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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第19話:午後のお茶会(後編)

 第五元素銃(フィフスガン)。確かにルドルフトはそう言った――。

 ルドルフトの言葉をサクラとルイズは聞き逃してはいなかった。現場に遅れてやって来たシャイナだけが、唐突に登場した謎の言葉に困惑していた。


「第五元素が存在するというのは聞いたことがある。でも、あくまで存在するかもって話で。その抽出に……まして、実用化に成功したとは聞いたことねえよな」


 ルイズが首を傾げながら言った。ルイズの言葉にサクラとシャイナは黙って頷く。


 それもそのはずだ。

 先の大戦で用いられたという第五元素砲(フィフスカノン)の存在は、軍の上部によって厳重に隠匿された。当時、砲撃を受けた兵士には、強大な魔術兵器によるものだと説明されていた。


「先の大戦で、帝国はすでに第五元素の抽出を成功させ、さらには軍用化までしておった。しかし、まさかここまで実用化が進んでいたとはな。

 おそらく、ホロウ・クロウは現総統転覆のためなら、帝国と手を結ぶことも厭わなかったのやも知れぬ」


 敵の背後には、やはり帝国がいる。

 ハルカは自分の運命が、大きく動き始めたことを感じた。

 生徒たちの様子を見たアルフが朗らかに笑った。生徒たちに余計な心配をかけまいと。


「話す必要を感じたから、君たちに全てを話したが、何も恐れることはない。学園は全面的に君たちを守るつもりであるし、君たちは卒業試験のことだけを考えておればよい。

 今回の事態を踏まえ、実践試験本番までは演習任務はいったん取り止める方針だ。安心したまえ」


 それを最後に、アルフは口を閉ざしてしまった。もうこれ以上話すことはないといった風に、静かに目を伏せた。ポラジットが仕切り直しに手を叩き、ティーポットを持ち上げた。


「では、お茶会の続きをしましょうか。このハーブティーは疲労回復の効果もあるのですよ。お代わりはいかが?」


 ハルカたちは戸惑い、互いの顔を見合わせた。

 そんな雰囲気を打破するかのような明るい声をあげたのは、シャイナだった。


「そ、そうですね。私、もう一杯、お茶をいただいてもよろしいですか? あ、お土産のお菓子もあります! 教官も学園長もぜひ召し上がってください」


 シャイナにつられ、ルイズ、サクラとお茶のお代わりを申し出る。

 こうなると、すっかりお茶会モードだ。再び和やかな空気の中、ハルカたちの午後は過ぎていった。

 全員の心の中に、小さなしこりを残したまま。


 *****


「なぁ、ポラジット、いるか?」


 ハルカはポラジットの部屋を訪れた。お茶会が終わり、カナンが夕食の支度を済ませるまではまだ時間があった。

 

「どうぞ」


 扉が開き、ポラジットがハルカを部屋へ招き入れる。ポラジットは奥に、ハルカは戸口近くの椅子に腰を下ろした。


「あのさ……聞きたいことがあるんだ」

「……ええ、きっとあなたは来るだろうと思っていました」


 ポラジットは普段着に着替えていた。

 白のフリルがついたブラウスを身につけ、濃紺のキュロットスカートは腰の高めの位置にある。

 焦茶のタイツ、それからタイツよりさらに色の濃い茶色のブーツを履いていた。

 ヒールがあるせいか、学園にいる時よりも背が高くみえた。銀の装飾で束ねてあったまとめ髪は解かれ、ゆったりと波打つ青髪が背中の中ほどで揺られていた。


「《虚無なる鴉ホロウ・クロウ》は獣人族と現総統を狙っている……。第五元素の抽出実験の事故で生まれたのが、確か魔物化したエリーチカだったよな」

「ええ、そして、ガリアス帝国大公家のメレブ家当主、ドーラ・メレブは第五元素の抽出を巡る過激な実験が原因で、連合を追われた科学者だったと……アリアはそう言っていました」

