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遙かなるバハムート  作者: 山石尾花
第3章:黒蝶の鎮魂歌
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第16話:銃口

 記憶が蘇る。この世界に召喚された日。

 あの時と同じだ、とハルカは思った。


 黒い光は触れたものをことごとく焼き尽くし、ハルカを召喚した張本人までもこの世界から消し去ってしまった。

 

 失望、涙、憔悴。異世界からやってきたハルカを迎えたのは、あたたかい歓迎の言葉などではなかった。


 もしもあの黒い光――第五元素砲(フィフスカノン)の砲撃がなければ、ハルカの異世界人生だって変わっていたかもしれない。いや、あれがなければ元の世界でいつも通りの生活を送れていたはずだ。


(あんなものがなければ――)


 再び放たれた第五元素の光を眼前にハルカが思ったのは、それだけだった。


 *****


「ハルカ!」


 サクラの叫びで、ハルカは現実へと引き戻された。


 光が迫る。ハルカの目には、その光の動きはひどぬ緩慢なもの映った。

 不自然な体勢から放たれたそれを避けるのは、そう難しいものではなかった。

 だが、避けようと体を捻ったハルカはすんでのところで思いとどまる。

 光の延長線上にはサクラとルイズがいたのだ。


(俺が避けたらあいつらは……?)


 ハルカの脳内でフラッシュバックするのは、崩れた城塞と焼け野原の姿。

 砲撃ほどの威力はないにしても、この一発は確実に死をもたらすだろう。


「てめ……何やってんだ! 避けろ!」


(誰がお前の命令なんか聞くかっての)


