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楽園の誓い  作者: 凡 徹也
9/20

「第6日」その1

 昨夜はいつしか安堵の眠りに就いていた様で、目覚めはスッキリとしたものだった。窓からは明るい陽射しが部屋を照らし、相変わらずの乾燥した風がそよそよと部屋を吹き抜けていた。今日は、ハワイで一番行きたいと思っていた(最も、たまたま見た観光ガイドブックに載っていた数少ない情報の中でだが。)ハナウマ湾へ、大好きな自転車に乗ってサイクリングで出掛けられる。それも、一人ではなくユウイチと一緒に…。

 ウェアは、昨日のうちに短パンにTシャツと決めた。ちゃんとしたサイクルウェアやシューズは、日本から持ってきてないし、一回の為に買う気持ちになれなかった。自転車にしても、いくらアイアンマンレースの本拠地とはいえ、ビンディングの装着された本格的なロードレーサーでは恐らくないし、専用のシューズも無い。それに普段自転車など余り乗らないユウイチがウェアなど持ってる筈がない。お揃いのウェアとはいかないのだし、一人だけ本格的ウエアで決めても浮くだけだ。それならハナウマまでの距離ならマウンテンバイクに普段着でも、無理無く行けるだろうと踏んだのである。

 ハナウマ湾へはガイドブックによると、普通はツアーか路線バスでいくようだが、僕はそこまでの道程途中の何気無い住宅街の風景も楽しみたいと思っていた。それには自転車がうってつけなんだなと思っていた。

 同じ頃、ユウイチは、知り合いのレンタルバイクのショップにいた。ダイビングのインストラクターでもある俺は、今までに何十回ハナウマへと行っただろう。俺にとってはシュノーケリングのホームグラウンドみたいなもので、海の隅々まで知り尽くしている場所だ。でも、其処へわざわざ自転車で行くなんて普通じゃ無い。疲れるだけだ。サトルって奴はどこか変わってる。何で自転車で行くことを承知しちゃったんだろうと、出発間際になってもまだ解せない中途な気持ちでいた。

 ユウイチは、馴染みの店長に「一番楽に走れるやつを頼む」と聞いたが、

 「どれも似たり寄ったりで、大して変わらないよ」と笑われた。ユウイチは、覚悟を決めて店長のお薦めの未だ真新しい自転車を2台に、最新のサイクルウェアとヘルメット、スポーツサングラスを二そろい用意してもらい、ワゴン車に積み込んでショップを出発した。

 僕は、フロントで運動用のシューズを借りた。自転車専用のものは無いのでクロストレーニングシューズにした。シューズの紐をしっかりと締めてから、暫くロビーで座りながら待っていた。見渡してみると昨日までのロビーとは景色が違って見える。日本からの観光客が何処かのオプショナルツアーに行くらしく10名程が旅行社のツアーデスクの前にたむろしている。また、何組かのカップルはワイキキのビーチへ繰り出すのか丸めた御座やマリンバッグを持ち、楽しそうにフロント前から外へと出ていった。昨日までは、そんな事も目に入らなかった。

 まもなくしてユウイチは、いかにもかったるいといった感じの顔つきでやって来た。

 「お早う!」と、僕は実に元気に爽やかに声を掛けた。

 「やあ、お早う。」ユウイチは、言葉とは裏腹に浮かない顔つきの実に複雑な表情をしていた。ユウイチが、

 「自転車は、車に積んできた」と言ったので僕たちはホテルを出て車へと向かった。駐車場には横に会社名が書かれた大きなワゴン車が停まっていた。後ろのハッチを開けると、自転車が2台並んで載せてあったので、一台ずつ下ろすことにした。

 「随分良い自転車用意してくれたんだね。」

僕は思わず声に出した。自転車は、ゲーリーフィッシャーのダブルサスのニューモデルだった。

 「ショップの店長がこれがお薦めだとよ。それと、これな!」と言って助手席から、揃いのヘルメットと、自転車用のウエアを手渡した。

 「凄い!一式借りてくれたんだ!」僕は興奮気味にユウイチに言った。

 僕はその場でユウイチと伴にウエアに着替えた。二人は見た目はプロレーサー。予期していなかった最高の気分だ。

 「それと、これ。」ユウイチは、色違いとはいえデザインが同じデイバッグを2つ持ち出した。

 「シュノーケリング用の三点セットが入ってる。但し、フィンは、通常より小さいやつにした。バッグに入らなかったからな。」

僕は着替えたシャツや小物をバッグにしまって、背中に背負い、ユウイチと揃いのサングラスを掛け、ヘルメットを装着し、並んで出発した。まるでペアルックじゃないか。気分はハイテンションの中で先ずはダイヤモンドヘッド方面へと向かった。

 10分程走ると、ダイヤモンドヘッドは近くに見えてきた。そこでふと横を見ると、ユウイチはもう息切れしているかに見えた。僕は減速してユウイチに声を掛けてみた。

 「ユウイチさん、もう疲れたの?。体格は凄いのに、意外と体力無いんだね!」

 「うるせえ!昨夜呑んだ酒が未だ残っている所為だ。」

 ぶっきらぼうに答えるユウイチを、すごくかわいいと感じた。ユウイチは、体力には自信あった筈なのにと、凄く悔しい気分を味わっていた。

 「お前みたいなひょろい奴に負けるか!」そう言うと力強くペダルを踏み始めた。俺はバカな約束しちゃったなあ。こんなこと引き受けなきゃ良かったよと、バテ始めていた身体では感じていたが、だからといって後悔したり一度約束したものを自分から投げることは男としてのプライドが許さないと思っていた。

