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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第24話:『武』の召喚獣(中編)

 貧しかった幼少期。


 元々、デュロイ家は町の貴族だった。しかし、父は、横領の罪を着せられ、貴族としての身分を剥奪され、財産も全て没取となった。無実の罪だった。

 貧困から抜け出すために、ポラジットは一心不乱に学んだ。知識があれば、お金がなくとも、身分がなくとも認めてもらえる。それは亡き母の口癖だった。

 罪人の娘として肩身の狭い思いで過ごした町。本だけがポラジットの友だった。


 ポラジット・デュロイはダヤン・サイオスと運命的な出会いを果たし、天才召喚士への第一歩を踏み出す。

 彼女の名を聞きつけたクライア学園学園長アルフ・サイオスはポラジットの学園入学を許可し、ポラジットは在学中に史上最年少で召喚士の資格を取得した。


 召喚士としての栄光と引き換えに、ポラジットは年相応の青春を失った。周囲がポラジットを見る目は、もはや一人の少女に対するものではなくなっていた。


 いつの間にかポラジットは、守られる立場ではなく、人々を守る立場に立っていたのだ。

 しかし。


「守ってやる」


 そんなことを言われたのは、ポラジットにとって生まれて初めてのことだった。いつも自分を守ることができるのは、自分の力だけだった。


 自分を不安がらせまいと、ハルカがわざと満面の笑顔を向けていてくれたことにも、彼は彼なりに恐怖と戦っていることにも、ポラジットは気付いていた。


 ハルカの笑顔は教官としての自分ではなく、同年代の一人の少女に向けられている。ポラジットはそう感じ、涙ぐむ。


 今まで「ポラジット・デュロイ」としての自分に接してくれた人が、一体どれだけいただろう?

 「罪人の娘」でも「天才少女」でも「召喚士」でもない、ただの「ポラジット・デュロイ」を見てくれた人がいただろうか?


 本来なら、たとえどんな傷を負っていようとも、生徒を守るのが教官の役目だ。無理をしてでも杖を振るい、戦わなければならないはずだった。

 分かっていても、ポラジットはハルカに「下がっていなさい」と一言告げることができなかった。胸がざわめき、喉の奥がつかえ、声にならないのだ。


 それどころではないというのに――体が、動かなかったのた。


 *****


「無刃・一閃!」

「参りますっ!」


 ハルカの双剣とカナンのレイピアが女郎蜘蛛の左右の脚を薙ぐ。


 しかし、女郎蜘蛛の脚を覆う強固な鎧が剣の一撃を弾き返した。金属がぶつかり合う音がし、二人は衝突の反動で大きく体を反らせる。脚の鎧には引っかき傷一つついていなかった。敵の体には剣で斬られた衝撃すら伝わっていないようだ。


 よろめく二人を狙い、女郎蜘蛛の口が半月状に開く。女郎蜘蛛はコォォォと深く息を吸い込み、勢いよく糸を吐き出した。


「ハルカ! 攻撃が来ます!」


 蜘蛛の糸がハルカとカナンを襲う。

 ハルカとカナンは敵から距離を取り、女郎蜘蛛の後方に跳躍する。直後、二人が立っていた場所を蜘蛛の糸先が抉った。抉れた床の破片が宙を舞い、蜘蛛の糸に絡め取られる。


 女郎蜘蛛は逃げる獲物を追うことさえも楽しんでいた。自分の背後へと逃げた二人に向き直り、八本の脚を踏み鳴らす。この二人を追い詰め、貪る瞬間を想像しているのか、女郎蜘蛛が両手の鎌を舌で丹念に舐めた。

 

