉口に現れたのは、一人の警備兵。

 アルフに向かい、一礼すると、きびきびとした口調で報告を始めた。


「先ほど、東方大陸からライラ将軍以下五十名の兵が帰還いたしました。順次、残りの兵も到着する予定であります!」

「そうか。報告ご苦労だった」


 アルフはそう言うと、再び視線を書類に戻した。

 だが、兵士はまだその場を動こうとしない。

 妙に落ち着かない様子で立ち尽くしている。

 アルフは上目遣いに兵士を見やり、無言で先を促した。


「アルフ様……もう一点、報告申し上げたいことが……」

 

 途端に兵士の口調がしどろもどろになる。

 そんな兵士の様子を見て、アルフは苛立ちを隠せなかった。

 処理しなければならない仕事はまだ残っており、ぐずぐずしている余裕などない。

 アルフはごほん、と咳払いをした。

 アルフの不機嫌にようやく気付いた兵士は、慌てて口を開いた。


「ラ、ライラ将軍の隊の中に究極召喚獣・バハムートがいるとのこと……。連合議会の議員を早急に招集していただきたい、と……」

「なに?」


 アルフの右眉がくいと吊り上がった。そしてそのままアルフは黙り込んでしまった。


(バハムートがこの地に向かっているというのか……?)


 アルフ・サイオスの兄ダヤン・サイオスが東方大陸で戦死した、という報せはとうに受け取っていた。


 総統補佐を務めていたダヤンの死により、アルフは臨時の補佐役として就任。

 だが、アルフ自身、自分には兄ほどの機転も裁量もないことを痛感していた。


(閣下を帝国に奪われてしまったのは、私の失態だ……)


 ダヤンならコーデリアスを守ることができただろう。

 あの飄々とした態度で策を編み出し、ロウンの要求を受け流すことができただろう。

 堅物の自分は何もできなかった。


(兄上が遺した切り札・バハムート。閣下を救い出すためにはどうしても……)


「分かった。手配しよう。もう下がってよい」


 そう告げると、アルフは執務室で一人、天を仰いだ。


 バハムートがいる事実。

 伝説の召喚獣で、究極召喚獣の名をもつ最強の存在。

 そんな切り札を手中に収めているにも関わらず、アルフは浮かない顔で眉間を押さえた。

 頭の中でよぎった疑問のせいで、諸手を挙げて喜べずにいたのだ。


 この世界での役目を終えた召喚獣は、元の世界に還る定めにある。

 おそらく、ダヤンがバハムートを喚んだ目的は、帝国の攻撃を阻止するためだったのだろう。

 それなのに、バハムートはまだこの世界に留まっているのだ。


(兄上はバハムートに何を願ったのか……?)


