「第8日」 その2
アラモアナショッピングセンターは、先程とは違って一階の外側にあるショップの殆どが既に開店していた。中へと入ると吹き抜けのようになっていて、各階は廻廊の様式のようだ。両サイドは百貨店であり、上階にはブランドショップが並ぶ。
ところで僕自身はこんな仕事をしながらも、ブランドには疎く、全く興味も無かった。普段着るスーツなどは、「仕事のイメージを損ねない様に。」と、妻が見立ててくれている。「Y,s」「NICOLE」或いは「LL.bean」といったブランドが、妻のお気に入りであった。そんな妻へのお土産である。当然頭を悩ませる。妻に一応訊いたが、「何でも良いわ。」と、投げ出した感があった。男の名誉に掛けてもまともに喜んでくれる土産を何とか買っていきたい訳である。それに、結婚以来まともなプレゼントを贈って居ない事にも今更ながら気付いていた。そう考えながら辿り着いたのが2階にある無難なヴィトンのショップなのであった。
「能がないなあ」そう思いながらも自分で何を買って良いのか判らないので、店員に一任して、今一番人気でまだ日本では売ってないと言うデザインのバッグを買った。数万円の買い物は久し振りである。普段滅多に遣わないクレジットカードで支払い、明日の空港受け取りにしてもらった。ヴィトンのショップを出ると、並びに「crazyshirt」のショップがあった。ワイキキのホテルの一階にもショップは有るが、品数が断然多く、此処でまとめ買いすることにした。ファンキーな猫をモチーフにした、人気のTshirtが揃っている。会社の同僚たちにはこれでいいかと、アトランダムに30着程買い、やはり、明日の空港受け取りにしてもらった。これで傘張る荷物を持たなくて済む。一気に土産購入を終わらせた。ぼくは、何となく解放感を味わっていた。後は、ぶらぶらと歩くことに決めた。
一階へと降りてみる。色んな雑貨店や美容室等が並ぶ。概ね店の規模は小さい。その先にサーフショップが見えた。目が、自然にサーフボードへと向いた。値段を見ると、日本では10万円を越えるようなボードが4万円程で日本より遥かに安い!。いっそ、このボードを買って帰り、帰国後はサーフィンでもやろうかと考え、衝動的にショップに飛び込んだ。店員は日本語が堪能で話をすると、日本に持ち帰るには、運賃が2万円程懸かること。そして、ボードは良く密輸に使われるために、税関で留められて受け取りまでに日にちが懸かることなど、煩わしいことが沢山有るとのことで、購入するのは諦める事にした。良く考えてみれば、家にも置いておけそうな場所など無い。サーフィンは、ワイキキとユウイチとの思い出の中に閉じ込めて置くことに成るのかな。
再びショッピングセンターの中へと入り、半地下のフードコートへと進んだ。丁度時間は昼時に差し掛かって非常に混んでいて賑やかだった。僕はそんな雰囲気の中でハワイ最後の昼食を食べたくなった。見つけた日本人らしきスタッフにお薦めを聞くと、ハワイ料理の「ロコモコ」と言われ、それを食べることに決めた。ロコモコを売るブースでオーダー、受け取ったあと、センターホールに数多く並ぶテーブルの辛うじて空いていた席に座った。
「ロコモコ」は日本の丼料理に似ていた。ご飯の上にハンバーグと目玉焼きが載り、その上から少し変わった香りがするソースがかけられていた。僕はスプーンでそれを小さく刻みながら口へと運んだ。デミグラスソースに見た目は似てるが、味は少し違う。甘味があり、トロピカルな香りもするが、結構イケる。僕の新たに知るハワイの味として覚えておこうと思った。
食べ終わると僕は人のごった返したフードコートから抜け出した。外へと出ると目の前はワイキキ行きのバス停であり、バスも直ぐに来た。
バスは、「THE BUS」と書かれた2両連結のバスである。「都電に似てるな」ふとそう思いながらそのバスに乗り込んだ。
バスからの車窓は、普通の自動車より視点が高く、街並みが違ったものに見える。バスが出発すると、直ぐにコンベンションセンターが目に入った。つい先日のイベントが、遥かに遠い日々の出来事のように懐かしく思えた。
