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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第20話:卒業試験一日目(前編)

 清々しいほどの晴天。雲ひとつなく、小鳥が喜び勇んで飛び回る朝――。

 その一方で、ハルカたちの心は打って変わって曇り空だ……いいや、いろいろ通り越して大豪雨と言ってもおかしくない。


「ハルカ。胃に穴があきそう」

「ああ……俺もだよ、サクラ」


 大講堂に集まる面々……その顔は皆真っ青だ。ただ一人、シャイナを除いては。


「日頃から予習復習をきっちりしていれば、試験なんかにビクビクする必要ないのに。あなたたち、この三年間テストを何度も受けているのに懲りないわね」


 正論です、ごもっともです。ハルカはうなだれた。

 とは言え、学生というものはどの世界でも同じのようだ。

 テスト勉強はもちろんテスト直前に。授業以外の時間は青春を謳歌して過ごすのだ。ちなみにハルカはその青春のほとんどを、デュロイ邸でゴロゴロすることに費やしてしまったわけだが。

 シャイナがハルカたちに説教している真っ只中、ルイズが現れた。その顔は顔面蒼白どころか、生気の欠片も感じられない土気色だ。


「よう、お前ら。なんだ、その顔は、勉強ってのはなぁ……」


 ルイズはシャイナが言ったことをそっくりそのまま繰り返した。


「もうそのくだりはシャイナが済ませた」


 サクラが聞き飽きたと言わんばかりに、ギロリとルイズをにらんだ。


「お、おう、そうか。……うっ」


 ルイズは口元を手で押さえると、そのまま小走りで講堂を後にした。緊張で吐き気をもよおしたようだ。ルイズの目の下にあったくまといい、どうやらテスト前日に眠れないタイプらしい。