 アルフは立ち上がり、応接セットのソファにかけてあった法衣を掴んだ。

 墨色のそれを肩にかけ、胸元の金ボタンを留める。


 港から、このデネアに到着するまではまだ二、三日時間が残されている。

 その間にできることと言えば……アルフには一つしか思い浮かばなかった。


 *****


 竜馬車の箱の中に、再びハルカは押し込まれていた。

 東方大陸でライラが喚んだものと全く同じ型のものだ。

 ただ一点、違うことと言えば、箱の中にいるのはハルカ一人ではなかったということだ。


 南方大陸、最東端の港に着いた一行は帆船を降り、この竜馬車に乗り換えた。

 これから、連合総督府のあるデネアへと向かうのだ。

 ここ、南方大陸はアイルディア四大陸の中で最も小さい。

 四方の海上に大陸があり、それぞれ四つの種族が統治していた。



 北方大陸は獣人族。

 彼らは魔法を使うことができないが、その代わり狩猟技術に特化しており、優れた五感を持っている。

 人の体に獣の耳を持っていて、その耳は個人で違った動物のものを持っている。


 東方大陸は精霊族。

 召喚術に長けており、四種族の内、最も長寿の民族でもある。

 やや尖った耳、比較的色素の薄い髪や瞳が特徴的だ。


 西方大陸は竜騎族。

 唯一、竜と交信できる民族だ。

 外見は人のそれと変わりはないが、半分竜の血が流れていて、非常時には竜化することができる。


 南方大陸は魔族。

 魔術を最も得意としていて、独自に科学技術を発達させた。

 アイルディアの科学の進歩は、ほぼ魔族によるものだと言っても過言ではない。

 魔法を使う際、体の一部に古代文字の紋様が浮かび上がるのが特徴だ。


 アイルディアの中央、四大陸の内海には孤島が浮かんでいる。

 世界樹の浮島・ノルン大陸――大陸とは名ばかりで、実際の面積は大きくない。

 ノルン大陸には召喚術の総本山・召喚教会が存在しており、不可侵領域として中立を保っている。



「まあ、まだまだ細かく話さねばならぬことはあるが……これがアイルディアの全貌といったところだ」

「……ご丁寧にどうも」


 アイルディアの説明を終えたライラに、ハルカは皮肉たっぷりで応じた。

 ライラはそんなことを気にも留めず、きびきびとした態度で話を先に進めた。


「君は魔族か、竜騎族か? 外見はどちらかに近いと思うのだが」

「いや……ホモ・サピエンスだけど……。俺の世界には魔族も竜騎族もいねぇよ」

「ふむ、ほも・さぴえんす、か。変わった名の種族だな」


 ライラは一人でふんふん、と納得したように頷く。


「……で、私は見ていなかったのだが、本当にバハムートがあの海蛇を退治したのか?」

「ええ、ライラ将軍。確かにハルカがあの魔物を撃退しました。鉄の杭一本で……」

「もしかしたらバハムートの力の片鱗じゃないのかな? まあ、僕はあまり召喚術が得意じゃないから分からないんだけどね~」

「おい……お前ら、勝手に話進めるなよ。とりあえず、この手錠、外してくんないかな」

「何を馬鹿なことを言っている。できるわけないだろう」

 

 ハルカの要求は、ライラによってあっけなく一蹴された。

 狭い牢箱にぎゅうぎゅう詰めになり、額を寄せ合う四人──ハルカ、ポラジット、ライラ、ハロルドである。


 ロン大陸から出港した船は、途中魔物の襲撃を受けながらも、なんとか無事に目的の港に辿り着くことができた。

 船上の戦闘でライラは負傷兵たちを護衛していたため、ハルカの力を目の当たりにすることが叶わなかったのだ。

 後に、ハロルドから話を聞き、その場に居合わせなかったことに悪態をつき、忌々しげに舌打ちをしたという。

 

「銀の光と、召喚獣を従わせる力、か。興味深いな。これは議会に報告しなければならない」


 人が発する熱気で、箱の中はサウナ状態だ。

 ライラの鎧の胸元から豊満な肉が覗く。

 その肌には汗の球が光っていた。ライラの正面に座っているハルカには、否が応でも目に入る。

 思春期の少年には少々刺激がきつい光景だった。

 自身の体から視線を逸らせているのだとは気付かないライラは、そっぽを向いているハルカに顔を寄せ、問いかけた。


「それでもお前は力の使い方を知らないと言うのか? あれほどの魔物を撃退しておいて?」

「そうだよ、俺だって意識したわけじゃない。気がつけば……あんな風に力が……」


 ポラジットは人差し指をピンと立て、一つの仮説を立てた。


「もしかしたら……ハルカ自身が生命の危機を感じたためではないでしょうか? 力の制御はできないようですが、それが一つの引き金になったのだと考えられます」

「生命の危機……なるほど」


 ライラはふむ、と頷き、黙りこくった。

 そして唐突に何を思ったのか、拳を振り上げる。


「え……」


 気づいたときには時すでに遅し。


 ──ガツンッ!


「いってぇ!」


 ライラのげんこつが、ハルカの頭頂部を強打した。

 副将軍ライラの予期せぬ一発に、ポラジットは息を呑み、ハロルドはあちゃ~、と目を丸くする。


「どういうつもりだ! 一体!」


 殴られたハルカは顔を茹蛸のように赤くして怒鳴った。

 ライラはなぜだ、と言った風に自分の握り拳を見つめる。


「いや、生命の危機と聞いたからな……これで力が発現するのでは、と思ったんだが」

「これくらいで死にゃしねぇよ!」


 ライラの思考回路の単純さに、ハルカはあきれ果てた。


「まぁまぁ、ハルカくんも落ち着いて。ライラもそれは失礼だよ」

「そうだな、済まなかった」

「いや、別に構わないけど……」


(なんだか、調子狂うな……)


 信用しないと、心を許してなるものかと。

 ハルカはそう決意していた。

 だが、ともすればそれが揺らぎそうになる自分に気づく。


 右も左も分からない異世界、自分の立場は最悪だ。

 まだ出会ってから数時間の間柄だと言うのに、そんな彼らに心細い胸の内を埋めてもらいたいと無意識に願っていたのかもしれない。


 ハルカ自身、この世界での自分の存在意義を把握できないでいる。

 それは彼らも同じことだ。

 究極召喚獣と呼ばれ、一瞬とは言え力が発現した今でも、自分がこの世界に喚ばれた理由も分からない。


 和やかに進む会話に今一つ乗り切れず、ハルカは自分のこれからを、ただただ案じた。

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