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楽園の誓い  作者: 凡 徹也
2/20

プロローグ2

サトルは神奈川県の沿岸部で生まれ育った。中学高校は、陸上競技をやりインターハイにも県の代表として出場した。成績も程良く、理系の大学に進み化学を専攻した。大学卒業後は「花鐘堂」に、製造技術者として入社したが、その知識能力と伴に品のある風貌が上司の目に留まり、外渉の営業部に転属となった。性格は極めて真面目だ。知性も教養もある。何処と無く気品も漂う。誰からも好感を持たれる存在だ。(と、周りから思われていると、自分では思っている。)主な仕事は、大手百貨店であったり化粧品の原料を提供する化学メーカーだったり、それらの取引先との交渉役として、化学的知識を活用した会話には、説得力があったので多方面に渡って活動していた。2年前、上司に紹介された女性、由美子と昨年結婚し、普通だが穏やかで幸せな家庭生活を送っていた。

 ハワイでの国際展示会は、世界各国の化粧品会社が集まって年一回世界各国を廻る業界唯一の「コスメティックショウ」ツアーの開幕に当たる。この秋に発売を予定している各社新製品の発表の場であり、その製品のコンセプトや、商品イメージのアピールには幅広い交流、知識や見た目の風貌も重要だ。その大役にまだ若手の自分が抜擢され、全権を託される形になった。新製品が、もし世界的なヒット製品となれば、年間数十億円という売上が見込まれる。失敗すれば、いままでかかった研究の膨大な資金や労力が無駄になる。僕の責任は重い。

 飛行機はホノルルの空港へと降りたった。日本ではやっと20度を超えた季節だったが、到着して飛行機を出た途端に、真夏のような暑い空気に曝された。しかし、日本の夏とは違って湿気がなく乾燥していて、さらっとして爽やかにも思える空気感だ。入国ゲートでは、現地スタッフと先行して来ていた準備スタッフ達が出迎えてくれた。日本語が堪能なスタッフ達だ。会話はスムーズで、直ぐに車へと案内された。空港建物の日蔭から抜けると鋭い陽の光が肌を突き刺す。ハワイの陽射しは想像していた以上に強かった。

 車でホノルル滞在中の宿泊先となるホテルへと向かった。ホテルはホノルルの観光の中心、ワイキキビーチに面していてイベント会場となる「ハワイコンベンションセンター」にも程近い。車がホテルへと向かっている途中、ここが、ダウンタウンだとか、退屈な説明を受けていた。アラモアナのビーチとショッピングセンター近くまで来ると、前方に高いビル群が見えてきた。その辺りがワイキキらしい。ショッピングセンターの建物が途切れたところでスタッフが、左側前方を指差し、「あそこに見えるのが会場となるコンベンションセンターですよ。」と教えてくれた。ちょうど、アラモアナショッピングセンターと通りをはさんで向かい側にあるようだ。間もなくしてホテルへと到着した。 

 ホテル前のこの通りは「カラカウア大通り」と呼ばれている。目の前にワイキキビーチが広がり片側には並んでリゾートホテルが建ち並ぶ。幅広い通りは良く見ると一方通行だ。僕の滞在するホテルはこの通り沿いの中心部と思われる賑やかな場所にあった。

 カウンターで、チェックインを済ませるとスタッフから「良かったら着替えられた方が」と言われてアロハシャツを渡された。「ハワイでは、アロハシャツは正装として通用しますのでこれを着て下さい。一枚は普段着で、下のシャツは、イベント用のユニホームです。」僕は受けとると「ありがとう。」とお礼を言った。確かにスーツでいる場所でも気候でもないな。僕は着替える事にして、この後の顔合わせ会食に臨むことにして、1人部屋へと向かった。部屋は、高層階にあった。部屋に入るとベッドの上には、ブーゲンビリアの花びらが敷き詰めてあり、部屋中に花の香りが充満していた。部屋全体も、普段使い馴れているビジネスホテルに比べてあまりに広く、ひとりで泊まるには、大きすぎる程であり、まるで新婚旅行客を迎えるのと間違えたのではないかと思った。カーテンやインテリアも如何にも南国風であり、テーブルの上には、ウェルカムドリンクが置いてあり、側にはメッセージカードが添えてあった。

 とりあえず、上着を脱ぎ、カーテンを開け「ラナイ」と呼ばれるベランダにでてみると、目の前には太平洋が、ひろがっていた。眼下には白いビーチが見える。「これがワイキキビーチかあ。」想像していたよりこじんまりしているように感じた。右方向を見るとヨットハーバーや、他のホテルのプールが、左方向を見ると緑深い公園の樹林の向こうに黒茶の岬が見える。特異な形からダイヤモンドヘッドと直ぐに解る。ハワイは深い海底のホットスポットから競り上がった火山その物の島である。ダイヤモンドヘッドも数多くある噴火口跡の一つであるらしい。ガイドブックには、山頂まで歩いて登れると書いてあった。時間が取れれば歩いて登ってみたいと思っていた。そうだ。いくら仕事できたとはいえ、会社の計らいで、3日は余分に滞在日程貰ってある。その時間位は自由に楽しんでも不謹慎とは言われないだろう。上司だって日本で見送ってくれた時、「折角ハワイまでいくんだから、少しは楽しんでこいよ。」って言ってくれてた。それを楽しみにして、今は仕事に集中集中!そう気持ちを引き締めた。

 午後の現場スタッフ達との会食はチノパンとアロハシャツで出掛けた。他のメンバー達も同じような格好だった。ラフなこの格好が、ここの気候には合っている。気温は高く陽射しは強いが、湿気は無くて空気はさらさらとしている。イベントの具体的な話しは後日にして、この日は顔合わせ程度のお互いの自己紹介と、この後の日程の確認をする。あさっての夕方にマスコミや関係者向けのレセプション、3日後が本番だ。外気を浴びれるオープンテラスでの会食は1時間程で終わった。

