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楽園の誓い  作者: 凡 徹也
18/20

何もおこらない夜 

 部屋に戻ってから僕は再び夕暮れが迫るラナイにいた。グァバを飲みながらこの滞在期間の出来事を思い出していた。明日になって欲しく無い、ずっとここに滞在していたい。そんな気持ちも有るが、それは幻影であり、妄想の世界なのだろう。現実にはそれは有り得ない事なのだ。と、自分に言い聞かせていた。ワイキキを見下ろしていた。すると、先程の男同士のカップルの事が頭から離れなくなっていた。そのシーンが自分とユウイチの姿に重なる。胸が締め付けられる様で苦しい。なんでそう思うのか、自分でも戸惑っていた。

 「ユウイチに逢いたいなあ…」

自然にしかし強いエネルギーを伴ってそう思っていた。僕は衝動的に電話の受話器を持ち上げ、ユウイチの自宅の電話番号を回していた。ユウイチは、部屋に帰っていたらしく、直ぐに電話に出た。僕は間を置かず

 「ユウイチさん。今日の夕食ご馳走するので、一緒に食べませんか?」と、誘った。僕としてはとても積極的で、勢いもあったのだと思う。少し間を置いて、ユウイチの返事があった。

 「俺も逢いたいと思っていたんだ。渡したい物が有るし。それに最後の夜だしな。判った。何処へ行こうか?」

 「ホテルのレストランでも良かったら。フレンチだけど。」

 「サトル。その店高いんじゃないか?」

 「いや、大丈夫。最後の晩餐だし、ご馳走したいんだ。」

本当は、一緒に食べられれば何処でも良かったが、その気持ちは恥ずかしくてとても言えなかった。

 「判った。じゃあ30分後に、ホテルのロビーで。」

 「待っています」

そう言って僕は静かに電話を置いた。

 ユウイチは、時間通りにやって来た。最後の晩だが、ユウイチとかしこまった席で逢うのは初めてだった。僕たちは庭の見える窓辺の席に通され、まずはワインで乾杯した。メインディッシュは僕はオマール海老を、ユウイチはサーロインステーキを注文した。店の雰囲気もあるが、自分の気持ちもどこかぎこちなく、肩に力が入った感じで堅苦しい表情でいたのだと思う。ユウイチは、もしかしたらこんな気取った食事は嫌いなのかもと心配したが、どちらかと言うとくつろいでいて、「美味しい」と言いながら豪快に食べていた。オマール海老もとても美味しく本当に料理が美味しいのも有るが、ユウイチと二人で食べれる事が一番のご馳走だと思えた。

 それでも、僕はワインを御代わりするうちに、酔ったせいもあってか段々と陽気になり我ながら良く喋るようになっていった。そして会話は盛り上がり大いに笑った。畏まった席で少しはしたないと、頭をかすめたが、僕には目の前に居るユウイチしか見えず、周りを全く気にしなくなった。ダウンライトが照らすテーブルが、二人だけの世界を作ってくれているようでもあった。

 デザートを食べて席を立ち、レストランを出た。僕は、

 「時間有るなら部屋で少し呑まないですか?」と誘った。

 「じゃあ、続きは部屋行こうか?酒でも買って。」と、ユウイチが言うので、

 「こんなことも有るだろうと、酒とかは用意してありますよ。」と謂った。最初からそのつもりだったし、足らなければルームサービス頼めば良いやとも思っていた。

 ユウイチがホテルの部屋へ来るのは、初めてだった。

 「へえー。一人にしては随分広い部屋だな。」ユウイチが部屋に入っての最初の言葉だった。

 「サブベッド含めると、3人泊まれる部屋なんだ。」と、僕は答えた。僕はラナイへユウイチを通して、そのテーブルにグラスとビールを持って出た。ユウイチは、見慣れた筈の眼下の景色を

 「ここから見るワイキキは、まるで別物に見えるな。」と、独り言のように呟いた。

 「サトル、今日はビールで良いのか?」

 「今夜は、ユウイチの好きなビールで、一緒に飲みたい気分なんです。」と、はっきり言い切った。

 二人はラナイで改めて乾杯をした。夜のワイキキを吹き抜ける風は心地よかった。ビールを飲むにも、最高のシチュエーションなのだろう。普段なら不味く感じるビールも、この夜だけは美味しく感じていた。二人は出逢った時のコールガールや、ハナウマ湾へのサイクリング、サーフィンの時の話で盛り上がった。ユウイチは、ハワイに移り住んでからの女性の失敗談とかも話し出して、僕は周りの部屋にお構いなしに酔って大いに笑った。