 時計の針が九の刻をさした。時間だ。

 始業の鐘が鳴り、担当教官三人が姿を現した。が、ルイズはまだ帰ってくる気配はない。


「おはようございます。ただいまより実践試験を始めたいと思います。それでは第一日目担当のカティア教官より説明があります。グレン・カティア教官、お願いします」


 教壇からポラジットの澄んだ声が響き渡った。一気に場の空気が引き締まり、しんとした静けさが訪れる。


 実践試験は二日行われる。今日、そして翌週の同じ日に。

 生徒たちは各日一体ずつ、計二体の教官が簡易召喚で喚び出した召喚獣と戦うことになっている。

 もちろん倒せなければ合格とはならない。パーティーメンバーと協力し、この戦いを切り抜けなければならないのだ。


 ポラジットに促され、カティア教官が前に進み出た。紫のマントがバサリと翻る。マントの下には黒鉄の鎧をまとっていた。


「剣術担当、グレン・カティアだ。

 試験第一日目は、私が召喚した『武』の召喚獣と模擬戦闘を行ってもらう。会場はゴラゴタ砂漠の地下大空洞だ。

 試験参加資格を有するパーティーは適宜、南の転移門前に集合するように! 集合時刻は十二の刻。以上!」


 カティア教官の野太い声が場を締めくくった。一瞬の静けさの後、すぐにざわざわとした雰囲気が周囲を包んだ。


「ふん、今から試験だってのに落ち着きねえ奴らだな」


 いつの間にかハルカたちの背後にルイズが立っていた。


「まあ、俺様くらいのレベルになればだな……うっ」


 再びバタバタとルイズが走り去る。サクラとシャイナは不安げ……というより、呆れた眼差しでルイズを見やった。


「一番落ち着きがないの、ルイズ」

「ルイズはいつもああなのよ、試験の時」

「……お前ら、もっとルイズのこと心配してやれよ」


 そんな二人の様子を見て、ハルカは苦笑した。


 *****


 南の転移門は、湖畔にあった。

 ほんのり汗ばむ気候、サラサラとした広い砂地……湖畔というより、海岸に似た景色だ。


 転移門の前には十五人乗りの竜馬車が四台、ハルカたちを待ち受けていた。これに乗り、試験会場である地下大空洞へと向かう。


 深緑色の大蜥蜴(おおとかげ)が、気怠そうに荷台を引っぱっていく。竜使いが鞭打つも、一向にスピードを増す気配はない。荷台には屋根はあるが、壁はなかった。


 からりと乾燥した風が肌に吹きつける。日本の夏もこんな感じならいいのに、とハルカはジメジメとした元の世界の夏を思い出す。

 ハルカたちは支給された昼食を頬張りながら、小旅行気分を味わっていた。野菜がたっぷり入ったサンドイッチ、刻んだ塩漬け肉が練りこまれた丸パン、そして果実水。

 昼食にはまだ早い気もするが、しっかりとパンを噛み締め、果実水で流しこむ。試験が始まれば食べ物どころではなくなってしまう。


 ハルカの隣に座っているシャイナがため息をこぼした。いつも自信満々のシャイナには珍しいことだ。シャイナは丸パンを小さくちぎると、荷台からぽいと放り投げた。どこからやってきたのか、それを目当てに痩せ細った鳥が群がる。


「会場が地下大空洞だなんて……私にとっては厄介な場所だわ」

「ん? 暗いところが苦手なのか?」


 ハルカの的外れな質問に、シャイナがやれやれと首を振った。

 隣では、サクラがルイズに昼食を半分押しつけている。どうやら丸パンに干し肉が入っていたのがお気に召さなかったようだ。

 すっかり調子を取り戻したルイズは、しょうがねえなと言いながらサクラから丸パンを受け取った。……心なしかその様子は嬉しそうにも見える。


「暗いところが苦手なんじゃないのよ。私、天属性の魔法が得意なの。地下じゃ天元素が少ないもの。十分に実力が発揮できないわ」

「ふぅん……」


 魔法を使わないハルカにはその気持ちはまったくわからない。


 天元素は水・風・雷といった気象現象を、地元素は土・火・木といった大地に根づくものを司っている。

 ちなみに光元素は回復や自身の能力を上げる補助魔法に、闇元素は敵に状態異常を付与する魔法に変換される。


 普通、空気中には四元素は均等に存在するが、例外もある。今回の試験会場である洞窟はその最たる例だ。外界に比べ、天元素と光元素は圧倒的に少ない。逆に地元素と闇元素が満ちた場所だ。


「光属性を得意とする人たちにとっても、今回の場所は不利ね。その点、あなたのパーティーは不得手がないのね。あなたは魔法がまったく使えないし、サクラも召喚術メインね。ルイズにとっては、音が響く洞窟内は有利と言ってもいいんじゃないかしら。まあ……サクラの召喚術はちょっと反則だけど」


 頑張って会得したのなら仕方ないか。そう言ってシャイナは微笑んだ。

 その目には、まるで姉が妹を見守るようなあたたかさがあった。


「なぁ、ゴラゴタ砂漠の地下大空洞ってどんな所なんだ?」

「あら、あなた。行ったことない?」


 ハルカはふるふると首を横に振った。シャイナはコホンと偉そうに咳ばらいをする。


「地下大空洞は有名な観光地の一つよ。

 どのようにして大空洞ができたのかは諸説あって、まだ結論は出ていないわ。魔物が住んでいるというのは聞いたことがないし、試験会場としては妥当な場所と言えるわ」


 さすが生き字引。調べるより早い。ハルカはおおっ、と感嘆の声をあげた。

 さらに説明を続けようとしたシャイナは、何かに気付いたように言葉を切った。


「ほら、見て。あそこ。あそこが大空洞の入り口よ」


 シャイナが指差す先にあったのは、岩のドームだった。話によると、そこから地下に続く階段が伸びているらしい。


「アイルディアという世界が作られた時から存在したと言われているわ。本当……不思議よね。神様はどうしてこんなものを作ったのかしら」


 探究心をくすぐられるのか、シャイナの頬は赤く染まっていた。


「そろそろ着くわ。気を引き締めていかないとね。……ハルカ、あなたたちも頑張ってね」

「ああ、シャイナも」


 竜馬車はドームを目指し、ほんの少し速度を増した。

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