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楽園の誓い  作者: 凡 徹也
16/20

「第8日」 その1

 僕は鳥の囀りと、窓から射し込む陽射しで遠い意識の中から目を覚ました。久し振りに飲んだ深酒は充分に僕を眠らせてくれたらしい。かといって二日酔いの様な頭の痛みは無かった。身体は気だるいが、頭はむしろ冴えてて、スッキリとした目覚めだった。

 ユウイチはもう既にベッドを出てキッチンで動き回っていた。

 「ユウイチさん、今、何時ですか?」僕は寝ぼけた声でベッドから尋ねた。

 「そろそろ7時になる。」

 「すみません。何も気付かずにすっかり眠ってしまって。」僕はそう言うとベッドから起き上がった。昨夜の出来事をおぼろ気に思いだし、少し気恥ずかしい気持ちで、ユウイチを直視出来ないでいた。

 「ユウイチさん、今日は仕事ですか?」ユウイチをいつの間にかさん付けで呼んでいるのも照れ隠しもあってだろうか?

 「ああ。今日はボートでダイビングだな。それよりそろそろ起こさなきゃと思っていたところだ。サトル、朝食食べてけよ。」

 「あ、はい。」僕はようやくベッドから立ち上がった。

 「とりあえず、先にシャワー浴びてこいよ。」そう言うと、ユウイチは、僕にバスタオルを一枚手渡した。僕はそれを受けとり、バスルームに入った。バスルームの洗面台は、整然と片付けられていてアロマキャンドルが置いてあり、棚にはグルーミング用の化粧品が飾られる様に綺麗に並べてある。ユウイチがいかにきっちりとしていて、清潔好きなのかが良く解る。僕はシャワーを浴びた。何とも居心地の良い爽やはかな気分になっていた。

 僕はタオルで良く身体を拭きながらシャワールームから出てきた。部屋には淹れたてのコナコーヒーの薫りが漂っていた。

 「僕も何か手伝えますか?」そうユウイチに尋ねた。

 「いや、大丈夫だ。俺もシャワー浴びて来るからジュースでも飲んで少し待っててくれ。」そう言って、冷蔵庫から出されたグァバジュースとグラスが置かれた。

 僕はタオルを腰に巻いたままユウイチと入れ替わる様にテーブル脇の椅子に腰かけた。擦れ違いざま、ユウイチは、サトルの上気した体から漂ってくるあの匂いを嗅ぎとった。「やはり…堪らない。そして切ないな」そう心の中で叫んでシャワールームへと入った。

 僕はジュースをグラスに注いでごくりと飲んだ。そして部屋を隅々見回した。インテリアもシンプルながら本当にセンスが良い。キッチン周りも鍋やフライパンがきちんと並ぶ。掃除も行き届いている。ただ、豪快に見えているユウイチという男の人間像の繊細な部分が垣間見えた。

 ユウイチがタオルで身体を拭きながらシャワールームから出てきた。剥き出しの上半身が逞しく、昨夜の肌が密着していた感触が甦り、僕はユウイチを暫くの間まじまじと見詰めていた。

 「サトル。どうかしたのか?」僕はハッとして我に還った。

 「いや、何でも。少しボーッとしているのかもしれない。こんなに酒を飲んだのは数年振りだから。」僕は誤魔化すかの様にそう答えた。

 ユウイチは、タオルを外すと下半身を隠す事もなくパンツとショーツを身に付けて再びキッチンに立った。鍋にキャンベルの缶を開け、そこにカットしたウインナーと水を加えた。そして、もう片方のバーナーのフライパンにオイルをひき、オムレツとベーコンを焼いた。

 「サトル!。テーブルに運んでくれるか?」そういわれて立ち上がると、ユウイチは既に作ってあったサラダを冷蔵庫から出し、僕に渡した。僕はテーブルとキッチンを往復する。焼かれたオムレツ等ははプレートに載せられ、クロワッサンが乗ったバスケットと、コーヒーカップ、バターにジャム、出来上がったミネストローネのスープカップを次々運んだ。最後にユウイチがコーヒーサーバーとオレンジジュースを持ってテーブルに着いた。豪華な朝食が出来上がった。

 「凄い豪華な朝食ですね。手間かけさせてすみません。」

 「そんなことはないよ。毎朝こんなもんさ。俺は朝は自分で作った朝食摂ることにしてるんだ。いつもと変わらないよ。たださ、2人分作るのは多分初めて。」僕はそう言われて、何か特別な扱いを受けてるように感じた。

 「ユウイチは器用なんだね。僕は朝、こんなことしたことないよ。」

 「サトルと違って、男の独り暮らしだからな。このくらいの事は身に付けておかないとな。」

 二人は着席して二人だけの豪華なブレックファストが始まった。始りは会話は何となくギクシャクして口数はすくなかったが、食事は本当に美味しかった。そのシーンは僕の新婚当時の事を思い出させていた。