 僕はむきに成ってペダルを踏み込むユウイチを見て、子供みたいだと思いながら、それをずっと続ける事は無理に決まってるとみて、少し減速して余裕有るペースにダウンしてそれを保つように心掛けた。

 僕たちは広くて空いた道路に出てから並んで走った。ダイヤモンドヘッドを右手にかすめ、低層の大きな邸が続くカハラの住宅街を抜けていく。道路からは直接海は見えないが、邸宅の部屋の窓越しには太平洋が見渡せる絶景が有るのだろうか。カラカウアの通りは、海というより「化粧品と雑貨の混ざった香り」がしたが、ここは車の往来も少なく植物や花の香りが海の匂いに溶け込んで漂っていた。

 住宅街を抜けると、道はいきなり高速道路へと入って行く。この道を進んで良いのかと、不安に思うが、確かに高速道路の側道には「バイシクルロード」と表記してある。走り出すと、道はアップダウンもなく、快適な道だ。二人が進むすぐ脇を猛スピードの車が何台も追い越して行くが、東京の首都高速の様な排気ガスにまみれる感は無く、風や空気は爽快だ。暫くハイウェイ脇の道を走った後、道は再び住宅街の一般道路へと入った。標高は低くなり、海面から僅かに高いと感じるくらいだ。良く見ると殆どの住宅は低層で庭が広く、海に面してプライベートの桟橋が有る様だ。自宅からボートに乗り込みそのまま海洋へ出られるなんて、何て贅沢なんだろう。日本でこのような家に住める人なんてそうそう居ないだろうなと考えた。それからは再び標高が上がる。ハナウマへは意外にアップダウンが続いた。ユウイチが嫌がる訳だ。僕まで息が切れだした。それから程なく進んだ住宅街の道沿いに大きなスーパーマーケットが見えたので、そこで飲み物の補給と、休憩をとるべく立ち寄る事にした。

 自転車を建物の横に寄せて立て掛けてからスーパーマーケットへ入ると、中は広々としていて天井が高く、エアコンが充分に効いていた。商品が溢れんばかりに並び、そこはハワイの住民達の生活感に満ちていた。僕はそんな些細なことに感激してはしゃいだ。ユウイチは、ため息を1つ吐いて、

 「普通のマーケットだぞ。変な奴だな。」と、僕に言った。

 僕はお気に入りのグァバジュースとミネラルウォーターを手に取った。ABCストアよりはるかに安い。それと、イチゴを1パック。ハワイのイチゴは日本の物より粒が大きく中まで真っ赤に熟していた。

 会計を済ませた後、店内のベンチで一粒食べてみた。凄く甘くてジューシーだ。常夏のイチゴは美味しいと思うのと同時に、暑い国でイチゴが収穫出来る事が不思議だった。そのベンチの目の前には清潔な感じのサンドイッチ屋さんがあり、注文してその場で作ってもらうことにする。気が良さそうで陽気な太ったおばさんが対応してくれた。英語が堪能なユウイチがベジタブルサンドとハムチーズサンドを注文してくれ、するとそのおばさんは馴れた手つきで手袋をはめて、鼻歌で何かの曲を歌いながらデカイお尻を軽くフリフリ、リズムを取りながら作り始めた。その後ろ姿が滑稽で僕とユウイチは顔を見合わせ「ククッ!」と噛み殺しながら笑ってしまった。彼女は仕事が本当に愉しそうだった。

 出来上がったサンドイッチは、ざっくりと紙に包まれた後、満面の笑みの彼女が僕に手渡ししてくれた。「直ぐに食べた方が美味しいわよ」と、彼女は言った。

 僕たちはスーパーの玄関を出て、外に有る木陰のベンチに腰掛けた。ベンチの真ん中にサンドイッチと飲み物を置いて、その両側に僕とユウイチが挟むように座った。今包んでもらったばかりのサンドイッチを紙袋を開いて取り出すと、食欲をそそるビネガーの薫りが辺りに拡がった。バンズはとても柔らかく、焼いては勿体無い食感だと思った。口に運ぶとバンズの厚みはとても口に入りきれない程で、それを押し込むように少し下品に頬張った。バンズの甘さと中の新鮮な野菜のシャキシャキ感とドレッシングの酸味がバランス良く混じり凄く美味しい。軽めに済ませた朝食の為なのか、まだ1時間程の自転車の行程でも僕の腹を充分に空かせていたらしい。ベンチでくつろぐ僕たちの目の前を、大勢の客を載せた路線バスが通過して行く。

 「普通はああやってバスに乗ってハナウマヘ行くんだぜ!」と、ユウイチはため息混じりに言葉を吐いた。

 「でも、僕は自転車で来たかったんだ。自転車で来たからこんなに美味しいサンドイッチとも出逢えた。」僕は、それにユウイチと二人きりの時間が取れたことが嬉しいと言いかけたが、それを抑えて笑顔で応えた。僕は、古の時代、かのキュリー夫人が夫ピエールとの新婚旅行へと二人揃って自転車で出掛けた時のシーンを思い出していた。

 腹ごしらえも済んで30分程休憩した後、僕たちは再び走り出した。ユウイチは、息を切らしながら懸命にペダルを漕いだ。僕には余裕が有ったので、ずっとユウイチを見ながら走った。僕はユウイチに奇妙な優越感を覚えていた。

 ハナウマ湾入口までの最後の坂を登り終えると、ゲートが見えてきた。僕はユウイチと顔を見合わせ「着いたあ!」と、同時に言葉を発していた。

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