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楽園の誓い  作者: 凡 徹也
14/20

何かが起こる夜 その1

 「車に乗れよ」…そうユウイチに言われて助手席へと僕は乗り込んだ。車は再び走り始めていた。夕方迫るホノルルは、太陽が沈みかけていて、背後の山々は少しオレンジがかって見える。走る車は街中を抜けるとその山の方へと向かい出した。

 「何処へ行くんですか?。」僕はユウイチに尋ねた。

 「サトルにホノルルの夜景を見せたくてな」ユウイチはそう言うと、数日前の昼間に行ったタンタラスの丘の方を指差した。

 車は坂道を上り、タンタラスの丘の公園から少し手前で道の脇に車を寄せて停まった。

 「日没後は展望台には入れないからここでな。」そう言って僕たちは車を降りた。太陽は正に今、太平洋へと沈もうとしている所だった。ダイヤモンドヘッドや、海面がオレンジ色に輝いていた。ハワイでは最も神聖な気持ちになれる時間を迎えて僕も真摯な気持ちでその太陽を見送った。今日と言う1日をありがとう。心の中で呟いた。いつの間にかユウイチは真横に立ち、二人で並んで佇んだ。数日前とは明らかに存在感の違うユウイチが隣に居る。僕は安堵の気持ちに包まれていた。

 その場所に次から次へ人がやって来て、賑やかになってきた。中にはタクシーで乗り付けた日本人のグループも居る。その中でやがてとばりは落ちて辺りは段々と暗くなって行く。それと伴に、大海原は、コバルト色から濃紺へと替わり、山々は段々と赤みを強め次第に黒へと変わり始めていた。同時に眼下のホノルルの街は灯が煌めき始めた。そして辺りは暫くすると暗闇に包まれ、やがてツアーの団体客が押し掛けて来た頃、ホノルルの街は宝石を散りばめた様にキラキラと輝きを全開にした。僕は明らかにその「人工物」の創り出した夜景という美の世界に魅せられ、感動さえ覚えていた。

 「綺麗ですね!」僕は隣に佇むユウイチに静かに声をかけた。

 「この夜景をサトルに見せたかったんだ。」とユウイチは静かに呟いた。僕とユウイチは柵沿いの一番眺めの良いポジションでずっと無言で観入っていた。写真を撮ることさえ思い付かなかった。この光景を生涯忘れない様に脳裏に焼き付けて置きたかった。

 「サトル、今夜はゆっくり出来るんだろう?」ユウイチが静かに沈黙から口火を切った。

 「うん。何の予定も無いし。」

 「じゃあ、今夜はゆっくり俺んち泊まっていけよ。その前にたっぷり飲もう。いい店知ってんだ。」

 意外なユウイチの言葉だった。僕は少し狼狽した。

 「でも、僕はそんなに酒、強くないよ。」

 「良いからさ。さあ、行こうぜ。」そう言うと、ユウイチは、僕の手を強く握り引っ張って、車へと向かった。ユウイチの手は、凄く大きく力強く、表面がゴツゴツして、荒々しい。まるで肉体労働者の様で、男の掌ってこんなんだと、改めて感じていた。そのあとは肩を組んで歩いた。「今夜は盛り上がろうな!」僕の耳元でユウイチは、荒く息を吹き掛けながら囁いた。僕は、ただ頷いてユウイチに従っていた。

 車は走り出し、坂道を下っていた。一旦、オフィスへと立ち寄り、車を駐車場に停めてから歩いてその店迄行った。ユウイチの行きつけの店はオフィスから歩いて数分のダウンタウンの中心に有った。入口ゲートの先に建物があり、その入口ドアの上にネオン菅の店名が光るオープンカフェスタイルの店だった。店の入口近くのテーブルには若い男女が大勢居て楽しく騒いでいるようで、賑やかな店だった。入口から建物まで短いアプローチがあり、歩いて進んで行く。そのアプローチを挟むように並ぶ両サイドのテーブルで飲む陽気な人々にユウイチは声を掛けられて捕まっていた。この店にはユウイチの知り合いが大勢居るようで、ユウイチを見つけた者が集まってきてハイタッチをしたりしてなかなか前へと進めない。ようやく店の中へと入りカウンター前迄来て正面のボーイにユウイチは何かを注文していた。ボーイは間も無くして2本のボトルを手渡した。ユウイチが、僕へと振り向くと、両手にコロナビールを持っていた。ボトルの先にはライムが差してあった。僕たちは空いているカウンター席を見つけて腰掛け、僕とユウイチはようやく乾杯した。

 「サトル。コロナはな、本当はこうやって飲むんだ。」そう言うと、ユウイチは、ボトルに差してあるライムを左手のひらで勢いよく叩くようにライムをボトルの中に押し込んだ。するとビールは激しく泡を吹いた。それを上手に溢さない様に口へと押し込んで飲み始めた。僕も真似をしようと、ライムの上から叩いたが、それが甘く、強く叩けなかった。ビールの注ぎ口に中途半端にライムがはまり、隙間から泡が吹き出て僕は慌てて溢れる泡を口へと持っていったが、上手く飲めずに泡は吹き出て、僕の顔や床に飛び散った。ユウイチは、僕のその顔を見て、大笑いした。僕も何だか可笑しくて大いに笑った。笑ったら何だか爽快な気分になって、そのビールがとても美味しく感じていた。