 暫くして話が一段落したとき、僕は、

 「この海とももうお別れですね…」と呟いて立ち上がり、ラナイの手摺にもたれながら海を見つめた。すると、ユウイチも立ち上がり、僕の隣に来て、肩に手を回した。僕の気分は凄く高揚していた。このドキドキがユウイチに気付かれないようにと、願った。

 「サトルとは、数日だけの付き合いだったけど、色々遊べて楽しかった。もう、長年の付き合いの友達の様に思えるよ。」

 「僕もです。本当に幼馴染みの様に感じて。今までこんなにも仲良くしてもらった友達なんて居なかった…。」

 そのあと、無言で二人は遠くの暗黒の中の海原を見つめていた。海からの風が駆け抜けて辺りを潮の薫りで包んだ。その中でユウイチの息遣いが聴こえる。僕は、まともにユウイチの方を見られないでいた。

 ユウイチは、肩にかけた手で昨晩の様に自分に抱き寄せて髪を優しく撫でたかった。仄かに香るあの自分の一番好きな薫りが誘惑する。しかし、そんなことはしてはいけないし、絶対に有り得ないんだと自分に言い聞かせながら堪えていた。ただ真っ直ぐと黙って海を見ているしかなかった。

 どの位の時間が過ぎたのだろうか?。僕は、

 「少し寒くなりましたね。」と言った。本当は、ユウイチに寄り添えればそれで充分に暖かかった。その方がどれだけ心地よいのだろう。そうすることが出来ずに耐えている状況に堪えきれなくなっていてつい、出た言葉だった。ユウイチは、

 「そろそろ部屋に入ろうか?」と、ポツリと言い、僕は、だまって頷いた。

 ユウイチは、使っていない方のベッドに飛ぶように横になり、大の字をかいた。

 「ベッド、意外と寝心地良さそうだな。」そう呟いた。ぼくも隣のベッドの上でユウイチと同じポーズになった。

 「でも、ユウイチの部屋のベッドは、これより全然寝心地よかったよ!」僕は、天井を見ながらそう言った。その後、暫く会話は止まって無言になった。そして、僕から口を開いた。

 「もし、ユウイチが良ければ、このまま今晩泊まっていっても。ベッドは、二つ有るし、」

ユウイチは、その問いに答えずに、ポツリと言った。

 「サトル。日本に帰らないで、このままハワイに住んじゃえば。」

それは、意外な言葉だったし、僕はたじろいで直ぐに返事を返せないでいた。

 「そう出来れば楽しいんだろうなあ。でも、そんなことは無理だよ。東京での仕事があるし、それに…僕には家族もいるし。」僕は、静かに答えた。

 「そりゃそうだよな。無理な話だ。」ユウイチは、寂しげに言ってくれた。

 「そうだ!忘れていた。」ユウイチはそう言うと身体を起こし、自分のバッグの中から小さな包みを取り出した。

 「サトルへのプレゼントなんだ。」そう言って渡してくれたのはハワイアンストーンをあしらった2つのブレスレットだった。

 「あんまり高価な物じゃないけどな。男用は、種類少なくてこんなのしか無かったんだ。ハワイの思い出に好きな方を是非貰ってくれ。どっちが良い?」そう聞くので、僕は、片方を指差すと、ユウイチはそのブレスレットを僕の左手首にはめてくれた。そして、もうひとつは自分の腕に嵌めた。

 「昔からの言い伝えで、このブレスレットに使われているストーンには、ハワイの神が宿っていて不思議なパワーがあると言われているんだ。このペアストーンを持っているもの同士は例え離れ離れになってもいつかきっと巡り会わせてくれる。だから…必ず俺とお前は又、逢えるさ。俺にはそういう気がしている。俺はハワイで、サトルは日本に帰っちゃうけど、是非再会したい。サトルは俺にとって、最高で掛け替えのない友達だからさ。この先も、決して忘れる事はない。」

