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父の日・下 (裁きの庭)




「で、その大事そうに抱えてるモン、気になるから教えてくれねぇか?」

「え……?」


 エメリーはふと両手で隠すように――――はみ出しているが――――胸元へ押しつけていた袋の包みを、慌てて背後に回した。まるで彼の目に触れるのを恐れたかのように。


 フランソワは挙動不審になったエメリーを訝しむ。


 あのエメリーが。無表情以外の顔を見てみたくておどかしても動じなかったあの朴念仁が。初めて動揺を露わにした。天変地異の前触れか。


「お嬢?」

「あ…………と、」


 フランソワは、彼女のそんな反応を呼び起こすきっかけとなった物体を思い浮かべる。

 布製の可愛らしい袋。彼女の虹彩みたいな淡い色合いで、黄色いリボンが口を結んでいた。


 贈り物だろうか。誰への? 学院にも行かず、弁護連盟じゃ疎まれている彼女だ。交友の幅があるとは、考えがたい。


「えっと、その。あの……」


 好奇心をむき出したフランソワを受け止められず、エメリーは視線をさまよわせる。背後に回した包みを、きつく握った。

 助けてもらう前ならば気にせず渡せたろうが、あとだと気まずい。


 彼は知っているだろうか。


「なんだよ」


 今日が父の日だということを。


 10年前まで兄に贈っていた、感謝の日。幼いエメリーを1人で育ててくれた兄への、せめてもの気持ちだった。

 兄がいなくなってからは、彼女を拾ったあの人に毎年あげていた。やめてしまうと、兄の存在を消してしまうようだったから。自分は独りなのだと、感じたくなくて。


 あの人もいない今、手渡せるのはフランソワだけだ。


 エメリーの両手では収まりきらないこの包装袋には、司法修習生として彼の世話になった2年間の分も入っている。その年ごと用意していたのだけれど、気恥ずかしくて叶わなかったのだ。まとめちゃえばいいと考えていたが、いざやろうとすると、やはり難しい。


「先輩の……」


 勇気を振り絞った。しかしすぐにしぼみゆき、口をつぐむ。


 こんなの自己満足だ。成人した人間が情けない。そう、呆れられないか。


 か細く、かすれた囁きだったのに、先輩の耳は聞き取っていた。


「俺の?」


 目をしばたかすフランソワ。驚くのも無理はない。

 ぶんぶんエメリーは首を振った。


「な、なんでもないです」

「でも俺のなんだろ?」

「言い間違えました」


 埒が明かない押し問答。目を細めたフランソワが、距離を一歩縮める。


「許せ。お嬢」


 そしておもむろに腕を伸ばし、エメリーの細腰を掴んで思い切り持ち上げたのだ。


「ひゃあ!?」


 高々とかかげられ、バランスを崩すエメリー。彼女の手がフランソワの肘をついた拍子に、袋の包みが落っこちた。


 思い描いていた光景にフランソワは人の悪い笑みをつり、エメリーをおろしてすかさず袋を奪い取る。


「うっし。さすが先輩」


 極悪だ。


「なあ。お前めっちゃ軽かったんだけど。ちゃんと立ててんのか? 無理してないよな。座るか?」

「いらないです」


 今さらになって、さっきの出来事を含め面倒をかけてもらった数々の思い出が巡り、もっと高価なモノにしたら良かったと後悔する。


 片手で袋をもてあそんでいたフランソワが、その重さに怪訝な顔をする。


「俺、誕生日でもなんでもないんだが。アレか。年に何回も年取らせてさっさと引退させる気か」

「もうそれでいいです」

「すまん。教えて」


 投げやりになった後輩を慌ててなだめるフランソワ。嫌々ながらエメリーは唇をほどいた。


「…………今日は父の日だから……」

「はあぁ?」


 素っ頓狂な反応が上がる。


「父の日? なんで俺?」

「先輩にはお世話になってますから」

「親父さんに渡せよ」

「いませんし……」


 エメリーの父親は、彼女が生まれる前に亡くなった。馬車による事故だったそうだ。渡したことはおろか、どんな人だったかすらも知らない。


 答えるとフランソワは伏し目がちに袋をもてあそんだ。不快に思われただろうか。申し訳なさが湧いてくる。


「い、い、いりませんよね。か、返して」


 ください。

 までちゃんと言えなかった。ぽすんと頭を押さえられたせいだ。


「…………ありがとよ」


 優しく、今度は丁寧な手つきで、フランソワが鳶色のやらかい髪を撫でる。


「開けていいよな」

「あう……はい」


 エメリーは渋々頷いた。彼はリボンの端を引く。待ち受けていた贈り物たちが現れた。


 収められていたのは、万年筆とインク壺。黒い革でカバーされた手帳。色艶が良く、ウロコみたいなデザインの割に滑らかな手触りだ。紙も安物とは質が違う。


「さすが俺の後輩」

「ま、まだあるんですけど……」

「あ? どんだけ用意したんだよ」


 袋に手を突っ込むと冷たく硬い感触が当たった。すくい上げると、細かく連なった白金の鎖が絡まっている。

 鎖の輪に通されたモノを見て、フランソワは目を丸くした。


「懐中時計?」


 掌にすっぽり収まる、小型の懐中時計。白金製のフタの中央に丸い穴が空けられ、短針と長針の動きが分かる。フタの表面に文字盤が彫られているから、わざわざ開けずとも時刻の確認ができる。


 裏返せば作り主の名が刻まれていた。王都の高級街に並ぶ時計屋だ。ガラス部分も土台も水晶で作った時計が有名だった覚えがある。芸が細かく、故障しにくいと評判で、どれも結構なお値打ちものだそう。

 フランソワは唖然と口を開けた。


「前に壊しちゃったって……言ってましたから」


 言い訳がましくエメリーが呟く。

 確かにフランソワは愛用の懐中時計を踏んで粉々にした。そこは認めよう。しかし問題はそこじゃなかった。


「高かっただろ? まだ客も取れてねーのに」

「別に。お世話になってるんです。これくらい」

「水臭ぇの。気にすんじゃねぇよ。俺だって、お前に仕事手伝ってもらってるんだから」


 いらねーよこんな高いの。お前が使え。突き返しかけて、それは失礼かと思いとどまる。フランソワは沈黙を保ったまま、時を刻む懐中時計に目を落とした。


 時刻の調整にもなる竜頭(ゼンマイ)を押すと開いたフタ。真っ白な文字盤が、薄いガラスの奥から浮き上がっている。新品ゆえの煌めきに頬が緩んだ。


 嬉しくないといえば嘘だ。しかも本心が読み取れない謎な後輩が、実はそこまで自分に好意を寄せていたとなれば、なおさら。


 できた後輩を持った。この時ばかりは、フランソワも上層部に感謝した。


「…………………父の日ねぇ」


 そろそろ自分も若いとはいえない年。嫁がいてもおかしくないし、たまに独身の女同僚の意味深な誘いを受けるが、学院時代よりなびいたことはない。フランソワと同じ年齢の友人は、すでに3人の子宝に恵まれたにもかかわらず、だ。


 目の前の後輩は16歳を迎えたばかり。フランソワだって、彼女くらいの娘か息子を育てていても良い年代なのだ。…………唐突に父親気分を味わってみたくなった。


「俺、お前くらいのガキがいても普通な年なんだよな。今から養子になんねぇ?」

「え。嫌です」

「お前何気にクラッシャーだよな」





――――FIN――――






 フラン兄貴なら何されても許せると思う ←



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