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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第22話:卒業試験一日目(後編)

 シャイナはハルカたちの姿を認めると、安心したのかその場に崩れ落ちてしまった。ハルカとサクラはシャイナに駆け寄り、地面に手をついたシャイナの肩を抱きとめた。

 石灰岩の岩壁にハルカはブレザーをかけ、そこにシャイナを座らせる。


「おい! シャイナ、しっかりしろ! 一体何があったんだ!」


 ポラジットとルイズは他の二人の回復にあたっている。淡い緑色の光が倒れている二人を包んだ。回復魔法を使えないハルカとサクラはシャイナの名前を呼びながら、様子を見守ることしかできなかった。

 


「ハル……カ? みんなも……来てくれ……たんだ」


 シャイナの声は、今にも消え入りそうだった。髪は解け、眼鏡には砂埃がついている。頬には倒れた拍子にできたのか、かすり傷があった。制服も砂まみれだ。

 いつも身綺麗にしていたシャイナのことを思い、ハルカはギリ、と奥歯を噛みしめた。

 シャイナの呼吸は規則正しく、大きな外傷もない。それなのに、かなり体力を削がれていた。


「毒、か?」

「毒、じゃなさそう。毒の臭いがしないから」


 ハルカと同じように、サクラも毒の可能性を疑っていたようだ。シャイナの肩に顔を近づけ、ピクリと鼻を震わせる。

 獣人族の鋭敏な嗅覚は毒の臭いさえも嗅ぎ分ける。サクラ曰く、毒に蝕まれた人間の体臭は微妙に違うとのこと。サクラの一言にハルカはひとまず安堵した。


「毒じゃないなら……? 何だ?」

「分からない。特殊な技かもしれない。麻痺薬や眠り薬の臭いもしない」


 ホロウ・クロウの仕業だとしたら、未知の手口で仕掛けてきたとしても不思議ではない。第五元素銃(フィフスガン)なんて代物を持ち出してくるくらいだ。他にも物騒な兵器を隠し持っている可能性は否めなかった。


「もうすぐ、終の間、ってところで……背後から、襲われ……たの」

「犯人の顔は?」

「ごめん……見えなかった……」


 ひとしきり話をすると、シャイナは体が辛いのかふぅと息を吐いた。


「こっちの二人、完全に撃沈してるぜ。傷らしい傷もないな……」

「一撃で気絶させられたのでしょうか? ひとまず、回復魔法をかけておきました。命に別状はないでしょう」


 倒れた二人の側で屈んでいたポラジットが立ち上がった。シャンと杖を一振りし、召喚(サモン)と呟く。すると、小さな魔法陣が杖先に浮かび上がり、そこから滑らかで大きな布がはらりと現れた。

 ポラジットはその布を二人にかける。あたたかそうな布にくるまれ、二人は寝息を立てていた。


「ですが、万全な治療ができたとは言い難い状況です。ここは……回復に必要な光元素が少なすぎます」


 ポラジットが眉をひそめた。


「俺は……あんまり言いたくねえんだけど、光魔法、得意じゃねえんだよ」


 ルイズも気難しい顔で、眠る二人を見つめていた。

 ここは一度、治療のために引き返すべきかもしれない。

引き返そう、ハルカがそう言おうとした矢先、シャイナが再びゆっくりと口を開いた。


「襲ったやつは、終の間の方へ……逃げて、いったわ……」


 ハルカの考えを一転させるには、その一言で十分だった。さっきまで戻ろうと思っていたハルカだったが、その思考は頭の隅へと追いやられた。

 シャイナが震える指で、終の間の方を指し示した。ハルカは促されるままにその先へ視線を移す。五メートルほど離れた所に終の間の入口が見えた。


 大きく開いた入口には太陽と月、そしてそれを両脇に従える女神の彫刻が施されている。女神の頭には蔦と葉をモチーフにした冠。壮麗な彫刻を照らし出しているのは終の間から漏れ出た明かりだ。

 明明(あかあか)と、ちらつく炎が女神の顔を浮き上がらせていた。――まるで、こっちにおいでと言っているように。


「サクラ、シャイナを頼む」

「ハルカ? ちょっ……」


 サクラがハルカを引き止める前に、ハルカは終の間へと歩を進めていた。


(ついに追い詰めたんだ、俺たちを狙うやつを。これ以上、好き勝手はさせない。必ず捕まえてやる……!)


