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残響は寒々と (啓明レンジャーピンク+黄)

 プロローグとエピローグ +α だけを繋げて載せてみる。とてつもなく核心部分的な中身については、気が向いたらの方向で。


 セリニとローエンのじれっじれな煮え切らない関係。彼らの間柄は ローエン →|越えられない壁||何か| ← セリニ となっております。




 枯葉を踏む靴の音が、やけに辺りに響く。冷たい風が手のぬくもりを奪った。


 秋の風はそれまで大人しく佇んでいた木々を騒がせ、手の温度を盗むだけでは飽き足らなかったのか、枯葉をも枝から切り離した。


 冷えてしまった両手に息を吹きかけながら、セリニはハシバミ色の瞳を前方に向ける。そこには大理石で十字架をかたどった墓が広がっていた。忘れ去られてしまった墓地なのか、献花もなく、大理石に特有の光沢も失われてしまっている。


 それらのうちの1つに目を留めた。その墓の前で立ち止まると、膝をつき、心を込めて十字を切る。


 小高い木々に囲まれたこの場所には、もともと孤児院を兼ねた修道院があった。『ミザンセーヌ修道院』と名付けられた修道院は、今はもう墓地の後ろで廃屋と化している。修道士たちによる孤児の人身売買の嫌疑がかけられ、修道院自体も引き払わざるを得なくなったのだ。当時の修道士たちは破戒僧として法廷に立たされ、無実が明らかになったものの仕事を続けることができなくなり、孤児たちは別の孤児院に収容された。置き去りとなったこの修道院を覚えている者は、恐らくほとんどいない。元々へんぴな場所にあったせいで知名度も低く、だからこそ孤児の売買が行われていてもおかしくない環境にあった。


 今セリニが冥福を祈った墓の主も、そこの修道士だった。彼の行動が、修道院にありもしない疑いを生んだのだ。


 そして、見せしめとして処罰された。


「…………1年ぶり、よね」


 誰に確認を取るわけでもなく、ただ語りかけるように。囁くや否や、近くで木の葉が乾いた音を揺らした。墓の主の代わりに、答えてくれたのだろうか。


 セリニはそっと、冷えた指で墓標をなぞる。指先は『アンドレア・ソレル』という名を描き出した。


「アンドレア……」


 頭の中だけで呼ぶつもりだった名が、自然と声をまとって風に溶ける。驚いた顔を彼女は一瞬見せるも、そのまま続けて唇を動かす。


「夢だけでも、会えたらいい、のに」


 それとも、あたしを拒絶しているの? あたしを恨んでいるの?


 今度は何も答えてくれない。風すら、彼女の髪を撫でてはくれなかった。時間が止まったみたいに、すべてのものが微動だにせず、ひっそりと彼女の様子を窺っている。

 自然の監視に取り囲まれる中、セリニは真っ青な空に取り残された雲を、ぼんやりと見上げる。


 彼が、そして彼に続く修道士たちが無実の罪で罰されかけたことは、セリニしか知らない。だってその元凶は、彼女が作ったのだから。




*******


******* 




 セリニの少し離れた後方。彼女と墓地を囲う木々がしなり、わずかな葉がこすれ合う。落ちたか細い枝が無遠慮に折られ、かすかな土の囁きが人の訪れを告げている。かき消された足音。静かに、刻々と近づいて。


「セリニ」


 彼女は振り返った。


 毛先がくるくると巻いた栗色の髪が可愛らしく思える、灰青の瞳を持つ青年。顔立ちは驚くほど整っていて、どんな表情をしていてもどこか冷たい印象を与える。

 けれど、知っている。


 彼が見た目通りの人じゃないってことは。


「…………ローエン」


 ローエングリンは、なぜか長い黒のクロークを手に携えていた。彼自身が着ていた風でもなく、ただ、腕から()げている。


 それが何を意味しているのか図りかねて、セリニはいぶかしんだ。そんな彼女の様子など構わず、瞳を曇らせたローエングリンが詰め寄る。


「こんなところにいたのか。探したぞ。総長やイリスたちも、パラディン総出で」


 行く手を阻む細い木の枝を恨めしそうに睨みながら、ローエングリンは忙しなく身体をよじる。ようやく彼女のたたずむ場所に行き着き、ほっと肩の力を抜いた。男にしてはいささか小柄な背丈をセリニが見上げる。


