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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第17話:午後のお茶会(前編)

 実践試験はすぐそこまで迫っていた。


 今週と来週は授業は午前で終了し、昼以降は各自で試験対策を行うこと、となっている。安息日を含めても、試験まで残されたのは十日しかない。


 切羽詰まった状況ではあるが、襲撃事件の後ではハルカのやる気はほぼゼロに等しかった。誰がなんと言おうと――たとえルイズが文句を言おうと――午後は家でゆっくりしようと心に決めていたハルカだったが。


「で、どうして俺様が! わざわざ出来損ないの家まで出向かなきゃならねえんだ」

「知らねえよ。そっくりそのままの言葉でポラジットに聞いてみろよ」

「ハルカの家、初めて行く」

「どどどうしよう! 手土産はこれでいいかしら? ねえ、ハルカ、教官は甘いお菓子はお好きかしら?」


 ハルカの後をぞろぞろとついて歩くのは、いつもの三人――ルイズ、サクラ、シャイナだ。


(どうしてこうなった……)


 午前の授業終了後、ポラジットが唐突に三人を、お茶会と称し家に招待したのだ。


 事件後、ハルカたちはザラの制圧隊に連行されることはなかった。渦中の張本人たち、というのにだ。実は、裏で学園が根回しをし、ハルカたちを守ってくれたのだとか。


 だが、事情を把握しないままハルカたちを放置しておくわけにもいかない。ザラ領主はハルカたちを拘束しない条件として、学園側が事件の事情聴取を行うよう、学園に要求した。


「おい、ハルカ。まだ着かねえのか」

「うるせえ……ほんと、お前はうるせえ! 黙ってついてこいっての」


 学園東の転移門から大通りまでは距離がある。

 とは言っても、軽い散歩コース程度の距離ーーほんの十五分くらいの行程だ。一人で歩いているときは大した距離と思わなかったが、ルイズの愚痴のせいで、大通りまでの道のりがやたらと長く感じられた。


 大通りではカナンが馬車でハルカたちを迎えに来てくれていた。カナンの姿を認めたハルカは、どっと体の力が抜ける思いだった。

 これ以上、ルイズの愚痴を聞かされなくて済む。何かと口煩いカナンだったが、この日だけはカナンに感謝だ。


 大通りを外れた閑静な住宅地に、ハルカとポラジットたちが住む屋敷はある。

 住宅地と言っても住人はほとんどいない。それまで暮らしていた住人は、新たに作られた、便利で開けた住宅地へと移ってしまっていた。

 しかし、ポラジットは多少不便な土地でも静かな方がいい、とここに居を構えたのだ。


 馬車の小窓から、サクラは興味津々で流れる景色を眺めている。ルイズは尻が痛いだの安物の椅子だと散々馬車の内装を貶し、シャイナは手鏡を覗きこみながらひっきりなしに前髪を整えていた。

 しばらくすると、不意にヒヒンと馬が嘶く声がした。馬車は徐々に速度を落とし、乳白色の石造りの屋敷前で静かに停車した。


「皆様、お疲れ様でした」


 馬車から降りたハルカたちをカナンが誘導する。剪定された花々が咲く、こぎれいな庭を抜け、一行は玄関をくぐった。そして、そのまま食堂に通される。


 ハルカたちが席につくと、ただでさえ手狭な食堂はより窮屈なものに感じられた。ハルカたちは二人ずつ向かい合わせになる。ハルカとサクラが並んで座り、木製のテーブルを挟んだ正面にはルイズとシャイナが腰を下ろした。


 カナンが自慢の温かいお茶を淹れる。ハルカたち全員の前にその香り高いハーブティーとメレンゲの焼き菓子が振る舞われたところで食堂の扉が開いた。


「皆さん、お揃いですか?」


 現れたポラジットは教官の制服姿だった。ただ、お茶会ということもあり、銀の薔薇飾りで髪を纏め上げている。


「ほ、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます!」

「いいのですよ、シャイナ。構えることはありません。急な招待でしたが、皆さん、よく来てくれましたね。この忙しい時期に本当に申し訳なく思っています」


 ポラジットの表情はどことなく固い。


「皆さん、お分かりだと思いますが……今日集まっていただいたのは先日の、ザラ・ハルス襲撃事件の件についてです。あなた方にいくつかお話しなければならないことがあります。カナン、お下がりなさい」