「鎧のせいで傷つけることさえできねぇよ! あれをなんとかしないと!」


 隣に並び立つカナンに、ハルカは声をかけた。なんとかしない、と思うものの、ハルカの頭には妙案など浮かんでこない。


 ハルカは双剣を構えなおし、剣の切っ先を女郎蜘蛛に向けた。

 そんなハルカを見て、カナンはふぅと息を吐く。細剣を持つ右腕をだらりとおろし、姿勢をただした。

 そして慣れた手つきでメイド服のヘッドドレスを取り払った。


「剣が壊れるのが先か、鎧が壊れるのが先か……そのような根競べ、賛同しかねます。マスターの傷も心配です。なるべく戦闘に時間をかけたくありません」

「なら、何か案でもあるのかよ」

「いいえ、ありません」


 ないのかよ! と突っ込みそうになるのを無理矢理押しとどめる。

 ありませんが……とカナンが再び口を開く。メイド服のスカートをはたき、埃を落とすと足首のあたりまであるスカートの裾を左手で摘み、膝の高さまで持ち上げた。


「私が必ず活路を見出してみせます。ハルカ様は蜘蛛を引きつけてください」


 そして、カナンは唐突に細剣をスカートに突き立て、ビリ、とスカート丈を短く斬り刻んだ。


「カナン……! お前、急に何を……!」

「身嗜みを気にしている相手ではないようですので」


 上段に細剣を構え、カナンはハルカを一瞥した。それを戦闘再開の合図ととったハルカは剣を一振りする。


「わかったよ、カナン。お前を信じてるぜ」


 ハルカは女郎蜘蛛の双眸を見据え、強く地を蹴った。


「行く!」


 一直線に近づいてくるハルカを、女郎蜘蛛は迎え撃つ。鎌を横になぎ、ハルカの行く手を阻んだ。

 鎌の切っ先が前髪をかすめるも、ハルカは女郎蜘蛛から目を逸らさない。ギリギリのところまで鎌をその身に近づけ、次の瞬間、ハルカは大きく跳躍する。

 女郎蜘蛛の上半身めがけ、ハルカは剣を振るった。


「裸で戦うなんて、無防備すぎるっての!」


 ハルカの声を聞き、女郎蜘蛛の白い肌が上気して赤みを帯びる。戦いで昂揚した女郎蜘蛛は、恋人の声に応えるかのように高らかに叫んだ。そして、瞬時に振り切った鎌をかえし、ハルカの剣を受ける。


「……っ!」


 空中で剣撃を食い止められたハルカの姿勢が崩れる。それを女郎蜘蛛は見逃さなかった。一気に鎌で押し切り、ハルカを吹き飛ばす。


「くっ……!」


 宙で体勢を整え、ハルカは地面に手をつき、着地する。しかし、攻撃の勢いで、そのまま後方に押しやられた。


「さすが……『武』の召喚獣、だな。力技が得意な戦士ってとこか」


 間髪いれず、女郎蜘蛛がハルカに向かって突進する。脚の鎧が触れ合う音が近づく。

 ハルカは急いで飛び起きると、女郎蜘蛛の脚に斬りかかった。

 八本の脚と二本の剣。ぶつかり、擦れ、打ちつける音が響いた。触れ合った先から火花がはじける。


 スピードはほぼ互角であったが、力の強さは女郎蜘蛛の方が勝っていた。じりじりとハルカは終の間の中央から後退する。

 じわりとハルカの額に汗がにじむ。あまりの力にハルカの腕は痺れ、柄を握る手の力がなくなっていった。

 危うく剣を取り落としそうになったその時、何本もの太い根が女郎蜘蛛の脚を絡め取った。女郎蜘蛛の背後では、カナンがかがみこみ、両手を床に押し当てている。

 

「その動き、封じさせていただきますっ!」


 カナンの手の平から木の根が生え、床を貫いていた。地中から女郎蜘蛛の動きを止めるためだ。


 急に脚の自由を奪われた女郎蜘蛛は戸惑う様子で脚をばたつかせた。根に気づいた女郎蜘蛛は八つ目でカナンを睨みつける。

 

「キィアアアアアアア!」


 耳をつんざく女郎蜘蛛の声。そして、女郎蜘蛛は大きく鎌を振り上げ、一気に脚元の根を床ごと抉り取った!


「な……私の根を振り切った!?」


 拘束を解いた女郎蜘蛛は口から白い糸を吐き、カナン側の床にその端を着弾させた。手を地に繋ぎ止めたままのカナンは反応が遅れる。


「カナン!」


 ポラジットの悲痛な叫び声が響いた。女郎蜘蛛は高速で糸を伝う。その巨体は弾丸のような勢いでカナンの体に衝突した。


「っくぅ……!」


 カナンは仰向けになって、八本の脚に組み敷かれた。衝突の衝撃で頭を強く打ったカナンは、身を固く瞑ったまま呻いた。


「フ……フハハハハァッ!」


 女郎蜘蛛は獲物を捕らえた喜びを堪え切れず、下卑た笑い声をあげた。そして、体を反らせ、前脚を二本、ゆるりと持ち上げる。堅固な鎧が鈍く光を放った。


「やめろ!」

「っぁあああああああ!」


 カナンが叫ぶ。

 女郎蜘蛛はその鋭い脚に全体重をかけて振り下ろし、カナンの両肩を冷たい地面に縫い止めた。

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