ユウイチの言葉は、泣きそうな位嬉しいものだった。

 「僕もユウイチに逢えて良かった。楽しい時間を色々ありがとう。僕にとっても伴に過ごしたこの一週間は人生最高の思い出です。本当に出逢えて嬉しかった。」

 僕は、感極まってその後の言葉に詰まって声に出せなかった。ユウイチは、僕の目を見ながら黙って僕の腕を取り、上に持ち上げて、自分の腕をそれに添えた。

 「又、必ず逢おう、いや、きっと会えるとこのブレスレットに誓う!。」

 「うん。僕も誓います。」

 そのブレスレットが重なりあったところに、窓から差し込んだ月明かりが照らしてくれるような気がしていた。

 「素敵なプレゼントありがとう。」僕は、少しだけぎこちない言葉でユウイチにお礼を言った。そして今度はユウイチの目をしっかり見ながら再び「今晩、泊まっていきませんか?」と誘った。その言葉は、少しだけ震えていて、ぎこちないものだったと思う。暫くユウイチは、黙って考えていたようだった。しかし、その後ユウイチの口から出た返事は意外なものだった。

 「明日は朝早くから仕事の準備があるからな。今夜は帰るわ。これで本当のお別れだ。男同士のサヨナラはシンプルでいかなくちゃな。」

 「又、逢えるときまで暫しの別れだ。じゃあな!」

ユウイチは、そう言うと、僕を力強く抱き締めた。僕は、棒立ちのまま「うん、またね。」と弱々しく答えるのが精一杯だった。

ユウイチはドアを開けてドアの外に立ち、僕の方を見て満面の笑顔で右手を挙げて「じゃ!」と言い、僕は、複雑な気持ちの中で同じく右手を挙げて「じゃ!」と答えた。ユウイチはドアから手を離し、後ろを向いてエレベーターホールへと歩いて帰っていった。

呆気なく、そして素っ気ない別れだった。僕は、今夜はずっとユウイチが一緒に過ごしてくれると思っていた。時間の許す限り、熱く語りたかった。なのに、…。心にぽっかりと穴が空いたようだった。悲しくて切ない気分が、僕を襲い、全身を覆った。身の置場所がない。胸が苦しくて、耐えられない。心がえぐられた気分を味わっていた。暫くユウイチから貰ったブレスレットを見ながら、悲嘆にくれた。落ち着きようがない僕は、一人ホテルのバーへと出向いて、ジントニックを一気に喉へと押し込んだ。

 ユウイチは、ホテルの玄関を勢いよくでて、暫く足早にホテルから離れようとカラカウア通りを歩いたが途中で立ち止まっていた。俺は何で気持ちとは裏腹の行動に出てしまったのだろう。一分でも長くサトルと過ごしたかった。本当は帰りたくなかった。でも、あのままサトルの部屋で過ごしたら、自分の強い衝動を押さえる自信が無かった。その先には、神をも冒涜する、有ってはならない行為に走っただろう。その欲望を一歩手前の所で押さえる事がやっとの事だった。俺はやっと気付いた。自分の心の中に現れた今まで一度も味わったことのない感情の正体に。今からでも部屋に戻ってあいつを抱きしめたい。でも、この身勝手な感情は暴走する。その先に何があるというんだ。…きっとこれで良かったんだ。あいつは明日日本へ帰ってしまうんだし。これであいつとの友情は守られた。そして、また、いつかきっと笑顔で逢えるさ…と、必死に自分を押し殺し、通りからまだ見えているサトルのいるホテルを見上げていた。

 僕はバーから部屋へと戻ったが、酔いもせず落ち着かないでいた。さっきまでユウイチが横になっていたベッドに顔を押し付けて必死にユウイチの香りを探していた。ユウイチとの別れがこんなに苦しく辛いものとは思っていなかった。「神様、何とかしてください」僕はベッドの上でもがき続けた。瞳を閉じて、ユウイチの幻影を追っていた。野性的な体躯、発達した胸筋、寝息、髪を撫でてくれた指の感触…すべてがいとおしかった。

 ユウイチは、戻った部屋のベッドで昨晩のサトルの残り香を確かめようとしていた。10年振りに出逢えた大好きな香り。だが、以前のものとは少しだけ違う。より魅力ある香りに気付いていた。きっともう2度と出逢えない。こんなに辛いなら何故強引にでも引き留めて自分のものにしなかったんだろう。俺はバカだ。後悔ばかりが頭に浮かんでいた。

 二人の苦しむ男達がいた。それぞれが違う場所で、同じ感情を味わいもがいていた。それでもハワイの夜のと張りはふけ、何時もと同じようにゆっくりと優しく二人の心を癒していく。やがて深い深い夜の眠りの中へと引き込んでいった。

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