 一度ホテルの部屋へと戻った僕はラナイへと出て陽が傾きつつあるワイキキの浜辺を見下ろした後、遠く水平線をぼんやりと眺めながら1人考え入っていた。仕事の段取りはどうにか目処がついた。初めて訪れたこのハワイという地は僕になにかしらもたらしてくれるのだろうか?数日の滞在期間で今までの生活で体験したことの無い出来事との出逢いに微かな期待と予感がよぎっていた。

 夕方の時間になり、暑さも和らいだので少し散策しようと外へと出掛けた。ホテルの玄関から通りに出ると、さすが世界有数のリゾート地とあって大勢の人が陽気に行き交っている。通りに面して数多くの土産品を売る雑貨屋と、有名ブランドショップが、混在して並ぶ。不思議な光景にも見えた。一旦、ワイキキビーチへと向かってみる。ショップが並ぶ片側が切れて海が見えてきた。ワイキキビーチだ。砂浜へと降りてみる。ビーチは、緩やかな弧を描き、砂浜は黄色味がかっている。もう夕暮れ近い時間だというのに、まだかなりの人が色彩彩りの水着で横たわっている。女性の人数がかなり多い。前方は限り無く続く太平洋の水平線が見え、左にはダイヤモンドヘッドが巨大だ。それにしてもワイキキは意外なほどこじんまりしている。この人工の砂浜が何故に世界的に有名なのか、疑問にも思えた。砂浜は、自然に任すと、消失してしまうらしい。毎年、ハワイの他の海岸から砂を運んでビーチを保っているらしい。

 視線をダイヤモンドヘッドの方へと向けると、手前に緑多い公園が見える。そこまで歩いてみることにした。ちょうどワイキキビーチの端に着くとそこが大きな公園の入口で「カピオラニパーク」と書いてある。奥には動物園もあるようだ。その公園を海沿いに進んで、散策してみる。公園内の大木には、緑の葉が生い茂り、その間に天高く伸びたヤシの木が散在する。歩道沿いには一定の間隔にベンチが並ぶ。広い公園である。夕方の少し柔らかくなった日差しと涼しげにも思える乾いた風が心地好い。散歩するにも程よい気候なのか、散策人も多い。近くに観光で、日本から来たと思われる数名の女性のグループが、歩きながら「ここがホノルルマラソンのスタート地点なの。」と話ししているのがきこえた。そうなんだ!と、改めて見回した。公園は、とても広く、近くだと思えたダイヤモンドヘッドへは意外と遠い。ダイヤモンドヘッドは、改めて行くことにしてホテルへと引き返した。

 カラカウア大通りは、夕方が近付くにつれ、更に人の数が増していた。僕は大勢の人達に揉まれながら道を歩いて、小さな交差点の信号が青になるのを待っていた。横断歩道の前列には2人の若い外国人女性が、仲良く会話をしていた。ハワイの現地人かと思っていた。すると、後ろから近付いた男が並んでいる二人のお尻を両手で鷲掴みにした。一瞬の出来事で僕は呆気にとられた。彼女達は同時に「キャッ」と声を出して後ろを振り返った。後ろの男を見て「何だあ、ユウイチかあ。もう!」「いい加減にしてよ」笑いながらそう言った。僕には随分堂々とした痴漢だなと思えたが、どうやら顔見知りらしい。男はおどけて「やあ、元気?」と、腰をくねらせておどけた。僕は余りの大胆な行動に、奴を見上げた。日本人には間違いない。でも観光客では無さそうだ。常夏の国には、こんなに大胆で開けっ広げな奴がいるんだなあ。初めて見たタイプだ。やっぱり気候が人の心を開放的にするんだろうとも思えた。目の前の信号が青になり、僕は他の人達と伴に道を進んだ。

 暫く進むと、目の先にある交差点には、観光でやって来たと思われる日本人大学生の4人組が、白人の女性達に留められて話しかけられていた。逆ナンパかと思われたが近付いてみると、「ハアーイ!私達、日本人が大好き。」「学生割引有るよ。」と、片言の日本語だ。(何だ!これってコールガールじゃないか。まだ、日も高いっていうのにこの表通りで、大胆だなあ。)そう思って見ていると、先程の鷲掴み野郎が後ろから近付いてその内の二人に肩を組んだと思うと、「兄ちゃん達さあ。この娘達は辞めておいた方がいいと思うぜ!きっとひどい目に会うからさ。もっと若くて上玉ならここいらには一杯居るからさ。他を当たりなよ。」と、学生グループに話しかけると、男達はさっさと通りを渡っていってしまった。コールガール達はそのガタイが良い真っ黒に日焼けした男の背中をバシバシ叩きながら、「もう!ユウイチったら私達の商売の邪魔しないでよ!」と、笑いながら話しかけると、通りの向こう側へと行ってしまった。僕はその一部始終を見てその場に佇んで、呆気に取られていた。その真っ黒な男は、僕に気がついて話しかけてきた。

 「ねぇ、君日本人だよね。?!」

僕は軽く頷いた。「俺も!ユウイチって言うんだ。よろしく。」

見知らぬ男は余りにも親しげにそう言い放ち、笑った。その笑顔の中に、白い歯がキラキラと浮き上がって見えた。

 「君は?」と聞かれ、「僕はサトルです。」と、つい応えてしまった。「じゃあ、又な!」そう言い残して奴は、去っていった。

これが、僕とユウイチの出合いだったんだ。

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