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彼女と彼の共同戦線・上 (裁きの庭)

ついカッとなって書いた。後悔と反省はしない。





 朝早く。後輩が羊皮紙を握り締めて待ち受けていた。


 朝食を終え、部屋に戻ろうと鍵を出していたフランソワは唖然とする。扉の前に立たれていたら、入りたくても入れない。

 というか、いつからそこにいた。


「分からないところがあるんです」


 フランソワの無言の問いかけに答えるはずもなく、一方的に詰め寄るエメリー。たじろぐフランソワの目をまっすぐ見上げ、丸めていた羊皮紙をがばりと広げた。


「……………試験問題ぃ?」


 飛び込んできた文字の羅列に彼は目を疑った。何度も瞳をこすり、まばたきをしては見直す。


 間違うべくもない。正真正銘の、持ち出し厳禁なはずの、司法試験の問題用紙だ。手許に置いたらそれだけで懲戒モノの。


 裁判官じゃなく、しかもとうに合格し、独立を控えた彼女がなぜそれを持っている? それも隠さず、当然のように。

 フランソワはしばらく口をわななかせた。


「ちょ、おま、なんで持ってんの」

「頼んだらくれました」

「誰に」

「怒られるから言いません」

「………………」


 『内緒』の仕草やはにかみでも含めてくれれば愛嬌が湧くものの、接客業に必要な愛想を根こそぎ捨てやった後輩の無表情は清々しい限りである。


 言わない、と隠しているものの、フランソワにはお見通しである。だいたい、司法試験の制度を考えてみたら検討くらいつくのだ。


 司法試験の問題は、最高法院の裁判官――――エリートまっしぐらの人たちが作る決まりになっている。内容は秘密だ。受けた者にしか分からない。問題が出回って不正が行われることを防ぐためだ。こと中立と公正を重んじる裁判所は、なんとかドラ息子を仕事に就かせるべく手段を選ばず画策する貴族を嫌がる。試験問題も悪用されるおそれがあるのだ。

 というわけで、入手経路を隠したつもりでいるエメリーだが、バレバレであった。


 最高法院の裁判官なら、あいつか、こいつか。エメリーと面識がある人物なら、おのずと限られてくる。

 だが何であれ、規則違反だ。


「もらったら罰則って、知ってるか?」

「でも頼んだらすんなり渡してくれましたし。『バレなきゃいい』そうです」

「良くねーよ」


 弁護連盟には親しい仲がいない代わり、裁判官とのかかわりが多い彼女だ。裁判所と弁護士の仲の悪さはもはや常識と化しているのに、彼女はそこそこ目をかけられている。本来ならば試験に出た者以外見られない問題用紙も、おそらく口利きか何かで手に入れたのだろう。

 …………この小娘、敵に回すと絶対に厄介だ。極力、逆らわない方が今後の身のためかもしれない。


「…………。何が分からないんだ?」


 とはいえ、どういう問題が出されているのかは気になる。自分が乗り越えた試験と比べ、最近は難しいと聞く。それに10数年前に死に物狂いでこなした勉強がまだ身体にしみついているか試してみたい。


 乗り気になるとエメリーはほっとしたように、ある問題を指差した。


「算術の部分なんですが……」

「ああ。頭の柔軟さが一番問われるやつ」


 まあゆっくりしていけよ。ようやく部屋の鍵を開け、後輩を入れてやる。遠慮なくフランソワの仕事机に腰かけた彼女の頭を覆うようにして、試験問題を見下ろした。


「ここの部分は賢さじゃなくて、いかに違うモノの見方をして発見するかだからな。本読むだけの座学じゃ身につきにくいかもな」


 フランソワもここらの分野には苦労した思い出がある。一年中、数字と向き合っていた。

 あの頃こそ大変だったが、今じゃ懐かしさがこみ上げる。今となってはもう他人事だからだろうか。



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