「今さらなって、帝国が動き始めたってことか? 俺が召喚されてからもう三年も経ったってのに」


 単刀直入なハルカの問いに、ポラジットは首を横に振った。


「……私にもまだ分かりません。ただ、あなたがこの世界に現れてからすぐ、二度、命を狙われました。

 一度目はクレイブ・タナスに、二度目はアリアと《虚無なる鴉》の《長》と名乗る人物に。

 帝国と《虚無なる鴉》の繋がりはその頃から示唆されていました。が、《長》は巧妙に痕跡を隠し、あれ以来姿を確認した者はいません。

 各地で《虚無なる鴉》と獣人族や親エルザ派の小競り合いは続いていましたが……取り締まれていないのが現実です」


 ポラジットは下唇を噛み、悔しそうに呟いた。

 

「彼らが再びハルカに目をつけてきたということは、彼らにとって、何らかの機が熟したのだと――そうとも考えられます」


 長いようで短かった三年。

 ハルカ自身も、対抗する手立てを身につけてはいた。が、それ以上に帝国も対策を練っていたのかもしれない。究極召喚獣バハムートとリーバルト連合への対策を。


「俺……本当に元の世界に帰れんのかな」

「召喚獣は術者の命令を果たせば元の世界へ帰ることができます。

 あなたの場合、それが分かりません。老師はあなたにこの世界での役割を告げることなく逝ってしまわれました。老師に……聞くにも聞けませんね」


 寂しげな笑みを浮かべるポラジット。

 ダヤンのことを思い出させるのは酷かもしれない。それでも、ハルカは今知り得るすべてを聞きたかった。


「あなたを強制送還させる方法もありますが、こちらはほぼ不可能でしょう。老師と同等の召喚士であり、かつウルドの杖に選ばれた者。この条件を満たすのは容易ではありません」


 どちらにしても、ハルカは簡単には元の世界に帰れそうにない。

 でも、帰れないわけじゃない。いつか帰る方法はきっと見つかる。ハルカは折れそうな心を、奮い立たせた。


「……ハルカ、大丈夫ですか?」


 小難しい顔をしたハルカを見かねたポラジットが、気遣わしげに尋ねた。


「ああ、大丈夫だよ。悪かったな、気を遣わせて」


 ハルカは努めて気丈に振る舞った。無理矢理笑みを作り、それから板張りの床の隙間をじっと見つめる。


 自分の存在が再び渦の中心になり始めたこと。

 そして、気が遠くなるほど遠い、元の世界への道。

 それら全てがハルカの肩に、背にずっしりとのしかかった。


「ハルカ……」


 ふいにハルカの視界にポラジットの顔が飛び込む。

 膝の上にある手に、ポラジットの白くなめらかな手が覆いかぶさった。ポラジットは床に膝をつき、ハルカの顔を覗き込んだ。


「大丈夫、という顔ではありませんよ」


 自分に向けられた柔らかな笑顔。

 優しい言葉をかけられ、喉の奥がつんと痛んだ。それでも、ハルカの口をついて出たのはいつもの憎まれ口だ。


「なんだよ、お前らしくない顔だな。いつももっとツンツンしてるくせに」


 へへっとだらけた顔で、ハルカは笑う。


「失礼ですね。私はそんなに素っ気なく接しているつもりはありませんよ」


 唇を尖らせ、ポラジットは反論した。だいたいハルカはですね……、とポラジット。


(分かってるよ。勉強不足、真面目じゃない、いつものお小言だろ)


 けれども、その小言が、今は妙に心地よかった。

 ポラジットはひとしきり不平不満をこぼし、最後にコホンと咳をひとつ。


「でも、忘れないでくださいね。何度でも言いますよ。私はあなたの運命を共に負う覚悟です。一人で抱え込むのだけはやめてくださいね」


 運命。自分の知らない間に膨れ上がる、先の見えない運命。

 偉そうに、と言いかけ、ハルカは思いとどまった。


「ありがとう」


 今は素直に言っておくことにしよう。ありがとうと思ったのは本当のことだから。


「べ……別に感謝する必要はありませんよ。あなたのことは老師に託されたのですから、監視者として当然のことです」


 ククク、とハルカは笑う。

 そしてカナンが夕食のベルを鳴らしたのが聞こえた。ハルカとポラジットは顔を見合わせる。


「……腹減ったな」

「ええ、そうですね。いきましょうか」


 あたたかな夕食が待つ食堂へ。

 ハルカたちは二人並んで、廊下を歩いた。

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