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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第21話:卒業試験一日目(中編)

 ハルカたちは広いオアシスの一角にある木陰で体を休めていた。


 試験の受験順を決めるくじで、ルイズが最後――二十番――を引いたものだから、ハルカたちにはまだまだ出番がなかったのだ。

 ゴラゴタ砂漠は、砂漠というものの、草木一つ生えていない場所というわけではなかった。乾燥した砂地には、ところどころ背たけの低い雑草がのぞいている。大きく成長している植物は、その体内に水を蓄えようと膨張していた。

 視界に入る範囲にもオアシスが見える。まったくの不毛の地ではなさそうだ。


 試験会場となる地下大空洞内部は五つのルートに分かれている。大空洞の入り口を覆うドームからは五つの階段が伸びていて、その先は互いに交差することなくバラバラのルートをとっている。


「もっと最初の番号取れよ」

「待つだけで疲れる」

「お前らうるせえな!」


 グダグダとルイズに文句を言いながら待機するハルカたちに対して、シャイナのパーティーはウォーミングアップに入っていた。どうやらもうすぐ順番が回ってくるようだ。


 シャイナのパーティーはバランスの取れたメンバー構成だ。

 光属性魔法の得意な大剣使い、闇属性と地属性を操る槍使い、そして天属性魔法をはじめ、オールマイティな技を駆使する魔法使いシャイナ。

 このメンツなら試験召喚獣程度なら軽く片づけることができるだろう。やや難易度高めの任務もなんなくこなせそうだ。ルイズは安定感抜群のシャイナ組を羨ましそうに眺めた。


「次の五組! 前へ!」


 今回の試験を取り仕切るグレン教官が、野太い声で指示を出す。シャイナ組は五つある入り口の内、左から二番目のところで立ち止まった。


「それでは……開始!」


 グレンが銅鑼を一つ鳴らす。五組のパーティーが一斉に走り出し、ドームの階段を駆け下りていった。音の余韻がドームの中で反響する。


「シャイナ、いっちゃった」

「まあ、あいつらなら大丈夫だろ。それより、俺たち自身の心配しないとな」


 ヘラヘラ笑うハルカを見て、ルイズは呆れ顔だ。


「試験召喚獣を倒して、そいつが守っている(あかし)を取ってくればいいんだろ? この前の襲撃事件に比べりゃ簡単な話だ。肝試しみてぇなもんだな」


 調子を取り戻したルイズは、口の方も絶好調だ。

 試験召喚獣が守っているのは、校章が刻まれた石板。召喚獣を倒さなければ、それを手に入れることはできない。召喚獣を討ち、入手した石板をグレンに提出すれば、今回の試験はひとまず合格ということだ。


  のんきなやり取りをしているのはハルカたちぐらいだった。他の学生たちは、試験対策や作戦会議に余念がない。

 ハルカの瞼が次第に重くなっていった。腹も満たされ、天気の良い木陰でぼぅとしていれば眠くなるのも当然のことだった。


 おい、寝るな、とわめき散らすルイズの声が遠ざかる。サクラに至ってはすでに木にもたれかかって、ぐっすり夢の中だ。ハルカもうつらうつらと……。


「きゃああああああああ!」


 切り裂くような叫び声で、ハルカはまどろみの淵から引き戻された。


(この声……まさか!)


「シャイナの声」


 サクラがガバリと体を起こし、弓を手にした。

 学年主席のシャイナが叫び声をあげるなんて……ただ事ではない。シャイナであれば、試験召喚獣レベル、相手ではないはずだ。


 嫌な予感がする。


 まだあの事件は終わっていないんじゃないのか?

 学園長の言葉に安心しきっていたけど、何も解決していないんじゃないか?