 ハルカはかすかに口の端を歪めた。

 究極召喚獣(バハムート)である自分ならばなんとかなるかもしれない。

 そんな不確かな淡い期待を抱き、ハルカは固く目を閉じた――。


障壁(シールド)!」


 身を硬くしたハルカの耳に届いたのは、聞こえるはずのない声。

 ここにいるはずのない、彼女・・のそれ。


 ハルカの体は魔力の球体に覆われた。間髪いれず、黒い光の弾丸が障壁に衝突し、壁面を歪ませる。

 弾丸は壁を打ち破ろうと、さらに圧力をかけてきた。


「サクラ・フェイ! 援護を!」


 不意のことに気をとられたサクラだったが、ポラジットの一声で我に返り、弓を構える。


炎之矢イグニス!」


 放たれたサクラの矢は寸分の狂いもなく、真っ直ぐルドルフトの手を射た。手の甲を焼かれたルドルフトは、熱に耐えかね、銃を取り落とす。


「ちっ!」

「これ以上、あなたの好きにはさせません!」


 高らかにポラジットが言い放ち、シャンと杖を鳴らす。障壁がそれに共鳴した。

 さらに分厚くなった壁に、第五元素銃の弾丸は太刀打ちできなかった。ガラスが割れるような音を立て、弾丸は粉々に砕けて散る。


「カナン! 襲撃犯を捕らえなさい!」


 戸口で一部始終を見ていたサクラとルイズの間から、カナンが躍り出た。

 ポラジットが命じたその瞬間、カナンの腕から、いくつも枝分かれした植物の根が伸びる。その根がルドルフトめがけて襲いかかった。


 しかし、ルドルフトの方が一枚上手だった。――戦いとは違った意味で。


「捕まるわけに、いかないんだよ」


 下卑た笑みを浮かべ、ガリッとルドルフトが奥歯を噛みしめた。口の端から血が流れ、口髭を濡らす。

 直後、ルドルフトは口から泡を吹き、痙攣し始めた。ルドルフトの大きな体は跳ね、白目をむいている。


「まさか……毒を飲んだのか!」


 ハルカはその場から駆け出し、ルドルフトに近づいた。


「なんてこと……! シャイナ、治療魔法を!」

「分かりました!」


 なぜ、どうして? 答えのない問いがハルカの頭を巡る。


 ポラジットとシャイナが二人がかりでルドルフトの治療にかかった。二人とも魔法の腕は確かだ。

 全力を尽くせば、ルドルフトは助かるかもしれない。いや、助かってくれ――ハルカはそう思った。


 けれども、その祈りは届かない。

 ルドルフトは今度こそ本当に、息を引き取った。

 自らの人生に自ら幕を引くという、最も悲しい形で――。


 *****


 ザラの街から制圧隊が到着した頃には、すでにハルカたちの手で事態は収束していた。兵が村の家々を訪ねてまわり、避難しそびれていた村人を保護する。


 牧場の牛は窟鳥の被害に遭ってしまったものの、幸い村人たちの中から死者は出なかった。逃げる最中に怪我をした村人が数人いたが、全員大事には至らなかったらしい。

 この事件で出た死者は、襲撃犯ルドルフト・ルドルただ一人だった。


「後味の悪い結末ですが……皆が無事で本当によかったと思います」


 ポラジットがハルカたちを前に相好を崩した。

 普段から身だしなみは整えている彼女だが、今の服の乱れを見れば、いかに急いで駆けつけてくれたのか、ハルカにはすぐに分かった。


「それに……少しですが、あなた方の成長を垣間見ることができました。特にサクラ、あなたの召喚術には驚きました」


 サクラは何を言われているのかよくわからない、と言いたげに首を傾げた。

 ポラジットは微笑みながら、ハルカに近づいた。ハルカの胸ポケットから覗く一枚の紙を手に取り、目の前で広げてみせる。


「それ、大事な大事な依頼書なんですけど、教官」


 わざと教官、というあたりに力を込める。ポラジットは一瞬、ハルカと目を合わせた。


(いいから黙ってなさい、そう言いたいんだな)


 その一瞥でハルカの次の言葉は封殺される。ポラジットはすぐにサクラへと視線を戻した。


「異世界から形のある物を召喚し、この世界で新たな形を与える。それはさほど難しくはありませんし、誰にでもできる召喚術の基本です」


 ポラジットは依頼書を丁寧に折り曲げ、紙飛行機を作った。


「私たちが行っている召喚術は、折り紙のようなものなのです。折り方さえ知っていれば、どのようなものでも形作ることができます。

 しかし、この紙そのものがなければ――?

 あちらの世界で形のないものを召喚した場合、どのように形を与えればよいのでしょうか?」


 ポラジットは紙飛行機を空に向かって飛ばした。飛行機はぐんぐん遠くへ飛んでいき、しまいにはハルカたちの目の届かないところまで飛んで行ってしまった。


「サクラ、あなたがしている召喚術はそういうものです。炎に形はありません。それに矢という形を与えるのはとても難しいのです。でもあなたはそれをやってのけました。……かなり練習したのでしょう?」


 サクラは黙ってコクリと頷いた。ポラジットはサクラの手を取り、語りかけた。


「多大な努力と、そしてほんの少しばかりの才能。サクラ、あなたは召喚術の才能があるのかもしれませんね」


 その言葉をサクラはいつもの無表情で聞いていた。しかし、ハルカにはサクラの心の中で何かが動いたのが見えた。その証拠にサクラの目がキラキラ輝いてるのだから。


「……って! ポラジット! お前、今投げたの依頼書じゃねえか!」

「きょ、教官にお前だなんて! なんて口の聞き方してるの! 助けに来て下さったんだから、お礼のひとつくらい言いなさいよ!」

「マスターに対する態度をあれほど改めなさいと忠告申し上げましたのに」


 どこから現れたのか、金切り声でシャイナがハルカを責め立て、背後でカナンが細剣の切っ先をハルカに向ける。


「そういえば報酬ってどうなるんだ?」

「やっぱりルイズ、金の亡者」

「だから違うっての!」


 報酬を一番に気にするルイズと、そんなルイズをすかさず弄るサクラ。

 ポラジットはクスクスと肩を揺らしながら、その様子を笑って眺めていた。


「こんなことの後ではあの依頼書は無効でしょう。もちろん、きちんと公立牧場の方とは交渉する予定ですが。学園長にも今回の件については報告します。いいですね」


*****


 こうして一連の騒動は幕を閉じた。


 だが、この騒動は発端に過ぎながったということを、ハルカたちは知る由もなかった。

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