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構想中の話の冒頭 (語り手たちの長い夜)

たびたび活動報告で呟いていた、監察医の女の子が主体のお話。連載できるかどうか未明なので、せめて冒頭だけでもと投稿します。





 世の中は暗黙のルールでできている。どんなに理不尽な内容であっても。たとえちゃらんぽらんな人間が、国の権力を一手に集中させているとしても、従わねばならない大人の事情がある。


 それを知らずに真っ向から歯向かったウィロウは、どん底に突き落とされたのだった……。




********




 風がたゆたい、さらわれた花の香りがふわりと舞う。

 王都の街並みを見渡す、石造りの建物。遥か地平線を臨む光が荘厳な姿を照らし出す。白日の下、庭園の新緑と花々が咲き零れ、のびのびと若葉や蕾をしならせた。


 白壁で統一された外装が眩しい。豊かな色彩にあふれ、甘やかな空気をまとうこの建物は、春の名物でもある。


 だが周りを取り囲む鉛色の柵門(さくもん)が、せっかくの景色を台無しにしていた。


 オステンレイク王国の人事をつかさどる人事院。宮廷並みの厳重な監視が敷かれた建物の入り口では、強面(こわもて)の番人が目を光らせる。人事院は国家の重大な機密も握っているので、たとえ辿り着くことさえ一苦労な場所にあったとしても、警備を怠ってはいけないのだ。


 険しい山の頂上にそびえる人事院は、『孤高の砦』とも呼ばれている。


 そんな人事院の総裁は、弱冠25の若き青年伯爵である。

 警備の行き届いた人事院の最奥(さいおう)にあたる執務室で、忙しげにペンを走らせている青年。男にしてはほっそりと長い指が、綺麗な字を描き出す。


 さらさらと淡い輝きをまとう蜂蜜色の髪、灰色がかった鮮やかな虹彩は澄み切り、さながら光沢を散らす燐灰石(りんかいせき)だ。

 すっと通った輪郭に色白の肌。繊細に整えられた目鼻立ち。少々上がり気味の長い目尻が彼の容貌をいっそう華やがせている。


 朝っぱらから書類の整理をしていて疲れた。ミスティードが前髪を掻き上げ、ふうと一息つく、と。


「……………ん?」


 外から騒がしい物音が聞こえた。物音はだんだんと近づいており、明らかにこちらへ向かっている。


 それが何か分かった気がして、自然と顔がほころぶ。ミスティードはある人物を待ち受けていたのだ。


「――――先生っ!! どういうことですか!」


 予想的中。


 重たいはずの鉄の扉がすさまじい勢いで開け放たれたと同時に、血走った形相の娘が怒鳴り込んできた。緩やかに波がかった亜麻色の髪を振り乱し、事務官の制止も聞かずドカドカ彼に詰め寄る。


「やあウィロウ。卒業式以来だね」


 娘の剣幕などどこ吹く風。ミスティードは花もかくやとばかりの爽やかな微笑を振る舞った。片手をひらひらなびかせ、待ちかねていた侵入者を迎える。


 ミスティードは人事の采配を振るうかたわら、法務学院で教鞭も()っている。彼女も教え子の1人だ。


 近隣諸国と異なり、オステンレイクは知識と教養で栄えてきた大国である。国土は広いけれど制度が充実しているおかげで地方と都会の教育水準はほぼ同じで、他国よりも高い。王侯貴族を中心にオステンレイクへの留学も盛んだ。今や国の一大産業となっている。


 中でも特に人気があるのが、王都にそびえる法務学院。オステンレイクが誇る学院だ。法学を中心に数々の学問を取り入れ、最高の教育を受けることができる。逆にいうとそれだけ入学するのが大変だし、卒業するのも至難の業といわれる。


 ただし、例外が1人いた。目の前の娘だ。


 在籍して8年間、不動の成績1位を保ってきたウィロウは、良くも悪くも目立つ生徒だった。――――とりわけ解剖に関しては、右に出るものがいない。担当の教師すらもうならせた優等生なのだ。


「元気してた? 先生、心配で心配で」

「おかげさまで…………けど。これっ! どういう意味ですか!!」


 怒りに任せてウィロウは羊皮紙を叩きつけた。新調して数日の執務机が早くも悲鳴を軋ませる。


 彼女が突きつけた羊皮紙。それは彼女の初の配属を記した辞令だった。ミスティードは形良く締まった唇を緩め、つり上げる。


「ああ。そのこと」


 いっそ寒気がするくらい、あでやかな色香を孕んだ笑みだ。ウィロウがゾクッ…………と後ずさる。


「読んで字のごとくだよ。ごめんね。難しかった?」

「いえ、難しくなかったですけど、すごく分かりましたけど……じゃなくてっ!」


 ウィロウはただでさえ零れ落ちそうな瞳を見張らせた。


「なんで私がマノワ警備隊の配属なんですかあ!」


 法務学院の卒業生は、オステンレイクの人間なら希望の就職先にたいてい就ける。わけても優秀者はよりどりみどりだ。

 1年生の頃から才覚を知らしめていたウィロウはもちろんのこと、望めば宮廷の要職を手に入れられる。


 ところが彼女に届いた辞令は、王都の周辺都市でありながらパッとしないマノワの警備隊。体力勝負の部署なので、華奢な娘には辛いだろう。当然、彼女も就きたいと思っていない。そもそも王都で働くことすら望んでいなかった。


 これはもう、人事院のミスか嫌がらせである。

 ましてや『切れ者』と名高いラインシュタイン伯。彼女の就職を牛耳っていないはずがない。


「決まってるでしょ」


 伯爵はさらっと受け答えた。


「僕の隣を蹴飛ばしたから」




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