 カウンターで二人で話始めたが、ユウイチの知り合いが次から次へと交代で話しかけてくる。女性もいたが、男性の方が断然多かった。アメリカ人が多いが、現地の?日本人も居る。ユウイチは、人気者なんだと、つくづく感じて一人時間を持て余していた。暫くすると、ユウイチが、

 「此処じゃ何だか落ち着いて話しも出来ねーなあ。家帰ってゆっくり飲むか?」

そう言って早々にその店を引き揚げることになった。ユウイチの家には此処から歩いていける距離らしい。その途中、小さなマーケットに立ち寄った。「ここで、酒とか買い物していこう!」そう言ってユウイチが店に入っていくので僕も後に従った。僕は梅酒ソーダに、グァバジュース、ミネラルウォーターとカシュナッツを抱えた。ユウイチは、ビールにパン、それにつまみ類を買った。

 「家にはバーボンとかは有るからな。それにしても梅酒とは、変わった奴だなあ。」

 「いいんですよ。僕はこれが一番好きなんだから。」と、僕は答えた。ユウイチは、一瞬、戸惑ったような複雑な表情を浮かべたが、直ぐに笑顔に戻った。「好きかあ。それが一番だな。」と、ポツリと溢した。

 ユウイチの自宅はそのマーケットから5分とかからなかった。ユウイチの部屋はこじんまりとしたアパートメントの2階にあった。高級とは言えないが、お洒落なアパートメントで清潔感が、漂っていた。ドアを開けて部屋へと入る。玄関はシンプルで、整然と片付けられ、ハーブの香りが漂っていた。部屋は小綺麗にしていて、思ったより広かった。

 「へえ。綺麗にしているんですね。男一人の部屋には思えないなあ。やっぱり彼女とかが掃除してくれてるんですか?」と、僕は訊ねた。

 「俺には彼女なんか居ないさ。それに、部屋には女は入れない主義なんだ。この部屋に客が来るのは、そうだな。2年振りくらいかな?」

 「え?そうなんですか。僕はてっきり毎晩の様に女性と過ごしているのかと……」そう言ってから部屋にあるダブルのウォーターベッドに気が付いた。

 「女にこの部屋の場所知られてみろ。大変なんだ。部屋に急に押し掛けられたりしてな。昔住んでた部屋で散々な目に遭ってる。他の女が泊まっている夜中に他の女が勝手に押し掛けてきたりしてな。修羅場だぞ、そんなことに成ったら。もうあんな思いは二度としたくないから、今は部屋には女は連れ込まないし、教えない。」

 「でも、それだったらユウイチは、この部屋に帰って来れる日なんてあまり無いんじゃないの?」

 「サトルは何か俺のこと誤解してるな。俺は基本外泊もしないんだ。用がすんだらさっさと帰ってくる。昨日は仕方なかったんだ。だってな、帰ったら私、死んじゃうからって脅かされてみな。帰れねーだろ?だから朝帰りになった。もう、金輪際あいつとは逢いたくないな。大体俺にとっては女は遣るだけやったら後は、まとわりついてうっとおしい。ゆっくり眠るにはやっぱり自分のベッドが一番だ。この、韓国製のウォーターベッド寝心地最高だしな。だから、俺は夜遅くなっても必ず部屋には帰ってくる事にしてるんだ。」

 「でもさ、ユウイチが、一人の女性だけだったらそんなことにはならないじゃん。やっぱりユウイチは、プレイボーイじゃん。」

僕は酒も入っている所為でつい、口が滑った。

 「とにかく、座ってろ!」と、ユウイチはぶっきらぼうに言って僕をテーブルに着かせると、キッチンからグラスとコースターに氷を持ってきた。

 「とりあえず、一人でやっててな」そう言ってからキッチンに戻り包丁を手にして何やら作り始めた。僅か数分の間にユウイチは、ベーコンとアスパラガスのバターソテーに、ポテトサラダ、チーズクラッカーを用意してくれた。

 「へえ!ユウイチは、料理上手いんですね。」

 「酒の肴位、誰でも作れるさ。」

 「いや、手際よいし、上手いですよ。僕も何か手伝えますか?」

 「それじゃあ、この小皿持っていってナッツとか入れておいてくれる?」

 僕はとても一人では飲む気分になれなかったので、少しだけ手伝った。ようやくユウイチが、腰を落ち着ける段になったので、僕もユウイチと伴に椅子に腰かけた。僕たちは改めて乾杯した。

 「二人のこの善き出会いに乾杯!」と、ユウイチは言ってくれた。僕は凄く嬉しかった。

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