「みんな嫌がってたでしょ?」


 意地悪くそう言うと、ローエングリンは首を横に振った。


「いいや、心配していたぞ。総長が一番酷かったな。お前がいなくなったことがエクスワイアの連中に知れたら、袋叩きに遭うと青ざめていた」

「…………それはね、『心配している』とは言わないのよ」

「そうなのか?」


 少女のような美貌をきょとんと幼くさせ、ローエングリンは腕組みしながら首を傾げる。


 エクスワイアは、啓明協会に所属する見習い騎士の総称だ。主にセリニが彼らの指導を担当しているからか、彼女の人気は高い。男よりも男勝りで勇ましく、細かいところは気にしないさばさばした気質が受けたのだろう。エクスワイアのみならず、一般騎士のエクィテスからも、絶大な支持を誇っている。それこそ、問題が起これば今の総長が座を追われそうな勢いで。


 そこまではさすがに知らないセリニは、そうよと唇をほころばせる。

 ローエングリンがハシバミ色の瞳を覗き込んだ。少し腰を屈めてセリニの顔色を窺う目遣いは、どこか熱っぽい。


「だがセリニ。少なくともわたしは、心配した」


 言われなくても分かっている。手入れの良い髪は少し乱れているし、アルバにも沢山のシワができている。息遣いだって、あたしと会う前に無理に整えたんじゃないの?


 狼のような眼差しが、不安そうに彼女を探る。互いの目が合いそうになった瞬間、セリニは慌てて瞼を伏した。視線が絡めば、恐れている何かが起きてしまいそうで。


 彼がもし、セリニに好意を抱いているただの男であったなら、両手を取るなどして接触を試みていたかもしれない。けれどローエングリンは純潔を重んじる啓明協会の副長。いくらセリニが同僚だとして、いたずらに触れることはできない。それが救いだった。


 もどかしそうな顔をしていたローエングリンも、やがて諦めたようにため息をつく。


「何も言わずに一人で出歩いたりしないでくれ。何かあったらどうする。特に――――その、こんな人気のない場所では」


 少し歯切れが悪くなる。確かに、死者が眠っている場所を『人気のない場所』と言うのはあまり良い響きではない。それも、彼女が訪ねていた場所となればなおさら。


「警戒しろ」


 咎めながら彼は、おもむろにこちらへ腕を伸ばしてきた。びくりと肩が震え、後ずさる前にその細長い指が髪を捕えた。そのまま毛先まで、するすると()かれる。


「…………葉っぱ?」


 ようやく離れた彼の指には、乾燥して硬くなった枯葉があった。


「さっきから絡まってて、気づいてなかったから、つい」


 なんてことのない行為。それなのにどうして、この胸は高く波打つのだろう?


