第18話:午後のお茶会(中編)
クライア学園の長にして、稀代の召喚士ダヤン・サイオスの弟――アルフ・サイオス。
ダヤン亡き後、連合国総統の補佐役としても勤め、ユリーアス共和国で、実質的に最も発言力のある人物だと言っても過言ではなかった。
「どうして……学園長がこんなところにいらっしゃるんですか……?」
アルフの突然の来訪に、ハルカたちは皆度肝を抜かれた。だが、実はアルフが屋敷を訪れることは予定されていたことだったらしい。
襲撃事件後、その詳細を知らされていたポラジットは、生徒にどこまで話してよいのか、考えあぐねていた。
そんな折、アルフが自ら生徒に説明したいと申し出たのだ。学園トップの口から説明してもらえるのであれば、ポラジットにとってこれほど心強いことはなかった。
「お茶会に、私も参加させてもらおうかな」
ポラジットはアルフが座りやすいよう、そっと椅子を引いた。すまないね、と一言つぶやき、腰掛ける。カナンがすぐさまお茶を持ち、程よい温度のそれをアルフの前に差し出した。
「まあ、君たち、座りなさい。話は長い。そう緊張なさるな」
アルフは上品な仕草でハーブティーを飲むと、卓上の焼き菓子をつまみ、おどけた風にポンと口に放り込んだ。
ハルカたちは互いに顔を見合わせ、それから改めて席についた。ポラジットはアルフの少し後ろで立ったまま、話を聞くことにした。
「ええと、どこまで話が進んでいたのかな? あぁ、総統閣下に敵対心を持つ連中も多い、というところまでかな」
アルフはふむ、と顎に手を添えると、口元の短い髭を触りながら言葉を紡いだ。
「結論から言おう。今回の騒動、襲撃犯は反エルザ派を掲げる輩の仕業だ。
その中でも最も過激だと言われている反連合組織『虚無なる鴉』によるものだと判明した。調査の結果、襲撃犯の体にホロウ・クロウの刺青……剣を咥えた鴉の印があったのだ。
あの巨体も、本物のルドルフトと入れ替わり、刺青を隠すためだったと考えられる」
連合国総統が直接率いる特殊兵団の軍旗は紅の鴉だ。
ホロウ・クロウは総統自身を揶揄する意味を含んでいた。つまり中身のない、空っぽの総統――虚無なる鴉。
「じゃあ、ルドルフトが俺に言った言葉……国を乱すものに裁きをっていうのは……」
「左様。ハルカ、君に言った言葉に間違いないだろう。長らく連合国を治めていたマギウス前総統を失脚に追いやる要因を作った、君に」
ハルカは言葉を失う。
どうにもならないことで恨みを買ってしまう無念。自身のあずかり知らぬところで芽生える負の感情達が、ハルカを圧倒しそうになる。
「では、私とデュロイ教官を襲った巨人……あれも、ホロウ・クロウの仕業なのですね。おそらくデュロイ教官も標的にされているのでは……?」
「かもしれぬな。バハムートを召喚した兄ダヤンの愛弟子であり、現にハルカの保護者でもある。標的にされる要因は十分ある」
標的になるのはハルカだけではなく、ポラジットも例外ではなかった。
「過激派の最大の目的はおそらくタキ・エルザ総統閣下を退任に追い込むこと、そして前総統体制の崩壊を招いた者たちに制裁を加えることであろう」
連合国ではよほどのことがない限り、一度その任に就くと、総統の存命中、トップの交代はありえない。各国からの不信任案が可決されない限り、タキ・エルザ体制が崩れることはなかった。
だからこそ――タキ・エルザ個人の命が狙われてもおかしくはない。
「今回は偶然、襲撃犯の身柄を――生きた状態ではないが――捕縛することができた」
空になったカップを軽く持ち上げ、アルフはカナンにお茶のお代わりを所望した。そんなアルフに代わり、ポラジットが話を続ける。
「授業で召喚術の大まかな分類について説明しましたね。あなた方は覚えていますか?」
「簡易召喚と幻獣召喚っすよね。確か」
ポラジットはちらりとサクラに視線を移した。
「サクラ、この二つの召喚術、召喚する対象に決定的な違いがあるのを覚えていますか?」
ふいに指名されたサクラは束の間、戸惑う素振りをみせたが、おずおずとポラジットの問いに答えた。
「対象が異世界で……魂を持つものであったかどうか、です」
「その通り。簡易召喚で召喚できるのはあくまで魂なき物。幻獣召喚で呼ばれた召喚獣は魂を持つ者です。……講義の復習はこのくらいにしましょうか」
ポラジットは姿勢を正した。その側ではアルフが静かにお茶の香りを楽しんでいた。
カップがティーソーサーと触れ合う音だけが、食堂に響く。この先の話をすることに、ポラジットはあまり乗り気ではなかった。しかし、生徒たちにに隠し通すことは得策ではないとアルフが判断したことだった。
「講義では話しませんでしたが、もう一つ、召喚術の種類があります。……あまりにも危険なので、敢えてあなた方には教えませんでした」
「もう一つの召喚術? 二種類だけじゃなかったのか?」
ハルカの問いかけに、ポラジットは力強く頷いた。
「召喚獣は術者の熱量を糧にします。
術者はほんの少し食事量を増やし、熱量を多く生成することで、召喚獣にエネルギーを与えることができるのです。
普通の人には見えませんが、我々召喚士は杖の力を借りて、術者と召喚獣の間にある、そのエネルギー供給のパイプを識別することができます。この召喚獣が誰によって召喚されたのかが分かるわけです。
問題は今回、私を襲った召喚獣に関して、そのパイプが認められなかったことです。これはもう一つの召喚術を使った何よりの証拠でしょう。
その特殊な召喚方法を――代償召喚と呼びます」
カップのお茶はすっかり冷え切っていた。
誰も言葉を口にしなかった。
「代償召喚では召喚獣への熱量供給を必要としません。パイプを断ち切ってしまうのですね。
常に召喚獣に熱量を供給する必要がなくなる代わり、術者は召喚獣の糧として、自身の命を差し出さなければなりません」
ポラジットは一息つき、再び重い口を開いた。
敵は自らの命を投げ打ってでも、目的を成し遂げようとしている。ハルカを狙っているのはそれほど危険な相手なのだと。
「その代わり、代償召喚では簡易召喚以上に強力な召喚獣を呼ぶことができます。今回、我々が対峙した召喚獣はおそらく、代償召喚によるものでしょう」
「君たちに黙っておくこともできた……が、君たちは手段を選ばない相手に狙われている。全てを話しておくべきだと私は判断したのだよ」
アルフの言葉を、ハルカたちは暗い顔で聞いた。うつむくハルカたちだったが、いきなりサクラが面をあげた。
「学園長。一つだけ。よろしいですか」
「ああ、何でも答えよう」
サクラは一瞬ためらうように目を伏せ、そして覚悟を決めた目で学園長を見据えた。
「ルドルフトが言っていた。あの銃、あれはただの銃じゃない。……第五元素銃とは何ですか」
それはポラジットとアルフが最も聞かれたくなかったことだった。生徒たちがが銃のことに気付かなければ、と。
しかし、そんな二人の願いは叶わなかったのだ。