 はやる気持ちが自然とハルカの足を小走りにさせる。


「おい! ハルカ!」

「ハルカ、待ちなさい! 一人は危険ですよ! ルイズ・マードゥック、ここは任せます」

「え……あ、は、はい」


 急にポラジットから場を任されたルイズは、戸惑った様子で返事をした。ハルカの動きに気づいたポラジットが、後ろからピタリとハルカをつけた。なんとか遅れをとるまいと、小さな歩幅で懸命に走っていた。


「ハルカ、戻りなさい」

「危険なのは分かってる。だけど、今、手が空いてるのは俺しかいないだろ。ポラジットは治療に戻れよ」

「シャイナほどの優秀な人を出し抜く相手ですよ! あなた一人では敵うはずありません!」

「分かってる、分かってるよ! だからって、指をくわえて待ってろっていうのか? ほんのちょっとでいいんだ、相手の顔を見て……手がかりの一つでも掴んでやらないと気が済まない!」


 自分でも冷静さを欠いている、とハルカは思った。それでも、自分を抑えられないほど頭に血が上っていたのだ。

 ハルカはポラジットが止めるのも聞かず、終の間へ足を踏み入れた。


 *****


「もう……! 待ちなさいと言っているでしょう!」


 ポラジットが怒りを露わにしながら、ハルカに続いた。走り寄り、ハルカの手に掴みかかる。ハルカはポラジットの手を振りほどき、声を振り絞った。


「おい! 出てこいよ!」


 終の間のどこかに隠れているであろう犯人を挑発する。終の間中にハルカの声が反響した。やまびこのように、反射した声が返ってきたが、それ以外の応答はなかった。ハルカは周囲をぐるりと見やった。


 天井の壁面には天使と悪魔が戦っている絵が描かれていた。その中央では、互いを仲裁するかのように、あの女神が両手を広げている。

 真ん中のだだっ広い空間を囲んでいるのは、先が細く尖ったアーチだ。そこにも繊細な絵が描かれている。おそらくアイルディアの神話や伝説を元にしているのだろうか、世界樹や精霊の絵が多い。


 アーチにはいくつか小さな窓がついていた。地下にあるなら窓というより、空気孔と言った方が正しいのかもしれない。一つ一つ、ステンドグラスで飾られていた。床にはアイルディアの花々の絵。それは輝くほど磨き抜かれていた。

 一瞬、その造形の美しさに心を奪われる。


 ハルカは(かぶり)を振り、改めて敵を探した。だが、重厚なその空間には、誰もいなかった。試験召喚獣さえも。


「ハルカ、戻りま……」


 ポラジットの声が不自然なところで途切れた。

 ハルカがポラジットの方を振り返ろうとした時、ハルカは背中をドンと勢いよく突き飛ばされた。入口にいたハルカは前のめりになって、終の間の奥へと押し込まれる。


「危ないっ!」

「……っ!」


 突き飛ばされた衝撃でハルカは床に倒れ伏した。


「……いって……何だ……?」


 ハルカは体を起こし、ポラジットの立っている入口付近へと視線を移す。


「なっ!」


 入口の真上、壁に張り付いていたのは……大きな女郎蜘蛛だった。


 長い八本の脚は、硬く黒い鎧に覆われている。腹の部分には一糸纏わぬ女の上半身が乗っかっていた。

 黒々とした豊かな髪が胸の膨らみを覆い隠している。その腕はしなやかな女性のものではなく、カマキリを思わせる鋭利な鎌だ。女の目は八つ。鼻から下は人間のものだ。真っ赤な唇が妖艶な笑みを浮かべている。


 黒く丸い八つ目がポラジットの姿を捉えた。ポラジットが杖をかざしたのと、女郎蜘蛛が鎌を振りかぶったのは同時。そして次の瞬間……。


「ポラジット!」


 岩が崩れる轟音ともうもうと立ち込める土煙。

 その渦の中に、ポラジットのたなびく青髪がかき消えた。

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