「…………大丈夫よっ。あたしの腕っぷしは知ってるでしょ? あたしが今までどんだけの人間をのしてきたと思ってるの!」


 胸の高鳴りに流されぬよう、セリニは腰に手を当て破顔する。絞り出した声には生気がなくて、自分でもちぐはぐだなと感じた。


 ローエングリンだって騙されはしない。4年も付き合っていれば、嘘かどうかなんて見抜ける。特に裏表がなく、感情のままに伸び伸びと生きる彼女であれば。

 彼は真意を暴こうとするかのごとく、セリニを熱心に捉える。


「いつまでもその通りにはいかないだろう。もし複数の男に取り囲まれたりでもしたら、どうする。お前の力とて、どうにもならない時はあるんだ」


 セリニにとっては『複数の男』よりも、目の前にいるこの青年の方が恐ろしい。どうしてここまで想っていてくれるのか、いつから彼女を想うようになったのか。


 どうしてあたしなの? 何度も尋ねたい衝動に駆られた。


 けれどきっと答えは一緒なのだ。アンドレアに恋をしたあの頃のセリニと。同じ熱を持て余している。


 人である限り、特定の人物を好きになるのは当たり前のことなのだ。それが修道士であれ修道女であれ。

 …………理屈で説明できる恋だったなら、こんなに苦しまなかったはずなのに。諦められた、はずだ。


 明らかに息を呑んだセリニの様子に勘違いしたのか、たじろぐ彼。しかしすぐに、それは治まった。


 彼の目が、ある一点に固定されたからだ。


 灰青が見つめるのはセリニよりも奥。大理石の墓。

 さっきまで、セリニが祈りを捧げていた。


「…………アンドレア……?」

「……知り合いよ」


 短く答えれば納得してしまったのか、彼はそれ以上の追及をしてこなかった。

 『アンドレア』は男にも女にもつけられる名だ。きっと彼は、亡くなったのは女だと思い込んだのだ。


 ――――まあ、それが普通の感覚なんだろうけど。


 もしここで男だと明かしたら、どんな表情をするだろうか。

 きっと、取り返しのつかないことになるだろう。


 不意にセリニは顔を上げ、ローエングリンと視線を交える。ハッとした彼は、すぐに真剣な目つきを彼女によこした。

 鋭い虹彩の奥底にある、温かくも甘い感情。セリニを視界に閉じ込めて、彼女を焦がれて潤む。

 息苦しくて、愛おしさがあふれて、後戻りできなさそうで。見返すだけでも辛い。


 あたしがほしいの? もう中古品だけれど。

 あたしの愛情。

 安くていいなら差し上げるわ。


 …………なんて。馬鹿みたい。


 こみ上げる情動をセリニは振り切った。


「……もう夕方なのね。冷えきる前に戻らないと」


 いつの間にか、手以外の部位もすっかり温度を失くしてしまっている。健康なのが取り柄なのに、ここで風邪を引いてしまえば、それこそパラディンの面々は青ざめるだろう。明日は嵐だとかなんとか騒いで。


 無言でセリニはローエングリンの脇をすり抜け、帰路を往く。彼女に続いて青年も、くるりと足先を返した。

 去り(ぎわ)、ローエングリンの横目が墓標に刻まれた文字を再び盗み見る。


 『アンドレア・ソレル』


 それ自体に意味はない、ただの名前だ。しかしどこか引っかかるところがあった。

 思い出そうとして、彼女との距離が離れていっていることに気づく。アンドレアという名前など瞬時に頭から飛び抜け、ローエングリンは大股で追いつく。


「そうだ、セリニ……ッ」


 今の今まで腕にかけていたクロークを広げ、ローエングリンは歩き出したセリニの肩にかけようとする。

 しかし。


「…………」


 背後から(きぬ)()れの音を感じ取ったセリニは、さり気ない仕草で身をひるがえした。振り返るまいと自制していたのに、身体は彼に向き直って。

 クロークを広げて持ったまま、ローエングリンは呆然と立ち尽くしている。その姿に、胸が痛んだ。


 ――――あたしは、苦しめてばかりね。


 好きになった男は無理やり振り向かせたのに、自分を好いている青年の想いにはワザと気づかないで。


 クロークは、あたしをぬくめるために持ってきたのね。でもごめんなさい。あたしは、それを受け取る資格がないの。


「どうしたの?」


 自然と、穏やかな笑みが零れた。せっかく綺麗に頬を緩められたのに、彼の美しい目には残酷に映っているのだろう。


「帰りましょう、ローエン」


 ――――ああ、言いたいことはそれじゃないのよ。


 胸の中で、もう1人の自分が声の限り叫んでいる。


 ――――あたしもよ、ローエン!


 『あたしもよ、ローエン』…………素直に応えられたら、あとでどれほど傷つくことになっても構わないのに。

 思い通りにならないのなら、こんな感情いらない。ほしくなかった。


 もしセリニがただの女で、2人の青年もただの男だったなら。どんな巡り合わせが用意されていたのだろう。神への忠誠も束縛もない、自由な身であったなら。


「風邪を引くわ」


 諦めと暖かみを帯びた声音が、彼を我に返らせる。彼も無理に声を上げた。


「あ、ああ。そうだな。早く戻ろう」


 なんてことなかったかのようにローエングリンはクロークを腕にかけ直し、セリニの横に並ぶ。ちゃんと彼女の歩幅に合わせてくれていて、そんな気遣いにも彼の優しさを感じ取ってしまう。


 痛い。苦しい。胸が抑えきれずに満たされる。いっそ張り裂けて楽になれたら。…………知らぬフリを貫くには、セリニはあまりに不器用すぎた。


 どうしてこんなにもタイミングが悪いのだろう。貴方もあたしも。そして彼も。


 ――――ねえ。


「そうでしょう? アンドレア…………」


 唇が動いただけのささめきは、きっとどこにも届かない。




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