 まもなく会話は弾んできて、昨日のサーフィンの出来事を再び掘り返し、ユウイチは、僕を大いに笑わせてくれた。楽しい時間がこの先もずっと続くような気がして、いよいよ僕は明日、日本へと帰るなどとはすっかり忘れかけていた。永遠にこの場所にいられる筈も無いのに。

 食事の片付けや食器洗いは二人で並んでやった。昔からの旧知の幼馴染みの様な、まるで親友みたいに。僕は食器を洗いながら横を向いて昨日のお礼をした。ユウイチとの一悶着も、わだかまりもすっかり忘れていた。片付けの僅な短い時間さえ一緒に過ごせて嬉しかった。

 「送ろうか?」と、ユウイチは言ってくれたが、出勤前の慌ただしい時間のなか、更に忙しい思いをさせたくないなと思って

 「大丈夫。僕はbusでワイキキに戻るよ。」と言った。本当は少しでも一緒に居たかった。気持ちとは裏腹な言葉がつい出てしまう。

 身仕度を整えて、いよいよユウイチの部屋を出ようとするとき、僕は

 「今夜、電話しても良いですか?」と、思い切って言った。ユウイチは、

 「じゃあ、7時過ぎには帰宅してるから、家の方に電話くれる?」と、答えた。僕は

 「解りました。じゃあそうするね。」と返事をした。

 ダウンタウンのバス停までユウイチは来てくれた。ユウイチは、そのまま出勤していく。ユウイチの背中を見送る時に何とも言えない寂しい気持ちが心に拡がった。

 ワイキキ行きのバスに乗り込んだ後も昨夜のユウイチの温もりが忘れられなかった。言い争った時、確かにユウイチの瞳は潤んでいた。ベッドでのユウイチのシルエット、体臭そして、触られた指と肌の感触。こんなに強烈で鮮明に意識の中に残るとは予想してなかった。僕の頭の中の殆どの領域がユウイチの事で支配されていた。

 バスはアラモアナに近付いていた。僕は急に思い立ってアラモアナでバスを降りた。そうだ。家族やみんなへのお土産とか、何も買ってないや。今日1日しか残ってないのに。とりあえずホテルに戻る前に下見くらいしておかなくちゃと、思ったからである。しかし、まだ時間が早かったのか、アラモアナのショッピングセンターは、店の殆どが開いていなかった。仕方ないので開店までの時間を、近くの散策で潰すことにした。

 6月のこの時期は「カメハメハ大王祭」も終わり、学生たちも夏の長い休暇に入っているせいなのか、アラモアナのビーチロードは若い人の歩く姿も目立っている。僕はアラモアナの海岸へと歩いて進んだ。昨日、サーフィンをしているときに見えたビーチも気になっていた。そこは、「マジックアイランド」と呼ばれる綺麗に整備された人工海浜である。ビーチの手前にある樹林を抜けていく。そう言えば、ワイキキだって人工海浜なんだなと思うと、何の不思議もなかった。樹林を抜けると、小さな入り江が囲まれて出来ているビーチへと出た。砂浜が白くて美しい。大学生位の年頃の男女が、大勢ビーチ上で遊んでいた。楽しそうに弾けている。自分も学生時代、夏と言えば湘南の逗子葉山や鎌倉の海岸へ出掛けていった。その頃の僕も周りからは彼等のように見えていたのかな?でも、自分の中には青春を謳歌したといった記憶は無い。僕も、もっと弾けて数多くの遊びや恋愛を体験して置けば良かったのかな?そうしていたらユウイチの気持ちや言っている感覚にももっと共感出来たのかも知れない。今更そんな時代を取り戻す事は出来ないし。もっと浮世を知っておくべきだったのだろうか?。僕の学生時代は、そんな浮いた気分は無かった。学生時代の途中で父親が脳溢血で早死にし、学費の補助を受けながら研究生活と、スポーツに明け暮れた。そんな昔の自分を思い出すと、ビーチに居る彼等が眩しく見えてくる。世代の違いか、或いは過ぎ去った時間への憧憬なのか…。これも、自分が結婚している所為なのだろうか。そんなことを漠然に考えながらビーチ上で暫し佇んでいた。

 そんな自分を午前だというのに、ハワイの太陽は相も変わらず容赦なく鋭い陽射しで僕の肌を射す。上腕の肌はもう充分に焼けていて、皮も剥がれかけていた。「もう、日焼けはいいか。」恐らくこの先の生涯でも、もう2度とこれ程自分が黒くなることはないだろう。充分にハワイの太陽を堪能した。楽しい日々だったんだ。そう思い、ビーチを離れることにした。内陸側を向くと、通りの向こうに巨大なショッピングセンターが見える。僕の残されたハワイでの一仕事は、自分の為でなく、日本で待ってる家族達へのお土産を手にする事だな。そう思いながら、ゆっくりとその巨大なビルを目指していた。

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