 カナンは深く頭を下げると、食堂を後にした。残されたのはハルカたち四人とポラジットだけだ。ポラジットは背筋を正し、ひとりひとりの顔をゆっくりと眺めた。


「襲撃犯ルドルフト・ルドルですが、我々の目の前にいた彼は本物のルドルフトではありませんでした。

 彼は昨年から急激に体型が変わったたとのことでしたので……おそらくその時点で本物のルドルフトとすり替わったのではないかと考えられます。

 太っていたのはすり替わりを誤魔化すカモフラージュだったのでしょう。本物のルドルフトは、真面目で実直な管理人だったと……」

「ほ、本物のルドルフトじゃない!? じゃああれは一体誰なんだ……?」


 思わず声に出してしまうほど、ハルカは驚いていた。ポラジットは目を伏せ、少しの間黙り込む。それはまるで適切な言葉を選ぶために思案しているかのようだった。


「敗戦の際、帝国側は我々に条件を提示しました。その中のひとつにコーデリアス・マギウス閣下……当時の連合国トップの身柄を引き渡すという項目がありました。

 マギウス元総統の身柄は帝国へ送られ、その後任として、史上初の獣人族総統、タキ・エルザ閣下がお立ちになりました」

「それが……今回のこととどのような関係があるのですか?」


 シャイナが訝しげな瞳でポラジットに問うた。

 ハルカはティーカップのハーブティーを一口含み、乾ききった口の中を香り高い液体で潤した。大戦のことが絡んでくるなんて……嫌な気分だ。


「サクラはその身をもって体感しているでしょうが……ごく最近まで、獣人族は差別の対象でした」


 サクラは居心地が悪いのか、ジリと体を捩らせた。


「我々、アイルディアの民は四つの種族に分けられます。ちょうどここには全種族が集まっていますね。魔族のシャイナ、竜騎族のルイズ、精霊族の私、そして獣人族のサクラ。獣人族は他の三種族とは異なる進化を遂げました」


 ポラジットはサクラの様子を気遣いながら、さらに話を続けた。


「三種族は脳内に変換器官という器官を持っています。これによって、大気中の元素を魔法という形に変換することができるのです。

 しかし、獣人族にはそれがありません。敏感な五感と引き換えに、変換器官が発達しなかったと言われています。

 ……それゆえ、獣人族は三種族から差別的な扱いを受けることになってしまったのです。魔法を使えない、野蛮な民族だと」


 ポラジットはふうと大きく息を吐いた。

 獣人族が差別を受けていることは誰もが知っているところだった。近年、差別をなくそうという動きから、獣人族にはだいぶ暮らしやすい世の中になったとは言え、まだまだその根は深い。


「話を戻しましょうか。そのような背景から、エルザ閣下の体制に不満を持つものも多いのが事実です。

 彼らの言い分は、粗野な獣人族に国を任せるなど言語道断だ、と。エルザ閣下は聡明で理知的な方であり、連合国を取りまとめるのに相応しい方であるというのに……」


 ポラジットが苦々しい顔をした時、なにやら玄関でばたつく気配がした。この屋敷には来客など滅多にないのに、ハルカは食堂の扉へと視線を移した。


「そうですね……説明の続きは、お願いしましょうか」


 ポラジットは席を立ち、椅子の後ろへ二歩下がった。その後、扉をノックする音と、カナンの呼び声が聞こえた。


「ポラジット様、よろしいでしょうか」

「ええ」


 扉が開き、ポラジットは扉の向こうの人物に恭しく頭を下げた。予想もしていなかった人物の登場に、ハルカたちはたじろぎ、どよめいた。


「ア……アルフ・サイオス学園長……」


 ハルカたちの目の前に、アルフ・サイオス学園長が厳かに佇んでいた。

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