 ハルカの胸がざわざわとざわめいた。


「で、どうするよ。行くのか」


 ルイズが竪琴を片手に、問いかける。その険しい顔つきから、嫌な予感がしているのはハルカだけではないようだ。

 もちろんハルカの答えは決まっている。ハルカはスラリと双剣を引き抜いた。


「シャイナを助けに行くぞ」


 どよめく学生の間をすり抜け、ハルカたちはシャイナが通ったドームの入り口へと走り出した。


「あ、あなたたち! 止まりなさい! 障壁(シールド)!」


 ハルカたちの動きに気づいたポラジットが杖を振りかざし、魔法で入り口を封鎖しようとした。

 しかし、ほんの一瞬、ハルカたちの方が早かった。ハルカは閉じかける障壁をすり抜け、入り口をくぐった。


「……っ! カティア教官、中で試験中の四組を避難させてください! ヴォーカ教官は待機生徒の誘導を!」


 背後から聞こえるポラジットの声に、ハルカはより走るスピードを速めた。

 ポラジットを待てば、きっと大空洞から追い出されるに違いない。それだけは絶対に避けなければ。


「急ぐぞ!」


 ハルカたちは大空洞の階段を全速力で駆け抜けた。


*****


 ポラジットの足音が聞こえなくなってから随分経つ。


 大空洞は濁った白色の石灰岩でできたーー巨大な鍾乳洞だ。天井からは、つららのような鐘乳石が幾筋もぶら下がっている。


 通路は整備されており、ところどころ観光地だということがうかがえた。だが手すりのすぐ向こう側は、床一面びっしりと石筍(せきじゅん)が生えている。

 ところどころで石筍が途切れ、平坦な地面がのぞいていた。そうなっているところにはたいてい横穴があったが、観光客が入らないようロープが張られていた。


「シャイナ! 返事して!」


 サクラが声を張り上げるが、虚しく洞窟に響くだけだった。返事はおろか、物音一つ……戦闘している様子も感じない。

 あまりの静けさにハルカは薄気味悪ささえ感じ始めていた。ハルカたちは足早に通路を行くも、一向にシャイナたちと出くわす気配がない。


「一体どうなってやがるんだ? 何かに襲われたにしては妙だな。そもそもここに魔物はいないはずだろ」


 ルイズの疑問ももっともだ。


「何か事件に巻き込まれたと考えるのが妥当でしょう。急がなくてはいけませんね」

「ああ……って、ポラジット!? お前、どうしてここにいるんだよ!」


(撒いたはずじゃ……。一体どこから湧いてきたんだ!?)


 ポラジットの出現に、サクラとルイズも思わず後ずさる。

 ポラジットはジトッとハルカを睨めつけた。よくも逃げてくれましたね、と言わんばかりに。

 そして、ほぅとため息をつき、ローブのポケットから一枚の紙を取り出した。


「あなたたちに追いつくために近道をしました。これは大空洞の正確な見取り図です。横穴がどこにつながっているのか、一目でわかりますよ」


 本当は秘密事項なのですが、とポラジットは困った顔をする。それでもハルカたちに開示してくれたということは、ポラジットも非常事態だと感じているのだろう。


 地図には、今いる場所から入り口を繋ぐ道がいくつか描かれていた。

 ハルカたちはここまで到達するのに迂回した順路を歩いていたようだ。一方、ポラジットはまっすぐ一直線にここまで来たことになる。

 ポラジットは現在地からの地図をなぞり、バツ印が記された地点を指差した。


「試験で定められたルートは観光用の順路を用いています。この印が書かれた所……(つい)の間と呼ばれている場所が終点です。

 カティア教官の『武』の召喚獣とは、ここで戦闘することになっています」

「終の間まではあと少しっすね……。そろそろシャイナたちと合流できてもいいんじゃないっすか?」


 ルイズの言葉に、ポラジットは力強く頷く。


「試験召喚獣は攻略の難しい相手ではありません。学生の能力を平均して設定されているので、ほとんどの学生にとっては敵ではないでしょう。終の間までの道中で、何かトラブルに巻き込まれたに違いありません」


 一行は周囲を警戒しながら歩いた。

 ハルカは今すぐ走り出したいという衝動に駆られたが、慎重に行くべきだというポラジットの助言に従った。


 短い距離なのに、なかなかたどり着けない。もどかしく思う気持ちだけが、前へ前へと一人歩きする。

 そんな中、サクラがくん、と鼻を鳴らした。


「……匂いがする。シャイナがいつもつけている香水」

「本当かっ!?」


 ハルカたちにはわからない微かな匂いを、サクラが感じ取った。

 やがてくる敵に身構え、前へと進む。すると、唐突にポラジットが叫んだ。


「あれは……シャイナのパーティです!」


 もうすぐ終の間というところまで来た時、ハルカは彼女たちを見つけた。


 力なく倒れる剣士と槍使いの二人。

 そして――壁を伝いながらよろめき歩くシャイナの姿を。

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