バスはホテルの正面に停まり僕はバスから降りた。バスが通り去りふと振り返るとビーチが見えた。この浜辺も今日が見納めだ。もうずっと海辺に住んでいたような錯覚が僕の感覚には残っていた。
部屋に戻ってから、昨日の留守の為か、部屋が少し乱雑に感じられ、整理整頓を始めた。これもユウイチの部屋を見た影響なのかも知れない。そのあと、いよいよ帰国の準備もしなくてはと、トランクの中のものを一旦ベッドの上に出して並べた。それからハワイへ来てから購入した衣類や小物類も並べてみた。結構な量である。果たして1つにまとまるのかなと思いながら今日着る短パンとシャツを避けて、明日日本への帰国便では、やはりスーツにしようとその一式をハンガーへと掛けた。それ以外の物は、コンパクトにまとめながらトランクへと綺麗に終えた。トランクの蓋を閉めて、鍵をかけたとき、急に帰国が現実感のものとなり寂しさが僕を襲った。
僕は大きくため息をついた後、冷蔵庫から残しておいたグァバジュースの缶を取り出してラナイへと出た。まだ、陽射しは充分熱い。でも、この場所程心地よい居場所は無かったな。柔らかな海風を浴びながら、見慣れたはずのダイヤモンドヘッドやワイキキの海を望んだ。ハワイを象徴するこの景色も今日で見納めなのか。感傷がほとばしる様に沸き上がって来る。そして、ワイキキを走り回りたい衝動に駆られた。
僕はまるで最終列車に飛び乗ろうとする程のスピード感を伴って、急いで顔と腕に日焼け止めを塗り、ホテルを飛び出した。目にはいる全ての景色がいとおしく思える。マーケットプレイスに飛び込んで見れば、以前はただ通りすぎていた雑貨ひとつひとつが、くっきりと存在感を増していた。僕は衝動的にアートなキャンドルや、砂糖で絵が描かれたガラス瓶の置物等、数点を買い求めていた。それを袋に入れて手にぶら下げたまま、数日前に立ち寄った店でフローズンヨーグルトを買い、食べながら歩いていく。等々立ち寄れなかった「勝っちゃん」の店頭をかすめ、ワイキキのビーチへと抜けて砂浜の感触を確かめるかの様にさ迷った。その後は楽しそうに浮かれている顔の観光客の間を抜けてカピオラニパークへと向かった。
カピオラニパークでは、相変わらず子供達が芝生の上を走り回り、青年はフリスビーで楽しんでいた。公園の中を少し進んでいくと芝生と、背の高い椰子の樹木の間から小さなビーチが見えた。人が少ない中、そこで海を見ながら肩を組んで佇む二人の青年がいた。その姿に僕はタンタラスの丘での自分とユウイチの姿を重ねていた。暫く、背中側からぼんやりと見つめていた。
暫くすると、その二人のうちの片方が、確かに隣の青年の頬にキスしているように見えた。僕は「まさか…」と思ったがその後、今度は唇にキスし、隣の青年は相手の胸に甘えるように抱かれた。僕は衝撃を受けて急に恥ずかしくなり、視線を逸らせた。二人は周りの人達を気にすることもなく自然に振る舞っていた。ハワイと言う楽園が気持ちをオープンにしてそうさせているのだろうか?でも、その光景が僕にはほほえましく、綺麗に見えた。羨ましくもあった。不思議な気分に僕はなっていた。その後、その男同士のカップルは、海沿いを歩き始めた。僕は反対にダイヤモンドヘッドの方へと歩いて行く。ワイキキに夕暮れが近付いていた。ヘッドは、心なしか赤みが差しているように思えた。
ホテルへの帰り道、何気ない大木や路面の石や、ビーチのシャワーの水飛沫等を自分の視覚に留めた。近所のABCstoreに寄って最後の買い物をする。グァバジュースを手に取り、レジで会計をする。店員の女性が日本語で「グァバ好きなんですね!」と話しかけてきた。毎日来るので顔を覚えてくれたらしい。僕は、
「ワイキキでの思い出の味なんです。でも、明日は日本に帰国するので、これで飲み納めですね」と、応えた。
「残念ですね。お元気で。また、ワイキキに遊びに来てくださいね。」と言われたので、僕は、
「是非、また、来たいですね。」と笑顔で応えていた。




